05
林中の道なき道をしばらく歩き続けた。柔らかく湿った土を踏んで、白と緑の衣を纏った木々の間をすり抜けていく。
沢沿いの急斜面を登ったところで視界がひらけた。前方で樹木の密生が疎になり、しばらく先でぱたりと絶えている。地面の傾斜は水平に近く、山林の途切れた向こう側には空の見える空間が広がっていた。
足元の雑草にも手入れの痕跡が見える。頭を低くしたまま少し後退し、幹の太い樹木の陰に身を隠した。そこから僅かに顔を覗かせて前方の様子を偵察する。
林から少し離れた位置に茅葺の家屋が見えた。
木造。半二階。大きさはそれほどでもない。典型的な山村の百姓の住居に見える。家の正面には丈の低い雑草を切り分けて砂色の小道が通っていた。小道はしばらく先で大きく曲がっていて、その先までは見通すことができない。
玄関戸は開け放たれていた。距離があって内部の様子までは窺えない。太陽は直上から西へと傾きつつある。住人が百姓なら、まだ外仕事に出ている時間か。
「誰かいるかな」
「確定できない。しかし、人の出入りがあったのは正午頃が最後と推測される」
「どうしてわかる?」
「玄関前の足跡を観測した。表面に堆積する砂塵の量から計算している」
「目がいいね」
「アイカメラは可変ズームだ」
昼飯に一度戻って、また出掛けたか、それとも家に残っているのか。
上ノ庄の状況がわかるまで、集落の住民とは接触したくない。前方の家から視線を外し、林の中を左手に進むことにする。そちらが山の頂上に近づく方向だった。人の手の入った土地を迂回しつつ、高い場所から集落の様子を把握したい。
先ほど見えていた小道が、家の陰に隠れ、しばらく進んだところでもう一度視界に入った。緩やかに蛇行した道は林から離れる方向にずっと続いている。
道に沿って一軒、また一軒と、ぽつりぽつり家屋が建っている。どれも似たような茅葺きの半二階だった。家と家との間隔はかなり開いていて、その合間に小規模な畑が点在している。
畑で作業をしている百姓がいた。
ひとつの畑に一人か二人。かなり距離があるので、こちらには誰も気づいていない。手拭いを頭に巻き、腰を曲げて土をいじっている。何の変哲もない農作業の風景だ。
彼らを横目に見ながら林を進む。草木に覆われた勾配は段々と急になっていき、やがては立ったままでは進めないほどになってしまった。
深く根を張った雑草を掴み、滑り落ちないよう注意しながら坂を登る。このときばかりはヤクモも腕から降りて自分の足で移動した。黒猫の足取りは小憎らしいほどに軽やかだ。
登った先は切り立った崖の頂上だった。
高さはそれほどでもないが、ちょうど集落を広く見下ろせる塩梅だ。崖の際に伏せて、眼下の様子を観察する。
人がいる。多くはない。二十人かそこら。男が多いが、女も数人混じっている。
皆、それぞれの畑で作業に勤しんでいた。持っているのは鋤、鍬、それから藁束。畝を作って種の植え付けをしている者もいた。ざっと見た印象だが、おかしなところはどこにも見当たらない。
建物も見えるのは十数軒だけ。外見はほとんど同じで代わり映えしない。多少の大小はあるが、違いはそのくらいだ。村長の家がどれなのかすら見当もつかない。
「どう思う?」
「対比データが不足しているため断言はできないが、決定的な異常は観測できない」
「対比って、何の」
「当該時代の一般的な山村の農作業についての情報だ。私が参照した資料は断片的な文章記録に過ぎず、客観性の欠けるものも多い」
「この辺りの風習なんて私も知らないけど……、まぁ、目に見えて変なところはないと思うよ」
「了解した。判定基準を更新する」
もう一度地形を確認する。
林の中に留まるならともかく、崖を下りて集落に入ってしまえば、身を隠せそうな遮蔽物はかなり少なくなりそうだ。建物の陰に潜むにしても、それぞれの間隔が広い。移動の瞬間を見咎められる可能性は低くないだろう。特に、住人が屋外で農作業を続けているこの時間帯は。
太陽はかなり傾いている。西の空がかすかに茜を帯びつつある。
日が落ちてしまえば、住人も畑仕事を続けることはできないはず。おそらく日没までは一刻ほど。ここは待つのもひとつの手か。
「果報は寝て待て、と言うしね」
「目覚ましは必要か?」
「寝ないけど。いや、でも、うとうとしてたら日没前に起こして欲しいかな」
「タイマーをセットした。日没まで二時間十二分。不定時法への正確な換算は不能」
「知ってるって」
ヤクモは時間にうるさい。時の経過を常に数えていて、その多寡を非常に細かく表現することができる。
以前、彼の認識している時の流れについて訊いたことがあった。
曰く、未来には時間の正確な『物差し』があるという。つまり、日の出と日の入りを基準にして一日を分かつのではなく、夏も秋もまったく変わらない『時間の単位』があるのだと。
不便ではないか、とそのときは思った。それでは季節によって太陽の位置を示すための言葉が変わってしまうのではないか、と。
しかし、先ほどのようなやり取りを数回繰り返して、多少は理解できた。ヤクモの使う単位を用いると『どれほど』を示しやすくなるのだ。『経過』の表現が容易になる、というのかもしれない。それがゆえに、彼は今から日没までどれだけの時間が掛かるのか、体感ではなく正確な尺度をもって把握しているのだ。
一方で、やはり『いつ』を示すのには向かないのでは、とも改めて思った。たとえば、日暮れの頃に会う約束をするのに「暮れ六つにどこそこで」とは言えないわけだし。
その疑問に対する彼の回答が、これだった。
「現代社会では、統一規格の時間測定装置として『時計』と呼称される機構が普遍的に存在している。人類はもはや自然環境の遷移ではなく、この装置の表示を基準として現在時刻を認識しているといっていい」
「え、太陽の傾きを見たりはしないの?」
「太陽光の届かない生活環境は少なくない。また、夜間であっても人工灯により十分な光量が確保可能だ。総じて、太陽は生活リズムの構築基準としては不適当になったと言わざるをえない」
「……まさしく落日というかなんというか」
まさかお天道様がそんな扱いになっていようとは。
そのことを聞いた時の感情は、そう、タツミが山の庵に女性を連れ込んでよろしくやっているのを目撃してしまったときの感覚に近かった。絶対視していた存在の意外と俗な側面を見てしまった感覚、とでもいうべきか。
太陽の存在しない世界など、とても想像できない。ヤクモの口ぶりからして、夜だけの世界になったというわけでもないのだろうに。
奇妙な話だ、と考えてしまう。私たちが生きるために、太陽の輝きは欠くことのできない重要な恩恵のはず。
あるいはそれとも、私たちの生活が太陽に縛られすぎているともいえるのだろうか。
きっと未来人からすればそうなのだろう。太陽だけではない。季節や天気、風向きや気温も。お前たちは自然の変化に翻弄されすぎているのだ、と。
いつかはその軛から解放されたいと。
彼らはそうやって進歩を続けたのだろうか。
私たちはそうやって進歩を続けるのだろうか。
進歩とは強くなることだ。
少なくとも、私にとってはそうだ。
未来の人間は、今よりも強くなったのだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えながら、日没を待った。
目覚ましは不要だった。
焼けるような夕暮れを飛び越して、紫紺の帳が下りてくる。東の空には丸い月。薄雲はいつの間にかどこかへ消えていた。
月明かりは儚いが、目を慣らす時間は十分にあった。周囲の状況くらいならなんとか把握できる。しかし、さすがに崖下の様子まではわからない。距離を置いた集落は闇に沈み、ほんの僅かな陰影しか掴めなかった。
すぐ隣で、ヤクモが足を突っ張って伸びをした。
黒い体毛が闇に溶け込み、黄色の瞳だけが浮いているように見える。その視線がまっすぐに崖の下を見据えている。
「なにを見てるの?」
「可視外線だ。視界内に外出している人間は確認できない」
「よし、行こう」
伏せた体勢から立ち上がる。足元から長い影が伸びた。
黄玉の瞳が動き、黒猫が肩に飛び乗った。平衡を確かめてから、足を動かし始める。急傾斜を迂回しながら、比較的なだらかな道筋を探して集落へと下りていく。
鬼が出るか蛇が出るか。
出くわすなら、鬼の方がいい。
きっと、そっちのほうが蛇よりも斬りやすいはずだから。




