第32話「仕掛けの正体」
朝の一年三組は、昨日の“第四形態”の図形が
まだ頭から離れない生徒たちのざわめきで満ちていた。
「三角形とか円とか、複雑になったよな……?」
「あれ、絶対誰かがやってるよ」
「白石さん、なんか分かったっぽくなかった?」
陽斗は席に座りながら、
透子の方をちらりと見た。
透子はノートを開き、
昨日の図形──正三角形と内接円──を
さらに細かく分解していた。
反射角。
入射角。
焦点距離。
屈折率。
(白石さん……
もう“犯人の頭の中”を解析してる)
胸がざわつく。
置いていかれるような感覚。
でも、目をそらせない。
放課後。
透子は陽斗を呼び止めた。
「相沢くん。
理科室に行くわよ」
陽斗は驚いた。
「え、また……?」
「仕掛けの正体を確かめるの。
今日で“光学的な部分”は解明できるはず」
陽斗は息を呑んだ。
(今日……
ついに“仕掛け”が分かるのか)
透子は歩き出し、
陽斗はその後ろを追った。
(僕は……ただの助手だけど
白石さんの隣にいたい)
胸が少し痛んだ。
理科室。
夕陽が差し込み、
ガラス器具が淡く光っている。
透子は迷いなく実験台へ向かい、
棚からレンズとプリズムを取り出した。
「相沢くん。
窓の角度を測って」
「えっ、僕が……?」
「あなたの目は正確よ。
信頼してる」
陽斗の胸が熱くなった。
(信頼……
そんなふうに言われたの、初めてだ)
陽斗は窓枠に角度計を当て、
夕陽の入射角を測った。
「……三十五度」
透子はうなずき、
レンズを夕陽に向けた。
「昨日の三角形は、
この角度でしかできない。
つまり──」
透子はレンズを少し傾けた。
床に、
細い光の線が落ちた。
陽斗は息を呑んだ。
(これ……
光の足跡の“最初の点”だ)
透子はレンズをさらに傾け、
光の線を動かした。
すると──
床に三角形の一辺が描かれた。
陽斗は震えた。
「白石さん……
これ……」
「そう。
“第四形態”の図形は、
レンズとプリズムの組み合わせで作れる」
透子は淡々と続けた。
「フェンスの反射。
床の散乱。
窓ガラスの屈折。
そして──
犯人が仕込んだ“補助レンズ”。」
陽斗は驚いた。
「補助レンズ……?」
透子は実験台の下を指さした。
「ここに、
“レンズを固定するための跡”があるの」
陽斗は覗き込んだ。
そこには──
テープの跡が残っていた。
陽斗は息を呑んだ。
(本当に……誰かが仕込んでたんだ)
透子は続けた。
「つまり、
光の足跡の“仕掛け”はこうよ」
透子は黒板に書き始めた。
──光の足跡の仕組み──
① 夕陽の入射角
② フェンスの反射
③ 窓ガラスの屈折
④ 床の散乱
⑤ 犯人が仕込んだ補助レンズ
⑥ 透子と陽斗の“位置”
陽斗は驚いた。
「僕たちの……位置?」
透子はうなずいた。
「犯人は、
“私たちがどこに立つか”を読んでいた。
だから光の足跡は、
いつも私たちの前に現れた」
陽斗は背筋が冷たくなった。
(僕たちの位置まで……
そんなの、誰が……)
透子は黒板を見つめたまま言った。
「相沢くん。
光学的な仕掛けは、
これでほぼ解明できたわ」
陽斗は息を呑んだ。
(ほぼ……?
じゃあ、まだ……)
透子はチョークを置き、
静かに言った。
「でも──
“説明できない部分”が残っている」
陽斗は聞き返した。
「説明できない……?」
透子は窓の外を見つめた。
夕陽が沈みかけ、
校庭が赤く染まっている。
「第三形態の“曲線”。
第四形態の“焦点”。
あれは……
“技術だけ”では作れない」
陽斗は息を呑んだ。
(じゃあ……何で……?)
透子は静かに言った。
「相沢くん。
あれは……
“犯人の感情”が作った現象よ」
陽斗は理解できなかった。
(感情……?
光に……?
そんなこと……)
透子は続けた。
「犯人は、
私たちに“気づいてほしい”。
だから光は、
“意味を持つ形”に変わったの」
陽斗の胸が締めつけられた。
(気づいてほしい……
白石さんに……?
僕だって……)
透子は小さくつぶやいた。
「相沢くん。
明日、犯人は“姿を見せる”。
光ではなく……
“本人が”。」
陽斗は息を呑んだ。
(ついに……
犯人が……)
透子は窓の外を見つめたまま言った。
「……犯人は、
“私の近く”にいる」
その声は、
夕陽よりも冷たく響いた。




