第14話「静かな図書室、聞こえないはずの声」
一年三組の教室は、朝から妙な落ち着きのなさをまとっていた。
ざわつきではない。
けれど、空気が“何かを避けている”ような、
そんな微妙な揺れがあった。
陽斗は席に座りながら、
昨日の透子の言葉を思い出していた。
──努力したのね。
あの一言が胸の奥に残っていて、
透子の横顔を見るたびに、
心臓がドキドキ落ち着かない。
(……落ち着けって)
自分に言い聞かせていると、
教室の前の方で、ひそやかな空気の波が立った。
声は小さい。
けれど、内容だけが空気を震わせる。
──図書室で、誰もいないのに“声”がしたらしい。
陽斗は思わず顔を上げた。
(……今度は声?)
透子の席を見ると、
彼女は本を閉じ、静かに立ち上がった。
その動きは、
“何かに気づいた人間”のそれだった。
透子は窓の外に視線を向け、
ほんの一瞬だけ目を細めた。
陽斗はその横顔を見て、
胸の奥がざわついた。
(……また、何かあるんだ)
透子は席に戻り、
淡々とノートを開いた。
けれど、ページをめくる指先が
ほんのわずかに止まった。
「……空調の音じゃないわね」
小さくつぶやいた声は、
陽斗にだけ届くような響きだった。
陽斗は思わず身を乗り出した。
「し、白石さん……何か分かるの?」
透子は陽斗を見ず、
静かに答えた。
「図書室は“音が反射しやすい構造”なの。
でも、反射音と“声”は違うわ」
陽斗は息を呑んだ。
(……もう分析してる)
透子はノートに何かを書き込みながら続けた。
「湿度、空調、壁の材質……
条件が揃えば“声のように聞こえる音”は作れる。
でも──」
透子はペンを止め、
ほんの一瞬だけ陽斗の方を見た。
その瞳は、
昨日よりも深く、静かで、
どこか“探している”ようだった。
「……今回は、少し違う気がする」
陽斗は思わず聞き返した。
「ち、違うって……?」
透子は答えず、
ノートを閉じて席を立った。
「放課後、図書室に行くわ」
陽斗の心臓が跳ねた。
「ま、また……?」
透子は振り返り、
ほんのわずかに目を細めた。
「あなたも来るでしょう?」
その言い方は、
“当然”というより“確認”に近かった。
陽斗は胸の奥が熱くなるのを感じた。
(……なんで僕なんだろ)
透子は席に戻り、
静かに教科書を開いた。
けれど、
ページをめくる指先はどこか落ち着かず、
視線は時折、窓の外へ流れた。
まるで、
“聞こえないはずの声”を
探しているかのように。
その日の放課後、
二人は図書室へ向かうことになる。
まだ誰も知らない、
“囁き声の怪奇”の真相を求めて。




