第42話「観察者の正体」
図工室の“観察者の線”が描かれてから一週間。
一年三組は、
事件の終わりを待つような、
落ち着かない空気に包まれていた。
「今日、図工だよな……」
「また黒板に何か描かれてたらどうする?」
「てか、犯人まだ分かってないのヤバくね?」
陽斗は席に座りながら、
透子の横顔を見た。
透子は教科書を開いているが、
視線はページの上を滑っているだけ。
(白石さん……
ずっと考えてる
“観察者の線の癖”を)
胸がざわつく。
(今日……
何かが決着する気がする)
五時間目。
図工室へ向かう廊下は、
いつもより静かだった。
「今日で終わってほしい」
「いや、終わらない方が面白いだろ」
「お前、空気読めよ」
そんな声が小さく響く。
図工室の扉が開いた。
──黒板は、真っ黒だった。
陽斗は息をついた。
(何も……ない?
いや……
そんなはず……)
クラスが席につく。
先生が入ってきて、
プリントを配り始めた。
「今日は“自由制作”だ。
好きなものを描いていいぞ」
黒板は使わない。
だからこそ──
黒板に描かれる“余地”がある。
陽斗は胸がざわついた。
(来る……絶対に……)
透子は黒板をじっと見つめていた。
(白石さんも……分かってる)
授業が始まって五分後。
──カリッ。
黒板の方から、
小さなチョークの音がした。
「え……?」
「今、音したよな?」
「誰も黒板の前にいないぞ?」
陽斗は黒板を見た。
そこには──
一本の“線”が描かれていた。
たった一本。
しかし、その線は
“誰かの顔の輪郭”の始まりのように見えた。
透子が立ち上がった。
「……来たわね」
陽斗は息を呑んだ。
(これが……
最後の線……?)
透子は黒板に近づき、
線を指でなぞった。
「この線……
昨日までの線よりも“迷い”がある」
陽斗は小声で聞いた。
「迷い……?」
透子は静かに言った。
「犯人は……
“描くことに慣れていない人”よ」
陽斗は背筋が冷たくなった。
(慣れていない……?
じゃあ……
図工委員でも、美術部でもない……
じゃあ……
誰だよ……)
透子は黒板の線を見つめながら言った。
「この線は……
“私たちを見ている人”の線。
でも……
描くことには慣れていない。
つまり──」
透子は振り返り、
教室の後ろを見た。
「──“観察者”は、
絵を描く人じゃない」
陽斗は息を呑んだ。
(絵を描く人じゃない……?
じゃあ……
誰が……僕たちを……?)
透子は教室の後ろの角を指さした。
「犯人は……
“図工室の掃除当番”よ」
教室がざわついた。
「掃除当番……?」
「え、なんで?」
「そんなの関係ある?」
透子は静かに続けた。
「掃除当番は、
図工室の授業が終わったあと、
毎回“黒板を消す”役目がある。
つまり──
黒板の前に“誰よりも長く立つ”」
陽斗は息を呑んだ。
(黒板の前に長く立つ……
確かに……
それなら……
描ける……)
透子は黒板の線を指さした。
「この線は……
“黒板を消す人”の線よ。
黒板の硬さ、チョークの減り方、
粉の残り方……
全部知っている人の線」
陽斗は震えた。
(黒板を消す人……
掃除当番……
じゃあ……
犯人は……)
透子は静かに名前を呼んだ。
「──村井くん」
教室が凍りついた。
村井は、
前の席で固まっていた。
「な、なんで……
俺が……?」
透子は黒板の線を指した。
「昨日の事故の絵……
あなたの“視点”から描かれていたわ。
あなたはいつも、
図工室の後ろの角で掃除していた。
そこから見える“相沢くんの立ち位置”を
そのまま描いたのよ」
村井の顔が青ざめた。
「ち、違う……
俺は……
そんなつもりじゃ……」
透子は静かに言った。
「あなたは……
“相沢くんを助けたかった”のよね?」
教室がざわついた。
陽斗は目を見開いた。
(助けた……?
僕を……?
どういう……)
村井は震える声で言った。
「……相沢。
お前……
最近、いじめられてたろ」
陽斗は固まった。
(……え?
僕……?
いじめ……?)
村井は続けた。
「お前、気づいてなかったかもしれないけど……
トイレの壁にに落書きされてたり、
靴隠されたり……
何回かあったんだよ」
陽斗は息を呑んだ。
(……あれ……
全部……
偶然じゃなかった……?)
村井は涙をこらえながら言った。
「俺……
相沢がやられてるの見て……
なんとかしたかったんだよ……
でも……
直接言う勇気なくて……
だから……
黒板に“危ない未来”を描けば……
誰かが気づくと思って……
相沢を守れると思って……」
透子は静かに言った。
「……だから、
“事故の絵”を描いたのね。
相沢くんが危ないって、
みんなに気づいてほしくて」
村井はうなずいた。
「でも……
まさか本当に木材が落ちるなんて……
俺……
そんなつもりじゃ……」
透子は黒板を見つめた。
「……あなたの線は、
“優しい線”だったわ」
村井は涙をこぼした。
陽斗は胸が締めつけられた。
(村井……
僕のこと……
そんなふうに……
見てくれてたのか……)
透子は陽斗の方を見た。
「相沢くん。
あなたは……
“見られていた”んじゃない。
“守られていた”のよ」
陽斗は涙が出そうになった。
(守られていた……
僕は……
ずっと……
誰かに……)
図工室の空気が、
ゆっくりと静かに落ち着いていった。
──事件はこうして幕を閉じた。




