第20話「光の足跡・再来」
放課後の一年三組は、昨日の“光の足跡”の話題で持ちきりだった。
「昨日のあれ、マジでやばかったよな」
「動画撮った人いないの?」
「光の幽霊ってやつじゃね?」
「いや、あれは絶対なんかの反射だって」
教室の空気はざわざわと揺れ、
誰もが昨日の怪奇を反芻していた。
陽斗は自分の席で鞄を閉めながら、
透子の方をちらりと見た。
透子は窓際でノートを開き、
昨日の屋上での観察結果を淡々と書き込んでいた。
表情はいつも通り静かだが、
ページをめくる指先だけが、わずかに速い。
(……まだ苛立ってるんだ)
陽斗は胸の奥がざわついた。
昨日、透子は“分からない”と言った。
その言葉が、陽斗の中でずっと引っかかっていた。
下校のチャイムが鳴り、
生徒たちが一斉に立ち上がる。
「帰ろー!」
「コンビニ寄ってかない?」
「昨日の廊下、今日も見に行こうぜ」
教室の出口へ向かう列ができ、
陽斗もその流れに乗った。
透子は最後方。
いつも通り、静かに歩いている。
──そのときだった。
「えっ……また……?」
先頭の女子が立ち止まり、
廊下の床を指さした。
「うそ……今日も出てる……!」
「キャーッ、動いてる!」
「昨日より……速くない?」
廊下の中央に、
ぽつ、ぽつ、と光の点が現れた。
昨日と同じ“光の足跡”。
しかし──
(……動きが違う)
陽斗は息を呑んだ。
昨日はゆっくり歩くように進んでいた。
だが今日は、
光の点が“走るように”前へ進んでいく。
「なにこれ……こわ……」
「誰かの足跡ってレベルじゃないよ……」
「動画撮れ動画!」
生徒たちがざわつき、
廊下が一気に騒がしくなる。
陽斗は光の足跡を見つめながら、
背後に気配を感じた。
「……相沢くん」
振り返ると、
透子が静かに立っていた。
昨日よりも、
瞳の奥の光が鋭い。
「白石さん……また、出た……」
透子は答えず、
光の足跡をじっと見つめた。
「……動きが違う」
その声は低く、
苛立ちを押し殺したような響きだった。
「昨日は“歩幅”だった。
でも今日は……“走ってる”。
条件が変わってる」
透子は陽斗の腕をつかんだ。
「相沢くん、追うわよ」
「えっ、また!?」
「当然でしょう。
昨日と違う動きをしているのよ。
原因が変わったのか、条件が変わったのか……
確かめないと気持ち悪いわ」
透子は群衆を押し分け、
光の足跡の後を追い始めた。
陽斗は引きずられるように走る。
(……なんで僕、こんなひどい扱いなのに……
でも、白石さんが困ってるの放っておけない)
胸の奥が痛い。
それでも足は止まらない。
光の足跡は、昨日とは逆方向へ進んでいた。
窓側ではなく、
黒板側の奥へ向かっている。
透子は走りながら言った。
「光源が変わった……?
でも夕陽の角度は昨日とほぼ同じ。
なのに進行方向が逆……」
透子は立ち止まり、
光の足跡を見つめた。
「……何かが“光を曲げてる”。
でも、そんなもの……」
透子は唇を噛んだ。
陽斗は息を切らしながら言った。
「し、白石さん……落ち着いて……」
透子は陽斗を見た。
その瞳は、焦りと苛立ちが混ざったように揺れていた。
「落ち着いてるわ。
ただ……分からないのよ」
その言葉は、
昨日よりもずっと重かった。
光の足跡は、
廊下の突き当たりでふっと消えた。
透子はその場所にしゃがみ込み、
床を指先でなぞった。
「……ここ。
昨日より光が強い。
散乱光の量が違う……」
陽斗は透子の横にしゃがんだ。
「じゃあ……昨日とは別の原因?」
透子は首を横に振った。
「原因は同じ。
でも“条件”が違う。
昨日は歩幅、今日は走幅。
光源の揺れ方が変わってる……」
透子は立ち上がり、
窓の外を見た。
「相沢くん。
フェンスの揺れを見てきて。
今すぐ」
「えっ!? また!?」
「急いで。
夕陽が沈む前に確認しないと意味がないって言ったでしょ」
陽斗は走り出した。
(……好きなのに、距離が遠い)
胸の奥が痛む。
でも、足は止まらない。
透子は陽斗の背中を見つめながら、
小さくつぶやいた。
「……どうしても、この謎を解きたいの。
この“光の足跡”の正体を」
その声は、
夕陽に溶けずに廊下に残った。




