第13話「白石透子、静かな揺らぎ」
一年三組の教室は、いつもより少しだけ明るく感じられた。
陽斗が復帰した翌日。
透子はいつも通り席に座り、静かに本を読んでいた。
けれど──
昨日までとは、ほんのわずかに違う“気配”があった。
透子の視線が、
時折、陽斗の方へ流れる。
ほんの一瞬。
誰にも気づかれない程度の短さで。
陽斗がノートを開く音。
咳払い。
プリントをめくる仕草。
そのどれかが聞こえるたび、
透子の指先がわずかに止まる。
本人は気づいていない。
けれど、その“間”は確かに存在していた。
休み時間。
透子は机に広げたプリントを整理していた。
そこへ、女子が声をかける。
「白石さん、昨日の数学の問題さ……」
透子は顔を上げ、
柔らかい声で説明を始めた。
その声は、
誰に対しても同じように落ち着いていて、
優しくて、
空気をふわりと軽くする。
女子たちは自然と笑顔になり、
男子たちは何気ないふりをしながら耳をそばだてる。
透子は、
“クラスの中心”として完璧に振る舞っていた。
けれど──
説明の途中で、ふと視線が横に流れた。
陽斗が席でペンを落としたのだ。
透子は一瞬だけ言葉を止め、
ほんのわずかに眉を寄せた。
「……大丈夫?」
声は小さく、
陽斗にだけ届くような響きだった。
陽斗は慌ててペンを拾い、
「だ、大丈夫……」と答えた。
透子はすぐに説明に戻ったが、
その横顔はどこか落ち着かないように見えた。
昼休み。
透子は弁当を広げていた。
女子たちが周囲に集まり、
男子たちは距離を保ちながら視線を向ける。
透子は誰に対しても同じ調子で接していた。
けれど、
陽斗が席を立つと、
透子の視線がそっと追った。
ほんの一瞬。
誰にも気づかれないほどの短さで。
陽斗が戻ってくると、
透子は何事もなかったように弁当を食べ続けた。
けれど、
箸の動きがわずかに遅れた。
放課後。
透子は鞄を肩にかけ、教室を出ようとした。
そのとき、
陽斗が貸していた残りのノートを抱えて近づいてきた。
「白石さん、これ……ありがとう。写したよ」
透子は受け取り、
ページをぱらぱらとめくった。
「……相沢くん」
陽斗は身構えた。
(また落とされる……?)
透子は、
ほんの少しだけ目を細めた。
「昨日より、ずっと丁寧ね」
陽斗は驚いたように目を丸くした。
透子は続けた。
「……努力したのね」
その声は、
いつもの冷静さとは違う温度を持っていた。
陽斗は言葉を失い、
透子を見つめた。
透子は視線をそらし、
鞄を持ち直した。
「……帰りましょう」
その言い方は、
誰にでも向けるものではなかった。
陽斗は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
透子は歩き出しながら、
ほんの一瞬だけ横目で陽斗を見た。
その瞳には、
自分でも気づいていない“揺らぎ”が宿っていた。
それが何なのか、
透子自身もまだ分かっていなかった。




