第22話「作為疑惑」
夕陽が沈みきる前の屋上には、
まだ風の音と金属の揺れる音が残っていた。
陽斗が見つけた“フェンスの歪み”。
それは、昨日の光の足跡とは明らかに違う動きを説明できる
“決定的な要素”だった。
透子はフェンスの前に立ち、
歪んだ金属網を指先でなぞりながら言った。
「……偶然じゃないわ。
こんな曲がり方、自然には起きない」
陽斗は息を整えながら言った。
「じゃあ……誰かが、わざと?」
透子は静かにうなずいた。
「ええ。
光の足跡は“自然現象”じゃない。
誰かが……作ってる」
その言葉は、
夕陽よりも冷たく屋上に落ちた。
階段を降りると、
廊下にはまだ生徒たちのざわめきが残っていた。
「今日の光、昨日より速かったよな」
「なんで走ってんの?」
「幽霊が急いでたんじゃね?」
「やめろよマジで……」
陽斗と透子が廊下に戻ると、
数人の女子が透子に気づいて声をかけた。
「白石さん、また見た?」
「今日のやつ、動画撮ったよ!見る?」
「なんか昨日と違ったよね……?」
透子は一瞬だけ女子たちを見たが、
すぐに視線を光の足跡が消えた場所へ向けた。
「……違ったわ。
昨日と“条件”が変わっていた」
女子たちは顔を見合わせた。
「条件……?」
「なんか難しいこと言ってる……」
透子は説明する気はなかった。
ただ、光の足跡が消えた床をじっと見つめていた。
陽斗は透子の横顔を見ながら、
胸の奥がざわつくのを感じた。
(白石さん……やっぱり焦ってる?
いや、焦りじゃない……苛立ちだ)
透子は“分からない”ことを嫌う。
それは陽斗もよく知っている。
だが今の透子は、
ただ分からないだけではなく──
“誰かに邪魔されている”ことに苛立っているように見えた。
透子は突然、陽斗の腕をつかんだ。
「相沢くん。
もう一度、フェンスの歪みを確認するわ」
「えっ、また屋上に?」
「当然でしょう。
あの歪みが“今日の光の足跡”の原因なら、
昨日の動きと比較しないといけない」
陽斗は引きずられるように歩きながら言った。
「でも……誰がそんなことを?」
透子は歩みを止めずに答えた。
「分からない。
でも──“意図”がある」
「意図……?」
「ええ。
光の足跡は、ただの偶然じゃない。
誰かが“見せたい”のよ。
私たちに」
陽斗は背筋がぞくりとした。
(誰かが……見せたい?
じゃあ、僕たちは……狙われてる?)
透子は階段の前で立ち止まり、
陽斗の方を向いた。
「相沢くん。
あなたが見つけた“フェンスの歪み”は重要よ。
あれがなかったら、私は今日の動きの違いに気づけなかった」
陽斗は驚いた。
「えっ……僕が?」
透子は淡々と言った。
「ええ。
あなたの観察は……役に立ったわ」
その言葉は褒め言葉のはずなのに、
陽斗の胸は妙に痛んだ。
(……役に立った、か
それって……助手ってことだよな)
透子は階段を上りながら言った。
「でも、まだ足りない。
もっと“見て”ほしいの。
あなたの目は、私の推理に必要だから」
陽斗は胸が熱くなった。
(……必要、って言われた)
失恋したはずなのに、
その言葉だけで心が揺れる。
屋上に戻ると、
夕陽はほとんど沈んでいた。
透子はフェンスの歪みを再び確認し、
風の揺れと反射光の角度を見比べた。
「……やっぱりおかしい。
この歪み、今日ついたものじゃない。
もっと前から……」
透子は言葉を切り、
フェンスの下の地面を見つめた。
そこには──
“靴跡”があった。
フェンスに近づいた誰かの足跡。
しかも、
フェンスの歪みの位置と一致している。
陽斗は息を呑んだ。
「これ……誰かがフェンスを触った跡……?」
透子は静かに言った。
「ええ。
光の足跡は……“誰かが作った”。
その証拠よ」
風が吹き、
フェンスがかすかに揺れた。
その揺れは、
まるで“誰かがまだそこにいる”かのように感じられた。




