第39話「黒板の“予測精度”」
昨日の“黒板事件”のざわめきは、
一年三組の朝から続いていた。
「昨日のあれ、マジで怖かったよな」
「誰が描いたんだよ、あんな丁寧に」
「てか、なんで昨日の日付なんだよ」
教室の空気は、
光の足跡事件のときとは違う種類のざわつきだった。
“怪異”ではなく、
“意図の読めない不気味さ”。
陽斗は席に座りながら、
透子の方をちらりと見た。
透子は教科書を開いているが、
視線はどこか遠い。
(白石さん……
昨日の黒板、ずっと気にしてる
でも先生の前では何も言わなかった
あれは……
“まだ言う段階じゃない”って判断したんだ)
陽斗の胸がざわついた。
(また……
事件が始まるのか……?
いやだ……
でも…… 白石さんのそばいたい……
もっと白石さんと話したい)
五時間目。
今日も図工がある日だった。
クラス全員が図工室へ向かう。
昨日のことがあるせいで、
誰もが少し緊張していた。
「今日も描いてあったらどうする?」
「やめろよ、マジで怖いって」
「昨日のは偶然だろ……?」
そんな声が飛び交う中、
図工室の扉が開いた。
──静かだった。
黒板は、
昨日先生が消したままの状態。
「……何もないな」
「昨日のは誰かのイタズラじゃね?」
「でも昨日の日付ってのがなぁ……」
クラスが席につき、
先生が入ってきた。
「昨日の黒板の件だが……
誰か心当たりがあれば言ってくれ」
誰も手を挙げない。
先生はため息をつき、
プリントを配り始めた。
「今日は“立体の影の描き方”だ。
黒板は使わない。
プリントを見ながら進めるぞ」
陽斗はプリントを受け取り、
透子の方を見た。
透子はプリントを見つめたまま、
微動だにしない。
(白石さん……?)
透子は小さくつぶやいた。
「……一致してる」
「え?」
「昨日の黒板の内容と、
このプリントの“順番”が一致してるの」
陽斗はプリントを見た。
──光源の位置
──影の長さ
──立体の角度
──陰影の付け方
(……本当だ
昨日の黒板と、
説明の順番が全く同じだ)
透子は続けた。
「偶然じゃない。
“授業の流れ”まで予測して描いてる」
陽斗は息を呑んだ。
(授業の流れ……?
そんなの、どうやって……?
先生の癖とか、進め方とか……
全部知ってるってこと……?)
そのとき、
先生がプリントの説明を始めた。
「まず光源の位置だが──」
透子は小さくつぶやいた。
「……黒板と同じ」
「え?」
「先生の説明の“言い回し”まで、
昨日の黒板の図と合ってる」
陽斗は背筋が冷たくなった。
(言い回しまで……?
そんなの……
先生本人でも再現できないだろ……)
透子はプリントを見つめながら言った。
「相沢くん。
これは“予知”じゃない。
“観察”と“推論”よ」
陽斗は混乱した。
(観察……?
推論……?
でも……
授業の流れまで予測するなんて……
そんなの……)
透子は続けた。
「先生の授業の癖。
説明の順番。
板書の傾向。
プリントの構成。
それらを全部“見ている人”なら、
昨日の黒板を描ける」
陽斗は息を呑んだ。
(全部……見ている人……?
そんなの……
誰だよ……)
透子は黒板を見つめた。
「……この黒板は、
“授業を観察している誰か”の手によるもの」
陽斗は喉が乾いた。
(誰か……
また……
僕たちを見てる……?
光の足跡のときみたいに……?)
透子は静かに言った。
「相沢くん。
これは“悪戯”じゃない。
“意図”がある」
陽斗の心臓が跳ねた。
(意図……
また……
誰かが白石さんに……?
いやだ……
でも……
白石さんを手伝いたい……)
図工室の空気が、
ゆっくりと重く沈んでいった。
──事件はすでに動き始めていた。




