第3話「謎にモヤモヤ、心臓バクバク」
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、教室は一気に騒がしくなった。
「購買行こーぜ!」
「焼きそばパン買えるかな」
「弁当の人、いいなぁ」
まだ二日目のクラスは、落ち着きと騒がしさが混ざった独特の空気に包まれている。
陽斗は弁当を机に出しながら、ちらりと後ろを見た。
白石透子は、静かに席を立ち、鞄からノートを取り出している。
(……放課後に美術室って言ってたけど)
机の揺れのことも、美術室の噂も、頭の中でぐるぐるしていた。
怖い。
でも、気になる。
そして──
「相沢くん」
透子が、いつの間にかすぐ後ろに立っていた。
「ひゃっ……!」
陽斗は変な声を出してしまい、慌てて咳払いした。
「な、なに……?」
「美術室、今のうちに見に行きましょう」
「えっ、昼休みに?」
「放課後は人が多いわ。昼休みの方が静かで観察しやすい」
淡々とした口調。
怖がる様子は一切ない。
陽斗は弁当を見下ろした。
(……食べる時間、なくなるな)
でも、透子の目はすでに“調査モード”に入っている。
断れる雰囲気ではなかった。
「い、行く……」
「じゃあ、行きましょう」
透子は迷いなく歩き出した。
陽斗は弁当を机に置いたまま、慌てて後を追った。
美術室は、昼休みの校舎の中でも特に静かだった。
廊下のざわめきが遠くに聞こえるだけで、扉の向こうはしんと冷えている。
透子は迷いなく扉を開けた。
「失礼します」
中は薄暗く、窓からの光が机の上に斜めに差し込んでいる。
絵の具の匂い、乾いた木の匂い、石膏像の白さ。
陽斗は思わず身を縮めた。
(……なんか、怖い)
透子はそんな空気を気にする様子もなく、机の列を一つずつ見て回り始めた。
「机の脚……床の材質……温度差……」
ぶつぶつと独り言を言いながら、机を軽く押したり、脚を指で弾いたりしている。
「し、白石さん……?」
「静かにして。今、観察してるの」
透子はしゃがみ込み、机の脚と床の隙間を覗き込んだ。
その横顔は真剣で、光を受けて髪が淡く揺れている。
陽斗は、その姿に見惚れてしまった。
(すごい……なんか、かっこいいな)
机の揺れを怖がっていた自分とは違い、
透子は“謎”に向かって迷いなく進んでいく。
(僕とは……全然違う世界の人みたいだ)
ぼんやり見つめていると──
「相沢くん」
透子が突然振り向いた。
「へっ!? な、なに!?」
「さっきから、間抜けな顔してるわよ」
「ま、間抜け!?」
「ええ。口、半開き」
陽斗は慌てて口を閉じた。
「ち、違うって……!」
「なら、ちゃんと見て。あなたの机と同じ現象かもしれないんだから」
透子は淡々と言い、また机の脚を調べ始めた。
陽斗は顔が熱くなるのを感じながら、透子の隣にしゃがんだ。
(……なんで僕、こんなに緊張してるんだろ)
怖いのか、驚いているのか、
それとも──よく分からない。
ただ、心臓がバクバクしていた。
透子は机の脚を指で弾き、床を軽く叩き、窓の位置を確認し、
まるでパズルを解くように情報を集めていく。
「……この机、揺れやすい構造ね」
「え、そうなの?」
「脚の長さが微妙に違う。あと、床が少しだけ傾いてる」
「傾いてる……?」
「ええ。ほんの数ミリ。でも、それで揺れが起きるのは当たり前よ」
透子は机の脚を持ち上げ、床に軽く置いた。
カタ……カタ……
机が、小さく揺れた。
「うわっ……!」
陽斗は思わず後ずさった。
透子は無表情のまま、机を見つめている。
「……やっぱり。原因は“複合的”ね」
「ふ、複合的……?」
「ええ。机の構造、床の傾き、温度差、湿度……いくつかの条件が重なると揺れる」
透子は立ち上がり、窓の外を見た。
「でも──まだ決定的な証拠が足りないわ」
そのときだった。
ガラッ。
突然、扉が開いた。
「ちょっと君たち! 美術室に勝手に入っちゃダメだよ!」
美術の先生が立っていた。
腕を組み、眉をひそめている。
「ひっ……!」
陽斗は飛び上がった。
透子は無表情のまま、淡々と頭を下げた。
「すみません。入学したばかりなので色々見学したくって」
「見学って……勝手に入ったら危ないだろ。ほら、出なさい」
「……はい」
透子は素直に従い、陽斗の腕を軽く引いた。
「行くわよ、相沢くん」
「は、はいっ!」
2人は美術室を追い出されるようにして廊下へ出た。
教室に戻ると、すぐにざわざわと声が上がった。
「ねぇ、見た? 白石さんと相沢くん、美術室から出てきたよ」
「え、2人で? なにしてたの?」
「まさか……もう付き合ってる?」
「相沢くん、手が早い?」
男子は羨ましそうに騒ぎ、
女子は興味津々でひそひそ話している。
陽斗は顔が真っ赤になった。
「ち、違うって! ただ……その……!」
透子は無表情のまま席に座り、教科書を開いた。
「相沢くん。騒がないで」
「いや、騒いでるのは僕じゃなくて……!」
「どうでもいいわ。調査は続けるから」
「つ、続けるの!?」
「当然でしょ。まだ証拠が足りないもの」
透子は淡々とノートを開き、何かを書き始めた。
陽斗は胸の奥がざわざわして、落ち着かなかった。
(……なんか、すごいことになってきた)
謎はモヤモヤ。
心臓はバクバク。
そして、机の揺れの真相は──
まだ、誰にも分からなかった。




