第2話「机はカタカタ…心はドキドキ…」
二日目の朝。
一年三組の教室は、昨日よりも少しだけ騒がしかった。
「おはよー!」
「部活どうしようかなー」
「ネクタイうまく結べねぇよ」
まだクラス全体が落ち着かず、あちこちで小さな輪ができている。
陽斗は、自分の席──教室の一番前の廊下側に座り、鞄を机に置いた。
(今日も……始まるんだな)
昨日の入学式の余韻がまだ残っている。
新しい教室、新しいクラスメイト。
そして──
「……おはよう」
後ろの方から聞こえた声に、陽斗の背筋がぴんと伸びた。
白石透子が、静かに席へ向かって歩いていく。
周囲の空気が、少しだけ変わる。
「白石さんだ……」
「今日もなんかすごい雰囲気」
「大人っぽいよな」
男子は好奇心でテンション高め、
女子は声を潜めながらも、しっかり彼女を見ている。
本人は気づいていないのか、気にしていないのか、淡々と席に座った。
陽斗は、昨日の廊下での短い会話を思い出し、胸の奥がざわついた。
(……なんか、緊張する)
理由は分からない。
ただ、同じクラスに“すごい人”がいるというだけで、落ち着かない。
一時間目の国語が始まってしばらくした頃だった。
カタ……カタカタ……
陽斗の机が、わずかに揺れた。
(え?)
最初は自分の足が当たったのかと思った。
けれど、足は机に触れていない。
カタ……カタカタ……
今度は、はっきりと揺れた。
教科書が小さく震える。
(地震……?)
周りを見渡す。
誰も気づいていない。
教室全体は静かで、先生の声だけが響いている。
陽斗は、机の脚にそっと手を伸ばした。
触れた瞬間──
カタッ。
短く、鋭く揺れた。
(な、なんだこれ……!)
心臓が早くなる。
怖いというより、理由の分からない現象に対する“焦り”に近い。
そのときだった。
「なぁなぁ、聞いたか?」
後ろの席の男子が、休み時間に入るやいなや声を上げた。
クラスの数人が集まる。
「三年の兄ちゃんが言ってたんだけどさ──」
男子は声をひそめ、わざとらしく周囲を見回した。
「“誰もいない美術室の机が勝手に揺れる”んだってよ」
「え、それマジ?」
「こわ……」
「なんで揺れるの?」
男子は得意げに続けた。
「兄ちゃんの友達が見たらしい。
夜の美術室で、机がカタカタ……カタカタ……って。
まるで誰かの怨念みたいに揺れてたって」
「やめろよ……!」
「こわいって……!」
女子たちも、距離を取りながら耳を傾けている。
陽斗は、さっきの机の揺れを思い出し、背筋がぞわっとした。
(……やだな、こういうの)
怖い話は苦手だ。
まして、さっき自分の机が揺れたばかりだ。
そんな陽斗とは対照的に──
「……面白そうね」
静かな声がした。
白石透子だった。
男子たちが一斉に振り返る。
「し、白石さん……?」
「面白いって……怖くないの?」
「え、そういうの好きなの?」
透子は無表情のまま、淡々と答えた。
「別に、興味はないわ。
ただ──調べてみたくはなる」
その言い方は、怖い話に反応したというより、
“謎”に反応した人の声だった。
陽斗は思わず口を開いた。
「で、でも……僕は怖いな……」
透子は陽斗の方を向いた。
その目は、昨日と同じく静かで、落ち着いていて、どこか大人びている。
「だったら、一緒に調べましょ」
「えっ」
「怖いなら、原因がわかれば安心知るでしょ。
調べれば全て説明できるのよ」
「えぇぇぇぇ……!」
陽斗は思わず声を上げた。
周囲の男子がざわつく。
「おいおい、相沢……巻き込まれてるぞ」
「いいなぁ……白石さんと一緒とか……」
「絶対仲良くなるじゃん……!」
女子たちも、ひそひそと話している。
「え、あの二人、なんかいい感じじゃない?」
「白石さん、誰かと話してるの初めて見た」
「相沢くん、すご……」
陽斗は顔が熱くなるのを感じた。
(ち、違うって……! 僕はただ……!)
透子はそんな周囲の反応など気にせず、淡々と続けた。
「放課後、美術室に行くわよ。
あなたの机の揺れも、ついでに調べる」
「つ、ついで……?」
「ええ。どうせ同じ原因よ」
透子は教科書を閉じ、席に戻った。
その背中は、どこか楽しそうに見えた。
陽斗は、胸の奥がざわざわして落ち着かなかった。
(……どうしよう)
机はカタカタ。
心はドキドキ。
理由は違うけれど、どちらも止まらなかった。
そして、放課後。
陽斗は透子とともに、美術室へ向かうことになる──。




