第36話「透子の家」
光の足跡事件が終わった翌日の放課後。
透子と並んで歩く帰り道は、
昨日までとは違っていた。
沈黙が怖くない。
むしろ、静けさが心地よかった。
透子がふいに言った。
「相沢くん。……少し寄っていかない?」
陽斗は思わず足を止めた。
(……え?
白石さんの家に?
そんな急に……?)
透子は表情を変えずに続けた。
「昨日のこと、まだ整理できてないの。
あなたにも……聞いてほしい」
胸が跳ねた。
(聞いてほしい……僕に?
そんなの……断れるわけない)
「……うん。行く」
声が少し震えた。
透子の家は、
駅から少し離れた静かな住宅街の奥にあった。
白い外壁の大きな家。
庭は手入れされていて、
門構えは落ち着いているのに、どこか近寄りがたい。
(……すごい。
白石さんって、こんな家に住んでたんだ)
透子は慣れた手つきで鍵を開け、
「どうぞ」と小さく言った。
玄関に入ると、
広い空間に、静けさが満ちていた。
生活音がない。
テレビの音も、誰かの気配もない。
陽斗が不思議に思っていると、
透子が靴を脱ぎながら言った。
「お父さん、仕事で遅いの。
いつも夜にならないと帰ってこない」
その声は淡々としているのに、
どこか寂しさが滲んでいた。
(父子家庭……
白石さん、家ではずっと一人なんだ)
誰もいない。
ただ、広い家に透子が一人で過ごしている。
その静けさが、
陽斗の胸に重くのしかかった。
透子の部屋は二階にあった。
扉を開けると、
白を基調とした整った部屋が広がった。
机、本棚、ベッド。
どれもシンプルで、無駄がない。
そして──
陽斗は一瞬、息を呑んだ。
(……女の子の部屋だ……
やばい……なんか……緊張する……)
部屋の匂い。
整った机。
窓から差し込む柔らかい光。
全部が“透子”で、
陽斗の頭は一気に熱くなった。
透子は気にした様子もなく、
机に座ってノートを開いた。
「相沢くん、そこに座って」
陽斗はぎこちなく椅子に座った。
(落ち着け……落ち着け……
いや無理だろこれ……)
透子はノートを閉じ、
窓の外を見つめた。
「昨日のこと……
三浦くんの気持ち、まだ整理できてないの」
陽斗は黙って聞いた。
透子は続けた。
「どうして私だったのか……
どうして“光”だったのか……
考えても、まだ分からない」
その横顔は、
事件のときよりずっと弱く見えた。
(白石さん……
こんな顔、初めて見る)
陽斗は言った。
「白石さんは……
誰よりも“見てくれる人”だからだと思う」
透子は少しだけ目を見開いた。
「見て……?」
「うん。
光でも、人でも、
ちゃんと“見ようとする”から。
三浦も……それに気づいたんだと思う」
透子はしばらく黙っていた。
そして、小さくつぶやいた。
「……そうかもしれない」
その声は、
どこか寂しげだった。
(白石さん……
誰かに“見られる”ことに慣れてないんだ)
透子はノートを閉じ、
立ち上がった。
「送るわ」
玄関まで来たときだった。
透子がふいに立ち止まり、
陽斗の方を向いた。
そして──
ぎゅっ。
突然、抱きついてきた。
陽斗の頭が真っ白になった。
(えっ……
えっ……
えっ……!?
白石さんが……?
なんで……?
腕……柔らか……
いやいやいやいや……!)
心臓が爆発しそうだった。
透子の体温が、
制服越しに伝わってくる。
透子は小さくつぶやいた。
「……ありがとう。
相沢くんがいてくれて……よかった」
陽斗は何も言えなかった。
言葉が出なかった。
数秒後。
透子は陽斗を押し離し──
バンッ!
玄関の外に押し出した。
陽斗は呆然とした。
透子は満面の笑みで言った。
「バイバイ」
そして──
バタン
扉が閉まった。
陽斗はしばらく動けなかった。
(……なに……今の……
なんで……
なんで抱きついて……
なんで笑って……
なんで閉めた……?
意味が……分からない……)
頭がパニックのまま、
夕暮れの道を歩き出した。
(白石さん……
やっぱり……
分からない……)
でも胸は、
ずっと熱かった。




