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推しの悪魔は迷探偵  作者: 双鶴


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第1話 プロローグ「春光の中で、彼女を見つけた」

 四月の風はまだ少し冷たかった。けれど、新しい校門の前に立つと、胸の奥だけはじんわりと熱くなる。


 相沢陽斗は、手にしたクラス分け表を見下ろした。


 一年三組。

 名簿は五十音順で、「あいざわ」は当然のように一番上に近い。


 (今日から中学生か)


 紙一枚なのに、これからの三年間が詰まっているように思えた。


 校門をくぐると、桜並木の枝が風に揺れた。

 花びらがふわりと舞い、陽斗の肩に一枚落ちる。


 「……きれいだな」


 つぶやいた瞬間、視界の端に白い光が差し込んだ。


 何気なく顔を上げる。

 そこに“彼女”がいた。


 黒髪が朝の光を受けて、やわらかく光っている。

 制服のスカートの裾が風に合わせて揺れ、歩くたびに周囲の空気が少しだけ静かになるように感じた。


 周りの新入生たちがざわつく。


 「ねぇ、あの子……」

 「めっちゃかわいくない?」

 「同じクラスだったらいいなー」

 「絶対頭良さそう……」


 男子はテンション高めに騒ぎ、

 女子は声を潜めながらも、しっかり彼女を見ている。


 自然と視線を集めている。

 本人は気づいていないように、落ち着いた足取りで校舎へ向かっていく。


 ――綺麗だ。


 陽斗は、息をするのを忘れた。


 名前も知らない。

 どこの小学校から来たのかも分からない。

 それでも、胸の奥が一瞬で熱くなる。


 (……誰なんだろ)


 彼女の背中が校舎の影に消えるまで、陽斗は立ち尽くしていた。


 


 体育館の中は、新入生百人近いざわめきで満ちていた。

 椅子がぎっしり並び、まだ慣れない制服の擦れる音があちこちから聞こえる。


 一年三組の札の前に並び、五十音順に座る。

 相沢陽斗は最前列の端。

 前に広がるのは、まだ見慣れない顔ばかり。


 ふと視線を上げると、少し離れた中列に、さっきの彼女が座っていた。


 (……いた)


 距離はある。

 けれど、体育館の光の中で、彼女だけ輪郭がはっきりして見える気がした。


 周囲の生徒たちがひそひそと話している。


 「同じクラスなんだ、あの子」

 「なんか雰囲気違うよね」

 「絶対モテるじゃん……」


 注目されているのに、彼女は気にした様子もなく、静かに前を見ていた。


 式が始まる。

 校長の話、来賓の挨拶、校歌。

 どれも耳には入っているはずなのに、頭にはほとんど残らない。


 視線は、自然と彼女の方へ向かっていた。


 姿勢は崩れない。

 落ち着いた横顔。

 きょろきょろと周りを見回すこともなく、ただ前を見ている。


 (なんか……大人っぽいな)


 同じ一年生のはずなのに、雰囲気が違う。

 それが何なのか、うまく言葉にはできない。


 ただ、胸の奥がそわそわする。


 


 入学式が終わり、三組の教室へ移動する。

 新しい机と椅子の匂いが、まだ少しだけツンとする。


 クラスは三十数人。

 初日特有のざわざわした空気が漂っていた。


 「席はしばらく名簿順でいきます」

 担任の佐伯がそう言うと、教室の空気が少し落ち着いた。


 相沢陽斗は一番前の廊下側

 後ろを振り返ると、教室の真ん中より少し後ろの列に、さっきの彼女が座っていた。


 (同じクラスなんだ……)


 それだけのことなのに、胸が軽く跳ねる。


 自己紹介が始まる。

 出席番号順に立ち上がり、名前を言っていく。


 「出席番号一番、相沢陽斗です。よろしくお願いします」


 自分の番が終わり、ほっと息をつく。

 そのあとも順番に名前が続いていく。


 やがて、後ろの方から、澄んだ声が聞こえた。


 「白石透子です。よろしくお願いします」


 短く、それだけ。

 けれど、はっきりと耳に残る声だった。


 (しらいし……とうこ)


 名前を心の中で繰り返す。

 さっきまで「彼女」としか呼べなかった存在に、音のついた名前が与えられた瞬間だった。


 胸の奥が、さっきよりも少しだけ熱くなる。


 (……やばい。惚れそう)


 自分でも、そう思ったことに驚いた。

 まだ話したこともないのに。

 でも、もうそうとしか言いようがなかった。


 


 放課後。

 教室のざわめきが少しずつ薄くなっていく。


 陽斗はプリントを鞄にしまい、廊下へ出た。

 窓から差し込む光が、床に長い影を落としている。


 前から誰かが歩いてきた。


 白い光が、また視界の中に現れる。


 白石透子だった。


 (うわ、どうしよう)


 心臓が一気にうるさくなる。

 すれ違うだけ。

 それだけのはずなのに、足が勝手にぎこちなくなった。


 距離が縮まる。

 すれ違う、その直前で――


 「……相沢くん?」


 白石が、足を止めた。


 陽斗は思わず立ち尽くす。


 「え、あ……うん。相沢だけど」


 声が少し裏返る。

 白石は、ほんの少しだけ首をかしげた。


 「自己紹介で聞いたから。

  同じクラスだし……その、よろしく」


 言葉は短い。

 けれど、声は柔らかかった。


 「よ、よろしく!」


 陽斗は慌てて頭を下げた。

 自分でも何をしているのか分からないくらい、動きがぎこちない。


 白石は、ふっと口元をゆるめた。

 笑った、と言っていいのか迷うくらい、ささやかな変化。

 けれど、それだけで十分だった。


 「じゃあ、また明日」


 それだけ言って、白石は歩き出した。


 廊下の向こうへ小さくなっていく背中を見送りながら、陽斗は大きく息を吐いた。


 (……やばい。本当に惚れそうだ)


 胸の奥が、さっきよりもずっと騒がしい。

 入学式の緊張とは違う、落ち着かない高鳴りが続いていた。


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