第40話「黒板が描いた“未来の事故”」
図工室の“黒板事件”から、ちょうど一週間が経った。
朝の一年三組は、
先週よりも静かで、しかし落ち着かない空気に包まれていた。
「先週の黒板、結局誰が描いたんだ?」
「先生も犯人分からないって言ってたよな」
「てか、あれ予言じゃね?」
そんな声が飛び交う中、
陽斗は透子の横顔を見た。
透子は教科書を開いているが、
視線はページの上を滑っているだけで、
内容は頭に入っていないようだった。
(白石さん……
ずっと考えてる
“黒板の線の意味”を)
陽斗の胸がざわつく。
(僕は……
白石さんの隣にいたい
でも……
事件がまた動くのは怖い)
五時間目。
今日が一週間ぶりの日だった。
図工室へ向かう廊下は、
先週よりも静かだった。
「今日こそ何も起きないでほしい」
「いや、逆に何か起きたら面白くね?」
「やめろよ……マジで怖いって」
そんな声が小さく響く。
陽斗は透子の横を歩きながら、
心臓が少し早くなるのを感じていた。
(今日……
何も起きなければいいけど……)
図工室の扉が開いた。
──静かだった。
黒板は、
先週先生が消したままの状態。
「何もないじゃん」
「ほら、やっぱりイタズラだったんだよ」
「でも先週の日付ってのがなぁ……」
そんな声が飛び交う中、
透子は黒板をじっと見つめていた。
陽斗は小声で聞いた。
「白石さん……何か気になる?」
透子は答えず、
黒板の端に残った“わずかなチョーク粉”を見ていた。
(白石さん……
観察してる
でも先生の前では絶対に言わない)
そのとき、
図工の先生が入ってきた。
「今日は“立体の陰影の応用”だ。
先週の続きだな」
授業が始まる。
黒板は使わず、プリント中心の説明。
陽斗は少し安心した。
(今日は……
何も起きない……?)
──その瞬間だった。
「ちょ、ちょっと待て!!
黒板!!」
教室の前の方にいた村井が叫んだ。
陽斗は反射的に黒板を見た。
そこには──
さっきまで何もなかった黒板に、
新しい絵が描かれていた。
「え……?」
「いつ描いたんだよ!?」
「誰も見てなかったぞ!?」
クラスがざわつく。
陽斗は息を呑んだ。
(……さっきまで何もなかった
なのに……
いつの間に……?)
透子は席から立ち上がり、
黒板に近づいた。
描かれていたのは──
図工室の机が倒れ、
床に散らばる木材と絵の具。
そして、
その近くに“人影”が描かれていた。
「これ……
事故の絵……?」
誰かがつぶやいた。
陽斗の背筋が冷たくなる。
(事故……?
これ……
未来の……?)
透子は黒板の端を指でなぞった。
「……この線、
“急いで描いた”線じゃない。
丁寧で、迷いがない」
陽斗は喉が乾いた。
(丁寧で迷いがない……
つまり……
描いた人は“慣れてる”ってこと……?)
先生が黒板を見て固まった。
「……誰だ?
授業中に描いたのは」
誰も答えない。
透子は黒板の“人影”を見つめた。
「……相沢くん」
「え?」
「この人影……
あなたの立ち方に似てる」
陽斗は心臓が跳ねた。
(僕……?
なんで……?
なんで僕なんだ……?)
そのときだった。
──ガタンッ!!
図工室の後ろの棚が、
突然大きな音を立てて揺れた。
「うわっ!?」
「なに!?」
陽斗は反射的に振り返った。
棚の上に置かれていた木材が、
ゆっくりと傾き──
陽斗の方へ落ちてきた。
「危ない!!」
透子が陽斗の腕を掴んで引き寄せた。
木材が床に落ち、
大きな音が響いた。
「相沢、大丈夫か!?」
「マジで危なかったぞ!」
陽斗は震える声で答えた。
「だ、大丈夫……」
透子は木材と黒板を交互に見つめた。
「……やっぱり。
この黒板は“未来を描いている”んじゃない。
“起こりうる未来を示している”のよ」
陽斗は息を呑んだ。
(起こりうる未来……
つまり……
事故を“予測して描いた”……?)
透子は静かに言った。
「相沢くん。
これはもう……
ただの悪戯じゃない」
陽斗の心臓が早くなる。
(誰かが……
僕たちを見てる?)
透子は黒板を見つめたまま、
小さくつぶやいた。
「……この黒板を描いた人は、
“私たちの行動”を知っている」
陽斗は喉が乾いた。
(僕たちの行動……
それって……
また……
クラスの誰か……?)
図工室の空気が、
ゆっくりと重く沈んでいった。
──事件は危険な段階に入った。




