第18話「光の足跡」
四月の八日目。
下校のチャイムが鳴ると、一年三組は一気にざわめきに包まれた。
椅子を引く音、鞄を閉める音、友達を呼ぶ声。
教室の空気が、いっせいに“帰り支度の匂い”に変わっていく。
陽斗は男子数人と一緒に廊下へ出た。
その少し前方には女子の集団が固まって歩いている。
透子はいつも通り、最後方に近い位置で静かに歩いていた。
──そのときだった。
「え、なにあれ……?」
先頭の女子が立ち止まり、指をさした。
「えっ、光ってる……?」
「足跡……? え、こわ……」
「キャーッ、動いてる!」
廊下の中央に、ぽつりと光の点が落ちていた。
それはゆっくりと前へ進み、
次の光がぽつりと現れ、
また次の光がぽつりと続く。
まるで、
“誰かが歩いている光の残像”のように。
女子たちがざわつき、男子たちも顔を寄せる。
「なんだよこれ……」
「影じゃねぇよな?」
「光の……足跡?」
陽斗も思わず前へ出た。
(……なんだ、これ)
光の足跡は、廊下の奥へ向かって進んでいく。
誰もいないのに、歩幅まで人間のようだった。
そのとき──
後方から、静かだが鋭い声がした。
「……相沢くん」
陽斗は振り返った。
透子が、群衆の後ろから歩いてくる。
表情はいつも通り落ち着いているのに、
瞳だけが“異変を捉えた人間”の光を宿していた。
透子は陽斗の横に立つと、
光の足跡を一瞥し、短く言った。
「追うわよ」
「えっ、い、今!?」
「今じゃないと意味がないの」
透子は陽斗の腕をつかみ、
群衆を押し分けて前へ進んだ。
「ちょ、ちょっと白石さん!?
みんな見てるって……!」
「気にする必要はないわ。
あなたは私の後ろを歩けばいいの」
その言い方は、
まるで“役割が決まっている”かのようだった。
光の足跡は、窓際で一度止まり、
またゆっくりと動き出した。
透子は床にしゃがみ込み、光の位置を指先でなぞる。
「……反射光? 違う。動きが一定じゃない」
陽斗は周囲の視線が気になりながらも、
透子の横にしゃがんだ。
「し、白石さん……これ、何なんだよ……」
透子は答えず、窓の外を見た。
校庭のフェンスが、風で揺れている。
「フェンスの反射……?
でも角度が合わない。
光源が複数あるように見える……そんなはずはない」
透子は眉を寄せた。
その表情は、
“分からないことが許せない”彼女の本性が露わになった瞬間だった。
「相沢くん、廊下の端まで走って。光の位置を確認して」
「えっ!? い、今!?」
「今じゃないと意味がないの」
陽斗は訳も分からず走り出した。
(なんで僕、こんな扱いなのに……
……でも、断れないんだよな……)
胸の奥が痛む。
それでも足は止まらない。
陽斗が戻ると、透子は床に手をつき、
光の足跡の“歩幅”を測っていた。
「……床の散乱光が強すぎる。
ワックスの凹凸がレンズみたいに働いてる」
陽斗は息を切らしながら言った。
「じゃ、じゃあ……反射なのか?」
透子は首を横に振った。
「反射だけじゃ説明できない。
光源が複数あるように見えるの。
でも、そんなはずはない……」
透子は立ち上がり、窓ガラスを見つめた。
「ガラスの屈折……?
でも角度が合わない。
何かが足りない……気持ち悪い」
透子が“分からない”と言った。
陽斗は驚いた。
(白石さんが……分からない?)
透子は苛立ちを隠そうともせず、
陽斗の腕を再びつかんだ。
「相沢くん。屋上に行くわよ」
「えっ!? なんで屋上!?」
「光源を確認するの。
あなたは私についてくればいいの」
その言い方は、
まるで“命令”のようだった。
陽斗は胸の奥がざわついた。
(……好きなのに、距離が遠い)
夕陽の廊下に、
光の足跡がゆっくりと消えていく。
透子はそれを一瞥し、
静かに言った。
「この現象……必ず解明するわ」
その声は、
光の足跡よりもずっと強く、
廊下に響いた。




