第25話「理科室対峙」
理科室の空気は、昼間のざわめきが嘘のように静かだった。
透子が拾い上げた“フェンスの金属片”。
それは、昨日の光の足跡の動きが変わった理由を裏付ける
決定的な証拠だった。
陽斗はその金属片を見つめながら、胸の奥がざわついた。
(……誰かが、フェンスを曲げた。
じゃあ、光の足跡は……誰かが作った?
そんなこと、本当にあるのかよ)
透子は金属片を握りしめ、
実験台の下をもう一度覗き込んだ。
「……ここに落ちていたということは、
犯人はこの部屋で“しゃがんで作業した”ということ」
陽斗は息を呑んだ。
(しゃがんで……作業?
何を? どうして?
白石さんは平然としてるけど、
僕はもう頭が追いつかない)
そのとき──
コツ、コツ、コツ……
理科室の外から、
規則正しい足音が近づいてきた。
陽斗の心臓が跳ねた。
(だ、誰か来る……!
こんなタイミングで?)
透子は金属片をポケットに滑り込ませ、
陽斗に小声で言った。
「相沢くん、声を出さないで」
陽斗はごくりと唾を飲み込んだ。
透子の声は静かなのに、
逆らえない圧があった。
足音は、
理科室の前で止まった。
静寂。
扉の向こうに“誰か”が立っている。
透子は一歩前に出て、
扉の方を見つめた。
「……入ってきなさい」
その声は、
普段よりも低く、冷たかった。
扉が、ゆっくりと開いた。
ギィ……と金属の軋む音が響く。
陽斗は息を止めた。
扉の隙間から現れたのは──
一年三組の理科委員、高梨だった。
「……あれ?
白石さんと相沢?」
高梨は驚いたように目を丸くした。
透子は表情を変えずに言った。
「高梨くん。
どうして理科室に?」
高梨は少し戸惑いながら答えた。
「え、えっと……
先生に頼まれて、プリント取りに来ただけ。
ほら、準備室の鍵、預かってるし」
高梨はポケットから鍵を見せた。
陽斗は少しだけ肩の力が抜けた。
(……なんだ、高梨か。
でも……このタイミングで?
偶然にしては出来すぎだろ)
透子は高梨の手元をじっと見つめた。
「プリントは、どこにあるの?」
「え? あ、準備室の棚に……」
高梨は準備室の扉に向かおうとした。
その瞬間──
透子が言った。
「高梨くん。
フェンスの歪み、知ってる?」
高梨の足が止まった。
陽斗は息を呑んだ。
(……白石さん、直球すぎる!
いや、でも……こういうときの白石さんは止められない)
高梨は振り返り、
困ったように笑った。
「え? フェンス?
いや、知らないけど……」
透子は一歩近づいた。
「昨日と今日で、
光の足跡の動きが違ったの。
その原因は“フェンスの角度”が変わったから」
高梨の表情が固まった。
透子はさらに言った。
「そして──
そのフェンスの金属片が、
“理科室の実験台の下”に落ちていた」
高梨の喉が、ごくりと動いた。
陽斗は背筋がぞくりとした。
(……高梨が犯人?
いや、でも……あいつ、そんなタイプか?
分からない……)
透子は高梨の目をまっすぐ見つめた。
「高梨くん。
あなた、フェンスに触った?」
高梨は一瞬だけ目をそらした。
その沈黙が、
理科室の空気をさらに重くした。
陽斗は息を止めた。
(……答えないってことは……
いや、決めつけるな。
白石さんの推理は鋭いけど、
僕は僕で見ないと)
透子は静かに言った。
「答えなさい」
その声は、
理科室の空気を切り裂くように鋭かった。
高梨は唇を噛み、
しばらく黙っていたが──
やがて、小さく言った。
「……触ったよ」
陽斗の心臓が跳ねた。
(やっぱり……!
いや、でも……“触った”だけじゃ……)
透子は表情を変えずに言った。
「どうして?」
高梨は俯き、
しばらく言葉を探していた。
そして──
ぽつりとつぶやいた。
「……あれ、
僕が作ったんじゃない」
陽斗は耳を疑った。
「え……?」
高梨は顔を上げた。
その表情は、恐怖に近かった。
「フェンス、触ったのは本当だよ。
でも……僕が曲げたんじゃない。
あれは……もう“曲がってた”んだ」
透子の瞳が揺れた。
「曲がっていた……?」
高梨はうなずいた。
「うん。
僕が触ったときには、
もう歪んでた。
誰かが……先に触ってたんだよ」
陽斗は息を呑んだ。
(じゃあ……高梨じゃない?
じゃあ、誰が……?
白石さんの推理が……また動く)
透子は静かに言った。
「高梨くん。
あなた以外に、
理科室に出入りしている人は?」
高梨は震える声で答えた。
「……いるよ。
僕以外にも……
“もう一人”」
透子の瞳が鋭く光った。
「誰?」
高梨は唇を噛み、
小さくつぶやいた。
「……二年生の、
“光学オタク”の先輩」
理科室の空気が、
さらに冷たくなった。




