4.天上国の王妃様
格式高い伝統衣装を身に纏うサヘラン王国から来た王女は、この日から完全にアウストゥール王国の人となった。
アウストゥール王国の王都にある建国の時代から存在する神殿で、限られた者たちが見守る中、ゼインとフロスティーンはこれより夫婦となることを天上の神とかつてアウストゥール王国を支えた星々に報告し、合わせて誓いと祈りを捧げた。
参列した者は皆、ここで誕生した夫婦が、以前から王国の書類上夫婦となっている事実には疑問を抱いていたが、ここで儀式自体に疑問を呈する無粋な真似をする者は出ず、彼らもまた、王、王妃と共に、天上に祈りを捧げた。
この王と王妃の元、アウストゥール王国がこれからも繁栄しますように。
ここからは、国王夫妻披露目の時間に移る。
まずは民への披露目だ。
神殿から王城まで、物々しい数の騎士に囲まれながら、ゼインとフロスティーンは天井のない馬車で移動した。
国を大国に変えた英雄でもある国王と、その国王が愛してやまないと噂の王妃を一目見ようと、普段は王都に住まない民も集まって、王都は路地裏の細道まで人で埋め尽くされていた。
それでも民衆は、ゼインらの通る街道では騎士らの指導の元にきちんと整列し、馬車のため道を開けていた。
そして民衆は二人が現れるや一度は頭を下げて、そして手を振り、口々に祝言を叫んでいく。
王の御前も、今日だけは無礼講だった。
「国王様、国を良くしてくれてありがとう!」「アウストゥール王国万歳!」
「うわぁ綺麗な姫様だね」「大事にしろよ!」
「嫁には絶対服従だ!逃げられない秘訣だよ!」「何を!男は妻を従えてこそ!」
通常なら許されない声が数多飛ぶも、馬車の荷台では重なるひとつの歓声としか受け取れなかった。
そんな馬車の荷台の上で、立派な椅子に国王らしくどっしりと深く腰掛けたゼインは、似合わない花に囲まれながら、悪くない気分でフロスティーンの腰を抱いていた。
「楽しいか、フロスティーン?」
フロスティーンが初めて目にする王都の様子、民の姿に、興奮していることは、ゼインには分かっている。
今日は無表情ではなく、動かぬ笑顔を張り付けているフロスティーンの口が、よく囀るからだ。
「はい。天上国の皆様は、なんて素晴らしいのでしょうか」
「もはやこの国の全員が召されたことは覆らないのだな」
「あちらの皆様もお手を振ってくださいます、ゼイン様」
「笑顔で振り返してやってくれ。それも王妃の仕事だ」
「はい!」
浮かれる王妃とは対照的に、至極落ち着いて見えるゼインの視線は、鋭く辺りを見渡していた。
民らの明るい気分とは異なり、今日の王都の警備は重々しい。
周辺国を併合し、領土を急拡大させて、アウストゥール王国を小国から大国に変貌させた国王であるゼインを、良く思わない連中はどこにでもいくらでもいた。
それは国内の貴族にも及び、謀叛を考えた者たちの粛清を終えたあとも、いまだにゼインに不満を抱く者はある。
人々が浮かれる祝いの日こそ狙われやすく、ゼインは強く警戒せねばならなかった。
これもゼインには想定内のこと。
ゼインは生涯心から安心する日は来ないであろうことを、開戦を決めた若き日に認めていた。
信を置く側近たちも、いずれは敵になることもあるという考えは、戦の間にゼインが敵国の王とその臣と対峙しながら得てきた教訓。
信じてはいるが、人は変わる。
意思は変わらずとも、事情が変わることもある。
勝ち戦でも多くの民を星にした。敵国も王侯貴族だけでなく民を多く星にしている。
その判断を下した己に安寧な日々はやって来ないし、心から祝いごとをする日など要らず、それでいい……はずだった。
フロスティーンを得てから、ゼインは己の心情の変化を感じていた。
信頼関係など築けるほどに、まだ時間を共有してもいないというのに。
この王妃だけは自分を裏切らないと信じるし、未来永劫そうであって欲しいとどんなに律しても心が願ってやまない。
そして今日という日を、フロスティーンには心から楽しんで欲しいと願った。
「ふっ。この俺も女に弱くあったとはな」
ゼインは自嘲する。
女で身を滅ぼした敵国の将は幾人も見て来た。
同じ手でゼインを狙った者たちもいた。
もしもフロスティーンの祖国サヘラン王国が、これを狙ってフロスティーンを送ってきたのだとしたら。
まんまと敵の手に落ちた自身を恥じているのに、それでもなおフロスティーンだけは裏切らないとまだ信じる己に、ゼインは恐れも抱いている。
この想いは、同じ王族として生まれ育ち、自分ともフロスティーンとも相容れない考えを持つであろうあの二人と顔を合わせてから強まっていた。
とはいえまさか婚姻式の披露目の場でも、同じように考えるとはゼインも思っていなかったこと。
ゼインは己を嘲笑う。
戦を終えて、妃まで得たことで、大分気が緩んでいるようだ。
国内はこれから整備し、繁栄させねばならないし。
敵国との戦いは続く。それも直近は戦争という分かりやすい形ではない戦いになるだろう。
それは王妃を得たゼインにとっても、大変都合のいい争い方だった。
第一にサヘラン王国──。
ゼインはフロスティーンがこちらを見ていることに気が付いた。
陽光の下で間近に見るフロスティーンの瞳は、吸い込まれるほどに美しい。
「いい日だな、フロスティーン。この快晴、天上の神までも俺たちを祝ってくれているようだ」
「天上国の王様を、天上の神様が祝福する……天上国にはさらに天上があるのでしょうか?」
「そうだな。何にでも上には上があるものだ、フロスティーン」
フロスティーンの瞳の輝きが増して、ゼインは笑った。
「まもなく王城だ、フロスティーン。こちらの祝い事だというのに、この後は勝手にやって来た客をもてなしてやらねばならん。面倒なことだが、王妃として俺に付き合ってくれ。これは仕事だ」
「はい」
「視察に行けばまた見られるが、こうした披露目の機会はそうないからな。最後に盛大に手を振ってやってくれ」
「盛大……こうでしょうか?」
「速くしなくていい。王妃らしくゆったりと。少しだけ振り幅を広げて……そうだな、それくらいで」
手を振るフロスティーンの隣で、ゼインは手を高く上げる。
歓声が湧いた。
今日は国王の声が民へと届かない日。
手を下ろしたゼインは無言で周りを見渡して、国王として座り続ける。
時折視界に映り込むよく知る者たちからの揶揄うような視線も流して──。
「今日の式典後に亡命希望とはな。さてどうするか」
ゼインはフロスティーンにも聴こえぬ声で呟いた。
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