第12話「戻ってきた席、変わっていた空気」
翌朝。
陽斗はまだ少し体が重かったが、熱は下がっていた。
(……行ける。大丈夫だ)
昨日の透子の言葉が、胸の奥に残っている。
“あなたが学校に来るのを待ってるわ”
あの距離、あの声、あの目。
思い出すだけで、顔が熱くなる。
(やば……落ち着けって)
深呼吸をしてから、陽斗は玄関を出た。
教室に入った瞬間、
陽斗は空気の違いに気づいた。
ざわつきではない。
けれど、昨日までとは明らかに違う“温度”があった。
透子の席の周りに、
自然と人の流れができている。
女子たちは距離を保ちながらも、
透子の小さな言葉に耳を傾け、
男子たちは何気ないふりをしながら視線を向けている。
透子は、誰に対しても同じ調子で接していた。
柔らかい声。
落ち着いた仕草。
ふとした瞬間に見せる、
空気がふわりと変わるような微笑み。
その微笑みが向けられるたび、
周囲の空気が一瞬だけ静まり返る。
まるで、
“教室の中心がそこにある”
と言わんばかりに。
陽斗はその光景を見て、胸がざわついた。
(……なんか、すごいことになってる)
昨日の透子の姿を知らないはずなのに、
クラスは自然と彼女に惹かれていた。
陽斗は自分の席に向かいながら、
どこか置いていかれたような気持ちになった。
席に座ると、
透子がふいに顔を上げた。
その瞬間、
教室の空気がわずかに揺れた。
透子は立ち上がり、
陽斗の席まで歩いてきた。
周囲の視線が集まる。
透子は陽斗の机の横に立ち、
淡々と言った。
「……来たのね」
その声は、いつも通りの落ち着いた調子。
けれど、ほんのわずかに柔らかさが混じっていた。
陽斗は慌ててうなずいた。
「う、うん……もう大丈夫」
透子は陽斗の顔をじっと見つめた。
その距離は、
昨日の玄関先を思い出させるほど近い。
陽斗の心臓の鼓動が激しくなる。
透子は、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「……熱、下がったみたいね」
その言葉は、
他の誰にも向けない種類の優しさを含んでいた。
陽斗は胸が熱くなるのを感じた。
(……なんだよ、この感じ)
透子は貸したノートを受け取り
指先が陽斗の手にかすかに触れた。
陽斗は息を呑んだ。
透子は気にした様子もなく、
淡々と席に戻ろうとした。
その背中を見つめていると──
透子がふいに振り返った。
「……昨日の分、ちゃんと勉強しなよ」
言葉は冷静なのに、
目だけがほんの少しだけ柔らかかった。
陽斗は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(……なんか、変だ)
透子はクラスの中心にいて、
誰にでも優しくて、
誰からも好かれていて。
なのに、
自分に向けられる言葉だけが、
どこか違う温度を持っている気がした。
その違いが何なのか、
陽斗にはまだ分からなかった。
ただ──
昨日の玄関先で感じた距離が、
まだ胸の奥に残っていた。




