第17話「昼休みの距離、聞こえてしまう言葉」
昼休みの一年三組は、いつもより少しだけざわついていた。
陽斗は男子数人と机を寄せ、弁当を広げていた。
けれど、誰もまともに弁当を見ていない。
全員、耳だけが“そっち”に向いていた。
──白石透子の席。
今日も透子の周りには女子たちが集まり、
男子たちは自然を装いながらもチラチラと視線を向けている。
透子はいつも通り、静かに弁当を食べていた。
けれど、ふとした仕草や微笑みが、
教室の空気をふわりと明るくしていた。
そんな中、女子の一人が声をかけた。
「白石さんって、ホントに理科が好きなんだね」
透子は箸を止め、
少しだけ首をかしげた。
「……好きじゃないわよ」
女子たちは一瞬固まった。
「えっ? あんなに詳しいのに?」
透子は淡々と答えた。
「知ってるだけ。
でも、好きじゃないし、得意とも思ってないわ」
その声は柔らかく、
冷たさはまったくなかった。
陽斗は思わず箸を止めた。
(……好きじゃないのに、あんなに?)
女子が続ける。
「じゃあ、なんであんなに調べたり、詳しかったりするの?」
透子は少しだけ視線を落とした。
「……分からないままなのが、落ち着かないの。
モヤモヤするのが嫌なのよ」
その言葉に、女子たちは息を呑んだ。
男子テーブルでも、
「へぇ……」「なんか分かる気がする」
と小さな声が漏れた。
陽斗は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(……白石さんらしいな)
そのとき、
別の女子が声を潜めて言った。
「ねぇ……相沢くんとは、どうなの?」
陽斗の心臓が止まりかけた。
男子テーブルの空気が一瞬で固まる。
透子は顔を上げた。
表情は変わらない。
けれど、ほんの一瞬だけまつ毛が揺れた。
「どう、とは?」
女子は少し照れながら続けた。
「ほら……最近よく一緒にいるし……
なんか、仲良さそうだし……」
透子は静かに答えた。
「恋愛はないわ」
その瞬間──
陽斗の胸に、ズドンと重いものが落ちた。
(……あ、そう……だよな……)
箸が止まり、
視界が少しだけぼやける。
隣の男子が小声で言った。
「おい……大丈夫か?
なんか泣きそうな顔してるぞ」
陽斗は慌てて顔をそむけた。
「な、泣いてない……!」
男子たちは気まずそうに笑い、
けれど心配そうに陽斗を見ていた。
透子はその様子に気づいていない。
いや──
気づいていても、表には出さないのかもしれない。
女子たちは「そっかぁ」と笑い、
透子は静かに微笑んだ。
その微笑みは、
誰に向けたものでもないのに、
教室の空気をふわりと軽くした。
陽斗は胸の奥がじんわりと痛むのを感じながら、
弁当の残りをゆっくり口に運んだ。
昼休みのざわめきは、
いつもより少しだけ遠く聞こえた。




