第47話「階段のガラスと、笑う影」
階段の踊り場に貼られた“立入注意”の黄色テープが、
昼下がりの光を受けて揺れていた。
「ここ……だよね……?」
陽斗は階段のガラスを見上げながら、
背筋に冷たいものが走るのを感じていた。
(ここで……
三浦さんは“もう1人の自分”を見た……
笑っていた……
自分じゃない自分が……)
透子はガラスに近づき、
指先で表面を軽くなぞった。
「……普通の強化ガラスね。
鏡面加工もされてない。
反射率は低い」
陽斗は思わず聞いた。
「じゃあ……
三浦さんが見たのって……
どういう……」
透子はガラスの向こう側を覗き込み、
淡々と答えた。
「“反射”じゃないわ。
これは……
“像を見せられた”の」
陽斗は息を呑んだ。
(見せられた……?
誰に……?
どうやって……?)
透子は階段の段差に座り、
ノートを開いた。
「三浦さんの証言を整理するわ」
陽斗も隣に座る。
透子は淡々と読み上げた。
「① ガラスに映ったのは“自分と同じ顔”
② しかし本人は笑っていないのに、映像は笑っていた
③ 目が合った気がした
④ その瞬間、寒気がした」
陽斗はごくりと喉を鳴らした。
(……怖い……
でも……
白石さんは全然怖がってない……
むしろ楽しそう……
なんで……?)
透子は続けた。
「まず、①と②。
これは“反射”では説明できない。
本人と違う表情をする反射なんて存在しないから」
「じゃあ……
どうやって……?」
透子はノートに線を引いた。
「可能性は三つ」
陽斗は息を呑んだ。
(出た……
白石さんの“可能性三択”……
これが始まると……
事件は本格的になる……)
透子は指を三本立てた。
「一つ目。
“映像を投影された”」
「投影……?」
「そう。
ガラスに映像を映す技術はある。
でも、学校の階段でそんな機材を使うのは不自然」
(確かに……)
「二つ目。
“ガラスの向こう側に誰かがいた”」
「えっ……
でも向こうは壁だよ?」
「そう。
だからこれも違う」
(じゃあ…… 残るは……)
透子は三本目の指を立てた。
「三つ目。
“本人の動きを観察して、
それを模倣した人物がいた”」
陽斗は背筋が凍った。
(模倣……
つまり……
“もう1人の自分”は……
誰かが演じていた……?)
透子は続けた。
「三浦さんは“笑っていないのに笑っていた”と言った。
つまり──
“笑っている三浦さん”を知っている人物が、
その表情を再現した可能性がある」
陽斗は震えた。
(そんな……
そんなこと……
誰が……
なんのために……?)
透子はガラスを見つめたまま言った。
「相沢くん。
この事件……
“観察者”がいるわ」
「観察者……?」
「そう。
図工室のときと同じ。
誰かが“人の動きや表情”を
細かく観察している」
陽斗は喉が乾いた。
(また……
誰かが……
僕たちを見てる……?
なんで……
なんでそんなこと……)
透子は立ち上がった。
「次は三浦さんの“動線”を調べるわ。
どこから来て、どこで止まって、
どの角度でガラスを見たのか」
陽斗は慌てて立ち上がる。
「えっ、今から……?」
透子は振り返り、
小さく笑った。
「相沢くん。
調査は“現場が一番新しいうち”にするものよ」
(……悪魔が戻ってきた
でも……
ついていくしかない……)
三浦の動線を再現し、
階段の角度を測り、
ガラスの反射を確認し、
透子は淡々とメモを取っていく。
陽斗はその横で、
ただ必死についていくしかなかった。
(白石さん……
やっぱりすごい……
僕なんか……
足手まといじゃ……)
透子はふと陽斗を見た。
「相沢くん。
あなたがいないと、
私は“人の気持ち”が分からないの」
「え……?」
透子は淡々と続けた。
「私は“現象”は読めるけど、
“人の心”は読めない。
だからあなたが必要なの」
陽斗の胸が跳ねた。
(……必要……
僕が……
白石さんに……?)
透子は階段を見つめた。
「この事件……
“人の心”が関わっている。
だから──
相沢くん、あなたが必要よ」
陽斗は小さくうなずいた。
(……僕は……
白石さんの……
役に立てる……?)
透子は言った。
「さぁ、次は“笑った三浦さん”を探すわ」
「えっ……?」
透子は静かに言った。
「三浦さんが“笑っているところ”を
知っている人物──
それが犯人よ」
陽斗は息を呑んだ。
(……笑っている三浦さん……
それを知っている人……
つまり……
“近い人”……?)
透子は歩き出した。
「相沢くん。
ついてきて」
陽斗は慌てて追いかけた。
(……やっぱり悪魔だ
でも……
僕は……
この悪魔と一緒に……
真相を追いたい……)
──階段の“もう1人の自分”事件は、
核心へ向けて動き始めた。




