第19話「屋上調査」
四月の八日目。
夕陽が校舎の壁を赤く染める頃、
一年三組の廊下にはまだ“光の足跡”のざわめきが残っていた。
「何だったんだろうね、あれ……」
「マジで怖かった……」
「動画撮ればよかった!」
生徒たちが口々に話しながら階段へ向かう。
その中で、陽斗は透子に腕をつかまれたまま、
半ば引きずられるように廊下を歩いていた。
「し、白石さん……どこ行くの……?」
「屋上よ」
透子は振り返らない。
その声は、いつもより少しだけ硬かった。
「光源を確認するの。
あの現象は“廊下だけ”では説明できないわ」
陽斗は心臓が早くなるのを感じた。
(……白石さん、怒ってる?
いや、怒ってるというより……苛立ってる?)
透子が“分からない”と言ったのは初めてだった。
その事実が、陽斗の胸に妙なざわつきを残していた。
階段を上りきると、
屋上へ続く鉄扉が夕陽に照らされていた。
透子は迷いなく扉を押し開ける。
ギィ……と金属の軋む音が響き、
冷たい風が二人の頬を撫でた。
屋上は広く、
フェンス越しに校庭と住宅街が見渡せる。
夕陽は校庭の端に沈みかけ、
フェンスの金属が赤く光っていた。
透子はフェンスの前まで歩き、
風で揺れる金属網をじっと見つめた。
「……やっぱり、反射光が強いわね」
陽斗も横に立つ。
「これが……光の足跡の原因?」
透子は首を横に振った。
「反射光だけなら“点”にしかならない。
あれは“歩幅”があった。
人間の歩き方に近い動きだった」
透子はフェンスに手を添え、
揺れの周期を確かめるように指先を動かした。
「風の揺れ……周期が不規則。
でも、廊下の光は“規則的に”進んでいた。
矛盾してる……」
透子は眉を寄せた。
その表情は、
“分からないことが許せない”彼女の本性が
さらに強く表に出ていた。
陽斗は思わず聞いた。
「白石さん……そんなに気になるの?」
透子は陽斗を見ずに答えた。
「気になるに決まってるでしょう。
“説明できない現象”なんて、気分最悪よ」
その言葉は冷たく聞こえたが、
どこか焦りのようなものも混じっていた。
陽斗は胸が少し痛くなった。
(……僕のことは“恋愛はない”って言ったのに、
こういうときだけ頼られるの、ずるいよ)
でも、
それでも透子の横に立ってしまう自分がいた。
透子はフェンスから離れ、
屋上の中央へ歩き出した。
「相沢くん、そこに立って」
「えっ、ここ?」
「違う、もっと右。……遅い」
陽斗は言われるままに動く。
(なんで僕、こんな扱いなのに……
……でも、なんか嬉しいんだよな)
透子は陽斗の立つ位置と夕陽の角度を見比べ、
何度も首をかしげた。
「……角度が合わない。
光源がここなら、廊下の足跡は“逆方向”に進むはず。
でも実際は──」
透子は言葉を切り、
夕陽を見つめた。
「……何かが、光を“曲げてる”。
でも、そんなもの……」
透子は唇を噛んだ。
陽斗はその横顔を見て、
胸がぎゅっと締めつけられた。
(白石さん……こんな顔、するんだ)
透子は普段、
何でも分かる人間のように見える。
でも今は、
“分からないことに苛立つ普通の中学生”の顔だった。
陽斗は思わず言った。
「……僕、何か手伝える?」
透子は一瞬だけ陽斗を見た。
その瞳は、夕陽を映して揺れていた。
「ええ。
あなたには“動いてもらう”役があるわ」
「どう動く……?」
「そうねぇ…
光の足跡は“人の歩幅”に近かった。
だから──」
透子は陽斗の腕をつかんだ。
「相沢くん、廊下まで走って。
今すぐ」
「えっ!? また!?」
「急いで。
夕陽が沈んだら、もう再現できない」
陽斗は訳も分からず走り出した。
夕陽の光が、
二人の影を長く伸ばしていた。
透子はその影を見つめながら、
小さくつぶやいた。
「……必ず解明したい。
あの“光の足跡”の正体を」
その声は、
風に消えずに屋上に残った。




