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利剣一閃アヤカシ殺し  作者: 子守家守
鎌鼬と落武者
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「あれは、キタガワ家に代々伝わる守り刀だ」


 質屋から出たところの往来で、ゴンザは鼻息荒くそう言った。悪気はないのだろうが、声が大きい。面倒ごとになる前に、質屋から距離を取るように彼を促しながら歩き始める。

 ちらりと振り返ると、暖簾の合間から質屋の男の好奇に濡れた瞳が垣間見えた。なんとなく獲物を狙う蛙の表情を連想する。小さく溜め息。ゴンザの背を押して、やや強引に足を速めた。


「某も殿から見せていただいたことがある。銘も、聞いた通りのものだった。間違いない」

「だからって、買い戻そうとか考えちゃ駄目だよ」

「……なんだと。どういうことだ?」


 二、三歩前を歩いていたサナが振り向いた。わざとらしく口を尖らせている。器用に後ろ向きに歩きながら、彼女はゴンザに人差し指を突き付けた。


「だってゴンザさん、お金ないじゃない」

「ぐ、む……、それはそうなのだが、なぁ」

「いくら頼んだって、わたしは出さないからね」


 ぷい、とサナが進行方向に向き直る。ゴンザの視線が助けを求めるようにこちらに向いた。しかし、彼には悪いが、自分も肩を竦めることしかできない。


「残念ですけど、あの値段は私もおいそれとは払えませんよ」

「ああいや、金の無心をしようというわけではないのだ。気を悪くしないでくれ」

「そもそもさ、あの懐刀を手に入れて、どうしようっていうわけ?」


 こちらを振り向かずにサナが問う。どことなく冷たい口調だった。


「無論、本来の持ち主たる殿にお返しするのだ」

「……あのね」


 サナが足を止め、ぐるりと周囲を確認した。往来の人通りが折よく途切れる。彼女はゴンザと自分が追いつくのを待ち、それから歩調を合わせながら、小声で囁いた。


「ゴンザさんの居た時代から見て、今が百年後だって、理解してる?」

「話半分になら、な。某は某の戦場に戻れればそれで良いのだ。お主が約束通りに元の場所に送れるというのであれば、今が百年後だろうと百年前だろうと、どうでもよい」

「ばっさりだなぁ。ま、いいよ。それじゃ、百年の時間のズレがあるっていう前提で話すけどさ」


 ふん、と鼻を鳴らしたゴンザの顔を下から覗き込んで、サナは両手の人差し指をそれぞれ立てた。すらりと伸びた指が顔の左右に並ぶ。その片方をひょこひょこと揺らしながら、彼女は続ける。


()、懐刀を買い戻して手に入れたとする。でも、ゴンザさんの言うお殿様って、元の時代のお殿様のことでしょう? 妖怪が見つかればゴンザさんは元の時代に戻れるはずだけど、その刀まで一緒に百年前に戻ったら、どうなると思う?」

「どうなるか、だと? だから、某は殿にお返ししようと……」

「よく考えて。百年前には、お殿様の手元にも同じ懐刀があるんだよ?」


 彼女の二つの人差し指がぶつかって、ばってんを作った。斜めに交わった指の合間で茶色の瞳が瞬いた。

 彼女の言葉を頭の中で反芻する。不思議な想定だった。今まで考え付きもしなかった考え方である。自然と足が止まり、ゴンザと顔を見合わせる。お互い、鳩が豆鉄砲を食ったような表情だった。

 そうしている間にもサナはすたすたと先を歩いていく。はっとして、慌ててその後を追った。


「つまり、懐刀が二つに増えるということですか?」

「そういうこと。けど、問題はここから」


 サナが目を細める。並んだ人差し指の、片方が折れた。


「いい? 同一の存在が同時に二つあったとき、どちらかは必ず偽物になるの」

「いや、だが……、どちらも本物だろう?」

「事実として本物だろうと、関係ないのよ。結局、最後に判断するのは人間の思考なんだから」


「想像してみて」と彼女は続ける。


「お殿様に『本物はここにあるのだから、お前が持ってきたのは偽物だ』って言われて、ゴンザさんは反論できる?」

「む……、それは、難しいかもしれん……」

「でしょ。そうなったら、ゴンザさんが持ち込んだ懐刀は、本物だけど本物じゃなくなる。だから、()()懐刀を買い戻したって仕方がない。……ね?」


 語尾だけが柔らかい。教え子に言い聞かせるような調子だった。それでもなお、ゴンザは額に皺を寄せている。自分もきっと似たような顔をしていることだろう。

 彼女の理屈はわかる。未来からもうひとつの本物がやって来るなんて、普通は思いつくはずもない。


 それに、尊い物は代えが効かない、と。きっと誰しもがそう信じているのだ。


 例えば、刀であればどうだろうか。

 刃渡りの長さ、刃の切れ味、造りの頑強さ、重量と重心……。そういった諸々の要素によって、武器としての刀の性質は定められる。もし、これらの要素がまったく同じ(あるいは非常に近い)刀が二振りあれば、使い手はそれぞれに等しい価値を見出すだろう。

 それでも、やはり、愛刀には特別な何かを感じる。

 代えが効かないわけではない。そもそも、今の刀は三本目だ。最初と次の二振りは、既に使い潰している。もう戻ることはない。

 この刀も数打ちではないが、天下の名刀というわけでもない。ただ、使い慣れている。まったく同じ性質の刀がこの世にあったとしても、自分はこの刀を選ぶだろう。信頼できるのだ。愛着がある、と言ってもいい。

 大事に扱っているうちに『本物である』ことに価値が生まれたのだ。たとえそれが、単なる持ち主の思い込みであったとしても。


 人は皆、大なり小なり、同じような物を持っているのだろう。『本物である』こと自体を愛せる、そんな宝物を。

  だから、自分の宝物と同じ物(もしくは似たような物)が現れたとき、人は躍起になってその存在を否定しようとする。『本物である』という価値が損なわれるからだ。偽物を憎むことさえあるだろう。

 特に、代々継承してきた家宝ともなれば、積み重なった歴史もある。絶対に『偽物』の存在を許すわけにはいかない。


 そう。本来はそれでいいのだ。

 『本物が二つある』なんてことは、あり得ないのだから。


 けれど、もしも、その前提が崩れたとしたら。

 私たちは『未来の本物』の存在を、本当に認められるのだろうか。

 『偽物』として、憎まずにいられるだろうか。

 あるいは『偽物』ではなく、『偽者』が現れでもしたら……。


「クロウさん!」

「え?」

「どうしちゃったの? さっきからこーんな顔で黙っちゃって」


 気が付くと、目の前にサナの顔があった。両手の人差し指で眉の横を吊り上げている。一瞬考えて、それが自分の表情を模しているのだと理解した。


「いえ、少し考え事をしていただけです」

「そう? ならいいんだけど」


 軽く首を振り、意識して目元を柔らかくする。上手くいったかはわからないが、サナも深くは追求してこなかった。

 胸の澱を吐き出すように、大きく息を吐く。

 思考を切り替えよう。今考えるべきことは、他にあるはずだ。


「ともあれ、懐刀の出所は気になりますね」

「例のお侍さんがお殿様の子孫だった、ってことは?」

「違います。聞いた話では、彼は今の領主の傍流にあたるそうです。勿論、家名もキタガワではありません」


 見回り衆と番頭から聞き及んだ情報だ。信用していいだろう。


「つまり、元々の持ち物じゃないわけだ」

「ええ。加えて、質屋での慌てた様子。それを考えると」

「妖怪を探す過程で偶然手に入れたのかもしれない、ってことね」


 サナの推測に自分も頷いた。

 問題は、彼がどこで懐刀を手に入れたかだ。それが分かれば、彼の足取りを追う手掛かりになる。もしかしたら、そこから妖怪の所在に繋がるかもしれない。

 そして、今この場で、懐刀の情報を持っていそうなのは……。


「ゴンザ殿。何か心当たりはありませんか?」

「……」


 振り向きながら問うと、ゴンザは往来の真ん中で足を止め、腕を組んで口を噤んだ。

 現代で起きている事件の手掛かりを、百年前の人間が握っている――。これもまた、不思議な話である。

 暫しの沈黙。往来を行く人の群れが、自分たちを避けて通り過ぎていく。

 やがてゴンザは腕を解き、険しい表情を浮かべながら呟いた。


「ひとつだけ、思い当たることがある」

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