嘘か、真か
遊園地を訪れるのは、彼にとって生まれて初めてのことだった。
より正確には、遊園地と呼称される現実の娯楽施設に、と言うべきか。
煉瓦を模したコンクリート製のゲートをくぐって園内に入る。
やけに強気な入場料が印象に残った。予想外に高額というわけではなく、その価格設定で採算は取れるのか、という意味でだ。
おそらく、なんらかの支持母体が金銭的な援助を行っているはず。国か、公的な学術機関か、それとも酔狂な私人か。事前に調べたデータによれば、この遊園地の運営開始から既に百年が経過していた。ある種の文化遺産として保護対象に選ばれるのもあり得るラインだろう。詳しく公表されていないのは、テーマパークとしてのイメージの問題だろうか。
当地のマスコットをモチーフにした標識に従いオレンジ色の道路を進んでいく。足元の感触から弾性舗装が施されていると認識する。道幅は広く、路面は平坦。歩きやすく、疲れにくいよう技術的にデザインされている。
とはいえ、メインの移動手段に徒歩据えるというのは、施設の面積を考えるとなかなかに挑戦的だ。オートウォークすら備えていないのは、もはや何かのこだわりにさえ思える。あるいは、己の両足で移動することもアトラクションーの一環なのだと暗に主張しているのか。
回転木馬を横目に通り過ぎた。歩道は緩やかなカーヴを描いて続いている。
驚いたことにちらほらと客の姿があった。四、五人の中高年からなるグループ客ばかりだ。若者は見かけないし、個人での来場者はどうやら彼だけらしい。たまに奇異の視線が飛んでくるが努めて無視する。
あの集団は何を求めてここにやってきているのか。
童心に帰るため?
まさか。こんな前時代的な施設、彼らが子供の頃でもレジャーとして一般的ではなかったはず。少年の日の思い出が蘇る、なんてオールド・シネマの中だけの話だ。
それでもなにか人類文明の郷愁のようなものを感じたくて、老境を意識した人間がここを訪れるのかもしれない。子供のように(これは子供に失礼か)アトラクションを楽しむ彼らを見ていると、そんな風に思えた。
昔はこの手のテーマパークはもっとメジャーで、多様な個性を持った施設が様々な土地に存在していたらしい。
潮目になったのは一世紀以上前のエネルギー危機だ。
資源の枯渇が世界的に叫ばれ、しかし人類の経済活動は拡大して止まず、エネルギー消費の増大に歯止めがかからなかった時代、節約や省エネといった概念は強迫的なムーヴメントとして世界を席巻していた。
その煽りを真っ先に受けたのが娯楽産業である。特に遊園地のような大型遊興施設は、わかりやすい『無駄遣い』の一例として盛んに槍玉に挙げられたのだという。訳知り顔の学者が警告を発し、マスコミがそれを喧伝する。さざ波どころか高潮の如く広がったその声を政府も無視することができなかったらしい。そういう時代の潮流があったのだ。
結果として多くの企業が現実での事業から撤退し、大多数の施設が物理的には閉鎖されることになった。
それらの多くはヴァーチャルへと活動の場を移した。その方がずっと安上がりで、資源の消費も少ないだろうという判断である。その目論見は正しかったし、当時の人々もそういった転身に対してとやかく言うことはなかった。
なんだかんだいっても、楽しみにしていた娯楽が完全消滅する、と聞いたら「待ってくれ」と言いたくなるのが人情だ。現実の施設閉鎖がスムーズに進んだのも、ある意味、こういった『逃げ道』が用意されていたからなのかもしれない。
結局、後の技術革新、つまり、ヘリクスジェネレータとその関連設備の開発により、エネルギー資源の枯渇は机上の懸念と化すことになる。
人類は資源の所有権を巡る争いから解放され、いまだかつてない豊かさを得ることとなった。世界から紛争は消えていないが、より限定的で局所的なものへと縮小されていく傾向にある。戦争と呼ばれるような大規模な武力衝突は、俗に『前大戦』と称される数十年前の争いが最後だった。
しかし、リソース的な不安が解消されても、現実世界で閉鎖された娯楽施設が再開することはまずなかった。
そもそもテーマパークという施設そのものが、非現実を演出することを目的とした空間なのだ。仮想世界との相性の良さは推して知るべし、といったところだろう。
現実では物理的制約によって実現不可能だったコンテンツも、ヴァーチャルでは容易く実装することができる。現実よりもリアルな幻想がヴァーチャルには存在したのだ。
だから、現代社会の人間にとって『遊園地』という言葉は、ネットワーク上のアミューズメント・スポットを指すものになっている。
五感の再現さえ可能になった昨今のヴァーチャル・コンテンツは、現実のアトラクションとほとんど相違ない体験を提供している。「仮想空間はもうひとつの現実だ」なんて、もう過去の言葉だ。現代のヴァーチャルはリアルと地続きに存在している。
代替ではなく、拡張。現代人にとっては、両者のどちらもが現実なのだ。
遊園地に限ったことではないが、その世界観を当然のものとして生きている人にとって、物理的な実在を求めることの意味はどこにあるのだろう。
頭上から歓声が降ってきた。
見上げると、レトロなデザインのジェットコースターが滑走していくのが見えた。ヴァーチャルのアトラクションと比べると、非常にジェントルな速度といえる。周囲が宇宙やらジャングルやらになったりするといった視覚効果も無いだろう。それでも、乗客はヴァーチャルと同じか、もしかしたらそれ以上に、大声で歓喜の悲鳴を上げていた。
彼が立ち止まっていると、空中から乗客が手を振ってきた。パッションピンクの髪をパーマにした老年の女性だった。面識はない。けれど、なんとはなしに手を振り返す。
いっそう大きな歓声が、灰色の空で弾けた。女性のリアクションを確認する間もなく、鈍色のマシンはレールの先へと走り去っていく。
たまにはこういうのも悪くないか。
ぽつんと地上に取り残された彼は、口を斜めにして再び歩き出した。
彼にも本物に対するある種のこだわりがある。
それが原因でトラブルに遭遇したり、なんだったら現在進行系で厄介事に巻き込まれているのだが、まぁ仕方ないかな、とそれを圧縮処理できるのが彼の思考の常だった。
問題の棚上げは得意技だ。
益体もない疑問を振り切って、待ち合わせ場所へ向かう。
待ち人はすぐに見つかった。
ペンギンをデフォルメしたファンシーな時計台、指定された待ち合わせ場所にその男はぼんやりと立っていた。
「お、時間通りだね」
声を掛けてきたのはあちらから。柔らかい響きのバリトンだった。
男の姿を認識した瞬間、正直、彼はUターンして帰りたくなっていた。
ラフな格好の壮年が、片手を挙げて近づいてくる。緑のポロシャツにクリーム色のズボン。きっちりと揃えられた黒髪には白いものが混じっている。
いかにもオールド・タイプな父親像といった風情。仕事疲れのように目元は胡乱で、しかし、隙がない。左手に毒々しい紫色のドリンクを握っているのは、いったいなんのつもりなのか。
「いやあ、約束通りちゃんと来てくれるか、結構心配だったんだよ」
そう言って男は飄々と肩をすくめた。
どの口が、と彼は男を睨みつける。
「気は進まなかったけど、すっぽかしたら後が怖いですから」
「固いなぁ。別に取って喰おうってワケじゃないんだから。あ、キミもどうだい?」
「結構です」
男の掲げたドリンクを一瞥して、彼は冷たく切って捨てた。
「そう? 奢るのに」と男が残念そうに眉を動かした。
「余計な茶番はやめてください。話の要点だけ、簡潔にお願いします」
「オーケー、それじゃあ、場所を移そう。ちょっと歩くけど、すぐそこだ」
頷いた男が園の奥へと歩き出した。なんでもないような歩調で、彼の方を振り返りもしない。ついていく他に選択肢はない、と言われている気がした。舌打ちを飲み込み、彼も足を動かし始める。
背中を向けたまま、ふと、男が口を開いた。
「そういえば、キミのこと、今日はジムって呼べばいいかな?」
「……お好きにどうぞ」
男の軽い言葉に、ジムと呼ばれた彼の頬が露骨に引き攣った。
確かに、それは彼が使っている複数の名前のうちのひとつだ。比較的(そう、比較的、だ)安全な案件で使用しているものだから、目の前を歩いている男にそれを知られていてもおかしくはない。
しかし、である。
あんな仕事をやらせた後にわざわざその呼び名を選ぶのは、かなり挑発的といってもいいんじゃないだろうか。
「なら、そちらのことは『主任』さんとでもお呼びしましょうか?」
「もちろん、お好きなように」
噛みつきたくなる気持ちを抑え込み努めてフラットな口調で放ったカウンターは、至極あっさりと受け流された。
ある程度予想はしていたが、歯牙にもかけていない。ジムとしてはこの男の所属を調べるために安くない出費を支払っているのだが。入手した情報が間違っているというわけではないだろう。知られても問題ない、と男の背中が語っている。
「あれに乗ろう」
主任が道路の先を指さした。
「冗談だろ?」
絶望的な気分でジムは呻いた。
「いい年したオトコが二人で観覧車って……」
「ま、いいからいいから」
全然よろしくない。よろしくないが、ジムに拒否権はない。
搭乗までの待ち時間はゼロだった。
ややもすれば無骨とも見える巨大な回転体の足元に客の姿は無い。人気がないのか、それとも時間帯の問題か。勝手なイメージだが、観覧車といえば閉園間近に乗るアトラクションだという印象は確かにある。
人間サイズの着ぐるみが受付と搭乗案内を行っていた。ウサギなのか、それともロバなのか、デフォルメが過ぎてよくわからない。当然ながら、中身は人間ではなくロボットだ。
「それでは、ごゆっくり空の旅をお楽しみください」
貼り付けたような笑顔に見送られて、二人はゴンドラに乗り込んだ。
扉が自動で閉まる。ガラス越しに観覧車の頂点を仰ぎ見た。この高さで空の旅とは、なんともアグレッシヴな表現だと思う。
ジムはポケットに手を突っ込み、自前のセンサーを起動させた。スキャンは一瞬。ゴンドラ内に盗聴器や隠しカメラ、あるいは未確認のネットワークが構築されていないか、感度を高めてチェックする。
結果は、ネガティヴ。
既に地上から数メートルは離れている。窓も偏光ガラスだ。外部からゴンドラの中を観測するのは難しいだろう。余裕ぶった主任の表情が気に入らないが、確かに内緒話にはうってつけのロケーションかもしれない。
「さて、まずはお疲れ様、と言っておこうか」
主任がにこやかに言った。
「指定された場所に赴き、そこで見聞きしたことをレポートにまとめる。キミの本業、すなわち私立探偵としてはありふれた仕事だったかな?」
「行き先が過去の時代でなければ、そうでしょうね」
対面の男のとぼけた物言いにジムは鼻を鳴らす。わざわざ『本業』などと前置きするのもいやらしい。お前の『副業』も知っているぞ、と言われているようなものだ。
「結論から言おう。キミが記した覚え書きは然るべき人間の手に渡り、然るべき場所で保管され、現代で無事に発見された。覚え書きの内容も問題ない。まさしく期待通りの働きぶりだよ」
「そりゃどうも。けどそれは、期待通りというより、もう最初からわかってたことなのでは?」
「勘違いしないでほしい。私はキミの自由意志には断じて干渉していない。キミがあの時代で取った行動は、すべてキミの思考と判断とによるものだ」
主任は、そうだな、と顎に指を当てて言葉を続けた。
「キミの行動が現代にどういった影響を及ぼすか、結果は決まっていなかった。波根都という名の学者の著作は他に存在しないし、唯一の痕跡である覚え書きも、実のところキミを送り出してから捜索を始めて発見されたものなんだ」
「……手稿が先にあって、辻褄合わせのために送り込まれたのではない、と?」
「そういうことだね。だから、発見された覚え書きを調査するときは緊張したものだよ。なにせ細かい内容までは指定しなかったからね。いやぁ、流石に『天女』がどうこうと書かれていたのを見たときは面食らったけど」
「あの女性、この時代の人間ですよね。主任さんの部下なんじゃ?」
仏頂面のジムが言葉で主任を突っついた。
我妻志摩の屋敷で出会った『天女』の姿を思い出す。それっぽい造形だったが、あの羽衣はどう見たって現代の合成樹脂によって織られたものだった。髪に刺していた簪も、通信用の拡張デバイスのはず。
それだけでも大概だが、決定的だったのはあの『雷獣』だ。
「あそこにいたの、前大戦で使用された動物兵器ですよね。戦時資料で見た記憶があります。配管から潜入して敵陣地で電磁妨害を引き起こすEMP発生装置の一種だったはず。なんであんなものがあの時代に……」
「まぁ、こちらにも色々と事情があるのさ。安心してくれ。彼女は今回の依頼について関知していないし、キミのこともただの現地人と認識している。そのセンから現代での厄介事に繋がる可能性はないはずだ」
「別に深入りしたいわけじゃありませんよ。首を突っ込んでもロクなことにならない予感がありますから」
その言葉を口にした途端。
不意に頭が冷えた。
そう……、所詮はこれもビジネスだ。
時間を移動したり過去の人間を装ったりと、不思議なことも納得出来ないこともあったけれど、もうカタのついた話なのだ。
指定された依頼は完了し、報酬も既に振り込まれている。余計なことを知ろうとして、深みにハマるのは避けるべきだ。そのくらいはわかっているとも。
ジムが呼び出しに応じたのは、ひとえに主任の肩書きに懸念があったからだ。
警察機構の上級捜査員。ジムとしてはあまり関わりたくない職業なのだが、残念なことに、主任の正体を知ったのは彼の依頼を受諾した後になってのことだった。
できることなら仕事が終わった時点でサクッと縁を切りたいところだったが、かといって呼び出しを無視して後々の禍根を残すのも面倒な話。ひとまず顔を合わせて相手の出方を窺おう、というのがジムの出した結論だった。
意識して息を長く吐く。
ゴンドラは観覧車の頂点に近い。窓の外は眩い光で溢れている。林立する高層ビルのガラスが真昼の陽射しを反射していた。遠い過去の銀色の積雪がフラッシュバックする。波根都という男は、もういない。
「それで、わざわざ呼び出して。何か用事があるんじゃないですか?」
感情は湖面のように。
余計なことは喋るな、気にするな。棚上げは得意技だろう?
「うん、大したことでもないんだけど、キミに聞きたいことがあって。……女流画家、我妻志摩の作品について」
なるほど、その方向か。
ジムは心の底で小さく嘆息した。
我妻志摩。彼女は五百年以上の時を経て、画家として現代に名を残している。
女性であり、なおかつ社交性も欠いていたため、生前は無名のままだったが死後しばらく経ってから再評価されたタイプだ。
生涯を通して作品を残しているが、特に後半生に描かれた絵画が高く評価されている。時代の主流から大胆に跳躍したオリジナリティのある作風、と多くの識者が認めている。
その跳躍のきっかけとなったのが、多分、天女と雷獣との邂逅なのだろう。
実のところ、ジムが主任の怪しげな依頼を引き受けたのは、『我妻志摩の作品がナマで見られるかも』という甘言に乗せられたところもあった。ファンなのだ。目の前にニンジンをぶら下げられて、見事に飛びついてしまったようなものである。
「つい先日のことだ。我妻志摩記念美術館に未発見だった彼女の作品が寄贈された。それは知ってるだろう?」
「ええ、まあ。ニュースになってましたから」
「寄贈者は匿名だったけど、鑑定の結果は九割以上の精度で真作。美術館サイドもそれならと公表に踏み切ったわけだね」
「ただし」と主任は人差し指を立てた。
「寄贈されたのは電子データだった。三次元のナノスケール座標までトレースした超高解像度の、ね。データ元となった実物の所在は未だわかっていない」
「らしいですね。けれど、それに何か問題でも?」
とぼけるつもりでもなく、それは本心だった。
美術館も遊園地と同じで、リアルとヴァーチャルで連携して運営を行うのがこの時代のスタンダードとなっている。つまり、芸術作品の劣化と紛失を防ぐためリアルの拠点は保存と管理に専念し、ヴァーチャル・ミュージアムを公開と鑑賞を場として提供する、というスタイルだ。自然、一般人が通常目にするのは実物をトレースした電子データということになる。
それはある意味、トレースされたデータであっても鑑賞に耐えうる価値がある、と美術業界を含めて大多数の人間が承認しているということだ。事実、有名画家の作品を実物は手元に置きつつ高精度データを美術館に寄贈するという話は決して珍しいものではない。
「問題はないよ。ただ、データだけじゃなく実物を捜索しよう、って動きがある」
「……探しても出てきませんよ」
「それは、何故?」
「実物が出てきたら、真作が贋作と判定されるから」
「物理的な年代測定のことだね」
ジムは主任の目をまっすぐに見つめて頷いた。
「予測される経年変化が認められないとなれば、鑑定結果はひっくり返る。当然、実物だけじゃなく電子データの方もだ。それは僕の望むところじゃない」
「ジムとしては公開するつもりはない、ということだね?」
「もし世間に出すとすれば……」
その先を言うべきか、一瞬悩んだ。
対面の主任が黙り込んだジムを目線で促している。それで踏み込む覚悟ができた。
「実物の経年の歪みを説明できる状況になったら、ですね。つまり、時間旅行の技術が世間に公表されたタイミングなら、ということだけど」
「だとすれば、その日は訪れない、と私は言わなくちゃならないな」
即答だった。まるでジムが何を条件にするのか予測していたかのよう。
主任は顎の下で指を組み、念を押すように言葉を続けた。
「ジム、今日キミを呼び出したのは、その点で釘を刺すためだ。電子データなら許容範囲内だが、実物の公表はNGだ。時間移動の技術は公になるべきではない。世間の疑念に繋がるようなアイテムが表沙汰になるのは認められないんだ。わかるね?」
「いや、そんな畳み掛けなくても。さっき言った通り、僕もそんな気はありませんよ」
「……今、実物は?」
「どこぞのファンが自分のコレクションとして愛でてるだけだと思いますよ」
数秒、密室の二人は睨み合った。黙っていると観覧車の駆動音がはっきりと聞こえてくる。ぎしぎしと金属が軋む不安な音響だった。
先に視線を外したのは主任の方だった。疲れたように大きなため息を吐き出した彼は、一転、目元を柔らかくしてジムに微笑みかけた。
「ならいいんだ。そういう形が継続するなら、私の仕事は増えないし、キミに面倒事が降りかかることはない。キミのスタンスを信じる限り万事問題なしだ」
「そんなこと言って、マーケットの監視くらいはしてるんでしょう?」
「ま、そのくらいはね」
ゆっくりと降下するゴンドラは斜め四十五度の位置。もうすぐ終点が近い。
緊張感のない表情の主任から視線を外し、ジムは窓の外を覗き見た。昇降口できぐるみが手を振っている。相変わらず待機列はすっからかんだ。多分、こういうところが前世紀にエネルギーの無駄だとなじられたのだろう。
「そうそう、これは独り言だけど」
明後日の方向を見ながら主任が呟いた。
「もしかしたらだけど、さっきの話みたいな時間の経過がおかしい美術品がどこかで発見されるかもしれないよね。いやぁ、気になるなぁ。美術品の流通にコネクションを持ってる誰かさんが通知してくれれば、すごく助かるんだけど」
「……こんな大きな独り言を喋る人には初めて会いましたよ」
思わず呆れてため息が漏れた。
ゴンドラの扉のロックが外れる音がする。目線の高さはほとんど地上と同じになっていた。ジムは腰を浮かせ、一足先に降車の準備をする。このままもう一周だなんて、ぞっとしない話だ。
「ま、ちょっとは気にしておきます」
「恩に着るよ。あ、私はあと一周乗っていくから、お先にどうぞ」
「マジか」
開いた扉からステップに降りる。振り返ると、座席に座ったままの主任がのほほんと手を振っていた。追跡するつもりはない、というアピールのつもりだろうか。搭乗規則として問題はないのかとも思ったが、受付のきぐるみも気にする様子がないので、多分大丈夫なのだろう。
「それじゃ、さよなら、ジム=波根都クン」
「……」
去り際のセリフに、ジムの顔は盛大に引き攣った。
最悪だ。名前の発音の仕方もひどくわざとらしい。
「潮時かなぁ……」
少なくとも、副業のペースは調整しなくては。
上昇するゴンドラから逃げるように、彼は遊園地を後にした。




