第26話「光学先輩調査」
朝の一年三組は、昨日の“理科室対峙”の噂でざわついていた。
「高梨が理科室で白石さんに詰められたってマジ?」
「光の足跡、犯人いるってこと?」
「二年の先輩が怪しいって聞いた」
「光学オタクって何……?」
噂はすでに“怪奇現象”から“犯人探し”へと変わり、
クラスの空気は妙な緊張を帯びていた。
陽斗は席に座りながら、
透子の方をちらりと見た。
透子はいつも通り静かにノートを開き、
昨日の推理を淡々と書き足していた。
だが、ページをめくる指先はわずかに速い。
(……白石さん、怒ってる?
いや、怒ってるんじゃなくて、
たぶん、“解けないことへの苛立ち”だ)
陽斗は胸の奥がざわついた。
放課後。
透子は陽斗の席に来て、短く言った。
「相沢くん。
二年生の教室に行くわよ」
陽斗は思わず姿勢を正した。
「光学オタクの先輩……?」
「ええ。
高梨くんの証言が本当なら、
その先輩は“理科室に出入りしている”。
そして──」
透子はノートを閉じた。
「光の足跡を“作れる”可能性がある」
陽斗は息を呑んだ。
(……本当に犯人がいるのか?
ただの光の反射じゃなくて?
でも、白石さんがここまで言うなら……)
透子は歩き出し、
陽斗はその後ろを追った。
(僕は……助手なんだよな。
でも、ただの助手じゃなくて……
白石さんの隣にいたいだけなんだ)
胸が少し痛んだ。
二年生の教室前。
廊下には部活へ向かう生徒たちの声が響いていた。
「二年三組……ここね」
透子は扉の前で立ち止まり、
中の様子を静かにうかがった。
陽斗は緊張で喉が渇いた。
(先輩って……どんな人なんだ?
光学オタクって、怖いのか?
いや、怖いって何だよ……)
透子は扉を軽くノックした。
「失礼します」
扉が開き、
二年生の男子が顔を出した。
「ん? 一年生?
どうしたの?」
透子は落ち着いた声で言った。
「二年三組の……
“光学が得意な先輩”を探しています」
男子は一瞬だけ驚いた顔をした。
「ああ……
もしかして、篠原のこと?」
陽斗は息を呑んだ。
(篠原……
名前からして、なんか強そう……)
男子は続けた。
「篠原なら……
今、理科準備室にいると思うよ。
いつも放課後はあそこで何かしてるから」
透子の瞳が鋭く光った。
「ありがとうございます」
透子は軽く頭を下げ、
陽斗を連れて廊下を歩き出した。
陽斗は心臓が早くなるのを感じた。
(理科準備室……
また理科室の近く……
やっぱり、何かあるんだ)
理科準備室の前。
扉の隙間から、
かすかな光が漏れていた。
透子は息を潜め、
扉に耳を当てた。
中から、
金属を動かすような音が聞こえる。
カチャ……
カチャ……
陽斗の背筋がぞくりとした。
(誰かいる……
篠原先輩……?
何してるんだ……?)
透子は陽斗を見た。
「相沢くん。
静かにして」
陽斗はうなずいた。
透子はゆっくりと扉を開けた。
ギィ……と音が響く。
準備室の中には──
一人の男子が背中を向けて立っていた。
白衣を着て、
机の上に並べたレンズやプリズムを
丁寧に拭いている。
透子は静かに言った。
「……篠原先輩」
男子は振り返った。
その瞳は、
どこか冷たく、
光を計算するような鋭さを持っていた。
「一年生……?
何の用?」
透子は一歩前に出た。
「光の足跡について、
お話を伺いたいんです」
篠原は微笑んだ。
だが、その笑みはどこか不自然だった。
「光の足跡……
ああ、あれね」
陽斗は息を呑んだ。
(知ってる……?
やっぱり、この人が……)
篠原はレンズを置き、
透子をまっすぐ見つめた。
「君たち、
“光”に興味があるんだ?」
透子は答えた。
「ええ。とても」
篠原は微笑んだまま言った。
「なら──
いいものを見せてあげるよ」
その瞬間、
準備室の照明がふっと落ちた。
そして机の上のレンズが、
夕陽の残光を拾って
床に“光の線”を描いた。
陽斗は息を呑んだ。
(これ……
光の足跡の……)
篠原は静かに言った。
「光はね、
“操れる”んだよ」
その声は、
光よりも冷たかった。




