第15話「囁きの棚、沈む影」
放課後の図書室は、昼間とはまるで別の場所のようだった。
窓から差し込む光は弱く、
本棚の影が床に長く伸びている。
ページをめくる音も、人の気配もない。
ただ、静寂だけが積み重なっていた。
陽斗は扉の前で立ち止まり、
思わず息を呑んだ。
(……なんか、薄気味悪い)
透子は迷いなく中へ入り、
まっすぐ奥の閲覧スペースへ向かった。
「相沢くん、来るわよね」
振り返りもせずに言われ、
陽斗は慌てて後を追った。
(なんで分かるんだよ……)
透子は本棚の間をゆっくり歩きながら、
周囲の空気を“測る”ように視線を動かしていた。
「……静かすぎるわね」
その声は小さく、
図書室の空気に吸い込まれるようだった。
陽斗は思わず囁く。
「し、白石さん……“声がした”って、本当なのかな」
透子は立ち止まり、
本棚の上部を見上げた。
「本当でしょうね。
“誰もいないのに声がした”という証言は、
だいたい“音の正体が分からない”ときに起きるものよ」
陽斗はごくりと唾を飲んだ。
透子は本棚の隙間に手を伸ばし、
指先で木材の表面を軽く叩いた。
コッ……コッ……
乾いた音が返ってくる。
「この棚、空洞が多いわ。
音が反響しやすい構造になってる」
陽斗は驚いた。
「叩いただけで分かるの……?」
透子は淡々と答えた。
「音は“材料の密度”で変わるの。
これくらい、聞けば分かるわ」
陽斗は思わず感心したが、
透子はすでに次の棚へ移動していた。
(……すげぇ)
図書室の奥、
窓際の閲覧スペースに着いた。
ここが“声が聞こえた”と噂された場所だ。
透子は椅子を引き、
静かに座った。
陽斗も向かいに座る。
透子は机の上にノートを置き、
周囲の空気をじっと観察していた。
「……空調の音が弱いわね」
「えっ?」
「普通、図書室は空調の音が一定なの。
でも、ここは“揺れてる”。
強くなったり、弱くなったり」
陽斗は耳を澄ませた。
確かに、
風の音が一定ではない。
(……こんなの、気づかないよ)
透子は続けた。
「空調の音が揺れると、
“声のように聞こえる周波数”が生まれることがあるの」
陽斗は背筋が伸びた。
「じゃあ……“声”って、空調のせい?」
透子は首を横に振った。
「まだ断定できないわ。
空調だけなら“囁き声”にはならない。
もっと複雑な条件が必要」
陽斗は思わず身を乗り出した。
「ど、どんな条件……?」
透子は陽斗の目をまっすぐ見た。
その瞳は、
いつもの冷静さの奥に、
“何かを探している光”を宿していた。
「……“反射”。
音は、壁や棚で跳ね返ると形を変えるの。
図書室は“音が迷いやすい構造”になってる」
陽斗は息を呑んだ。
透子は立ち上がり、
本棚の間にゆっくりと歩き出した。
「相沢くん、ついてきて」
陽斗は慌てて後を追う。
透子は棚と棚の間に立ち、
指先で空気を切るように動かした。
「……ここ。
音が“溜まる”場所があるわ」
陽斗は首をかしげた。
「音が……溜まる?」
透子は振り返り、
ほんの少しだけ目を細めた。
「ええ。
“声のように聞こえる音”が生まれる場所よ」
陽斗の背筋に、
ぞわっとしたものが走った。
透子は棚の奥を見つめ、
静かに言った。
「……ここで、何かが起きてる」
その声は、
図書室の静寂に溶けるように響いた。
まだ“声”は聞こえない。
けれど、
二人は確かに“何か”の気配を感じていた。




