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「お主は……、いったい何者なのだ?」
ゴンザが呆然と声を零したのも、無理からぬことだろう。
妖怪やら神隠しやらも大概だが、時間を遡るなど妄言にも程がある。しかし思わず覗き込んだ彼女の瞳は、一分の迷いもない、真っ直ぐな光を滾々と湛えていた。その『確信』の輝きが、彼女の言葉を否定することを躊躇わせる。
サナはゴンザの問い掛けには答えず、困った表情で静かに首を振った。用は済んだとばかりに窓際から離れ、元の畳の上に静々と腰を下ろす。振り返ったときにはもう、彼女の顔には優雅な微笑みが浮かんでいた。
ふいに、窓の外の寒さが肌に感じられた。ぶるりと身震いする。その肩を、ゴンザに掴まれた。
「おい、クロウ殿。サナとかいったか、あの娘は、その……、信用できるのか?」
耳元に口を寄せて小声で問われる。小声と言っても同じ部屋にいるのだから、当然、サナの耳にも届いているはず。つまり、大して意味がない。けれども、面と向かって詰問するよりかは、よっぽど分別のある態度だった。
視界の端でサナの表情を見る。聞こえてはいただろうに、楚々とした微笑みはまるで崩れていない。その余裕が、かえって白々しかった。
「……五分五分、といったところですね」
「はぁ?」
「真偽はともあれ、何かを知っているのは確かです。それに、なにより……」
小声で返しながら、彼女の表情を観察する。
小憎らしいことに、まったく変化はなかった。ひとつ、溜め息。
「他に頼れそうな人もいない。そうでしょう?」
「む、ううむ……」
やんわりとゴンザの掌を肩からどけて、窓から離れる。部屋の中ほどまで戻って畳に座ると、正面にサナの笑顔があった。笑みを返そうとしたが、たぶん、自分の顔に浮かんだのは曖昧な表情だったことだろう。
「ふん、まぁ、過去に戻る方法など、寺社の坊主どもでも知らんだろうな。……それで? 神隠しの次は妖怪か? 百年後の世というのは、ずいぶんと妙な事になっているらしいな」
最後にゴンザが大きく鼻を鳴らして、どっかりと畳に腰を下ろした。胡乱な視線がサナに向く。彼女は花のような笑顔でそれを受け流した。
「そう。この近くの山に潜んでいるかまいたちを見つけるのが、帰るための条件。わたしもクロウさんも、あの子を探すためにこの宿場にいるの。もちろん、協力は惜しまないわ」
「……何故だ。神隠しとその妖怪とやらに、何か関係があるのか?」
「それは内緒」
彼女のやや硬質なばっさりとした物言いに、ゴンザが眉をひくつかせた。傍から見ていて、肝が冷える。彼は目に力を籠めてサナをしばらく見つめていたが、それも暖簾に腕押し。彼女に口を開く気がないと知ると、ゴンザはじろりとこちらに視線を移してきた。
「クロウ殿は? お主も、何か知っているのではないか?」
「いえ、私は宿場の住人から妖怪退治を頼まれただけで。その正体やら、神隠しやらについては、ほとんど何も知らないのです」
「妖怪退治ぃ? おいおい、今は本当に百年後なのか? 百年前の間違いではないのか?」
「それは……、どうなのでしょう」
言われて首を傾げる。当然ながら、百年後の世がどうなっているかなど、自分にはわからない。もしかしたら、本当にゴンザの時代の方が未来にあるのかもしえない。つまり、戦乱の時代が再び訪れているという可能性だ。
否、ゴンザはナカハラに町が出来たことはないと言っていたではないか。であればやはりゴンザの時代が過去であるほうが辻褄が合うように思える。もっとも、それとて確証があるわけではないが……。
「ゴンザさんのいた時代が百年前なのは間違いないよ。わたしが保証する」
「……保証、ですか。これはまた、大きく出ましたね」
「いいから。今知りたいのは、『いつ』ゴンザさんが神隠しに遭ったのか、ってことなの」
口を斜めにして返すと、彼女はぴんと立てた指をこちらに突き付けてきた。こちらを見据える茶色の瞳に澱みはない。肩を竦めて、ゴンザに目線を飛ばす。釣られるように、サナの瞳も水平に滑った。
二人分の視線に見つめられて、ゴンザは腕を組みながら唸る。
「いつ、と言われても、味方と逸れてからはずっと山中を彷徨っておったからな。ううむ……、今思えば混乱もしていたのだろう。同じような景色がぐるぐると続いたような記憶しか……」
「なんでもいいの。おかしいと思ったことは何かなかった?」
「おかしなこと、か。随分と漠然とした……」
俯き加減で額に皺を寄せていたゴンザが、ふと顔を上げた。記憶を手繰り寄せるように視線が宙を泳ぐ。
「いや、待てよ。……そうだ、黒法師だ」
「黒法師?」
「うむ。上から下まで黒ずくめの、妙な男だ。遠目からだが木々の合間にその姿が見えたのだ。怪しいとは思ったがとにかく道を尋ねようと近づいて……」
彼はそこで一旦言葉を切り、顔を顰めた。
「近づいて、声を掛けようとしたところで、急に眩暈がしてな。いきなり目の前が真っ白に塗り潰された。ほんの一瞬の後、視界が元に戻ったときには……、黒法師の姿はどこにも見当たらなかったのだ。見間違えか錯覚かと思っていたが、あれに、何か意味があるのか?」
ゴンザが訝し気に首を傾げる。その顔を暫くじっと見つめてから、サナは横を向いて深く溜め息を吐いた。
「……やっぱり、巻き込まれたのね。あいつら、追跡を撒くために遠い時代を経由したんだ」
彼女は小さく呟き、忌々しそうに眉根を寄せる。
「雑な仕事しやがって」
「なにか、心当たりが?」
「うん、ちょっとね」
「ひょっとして、例の『悪い人』ですか?」
脳裏に浮かんだ言葉を出すと、彼女は口をへの字に曲げて小さく頷いた。肯定はするが詳しく語るつもりはない、と言外に言われたようだった。
小さく嘆息して、腕を組む。どうにも話が取っ散らかってきた気がする。そんなぽんぽんと時間を越える人間がいていいものなのだろうか。そも、『悪い人』が百年前からやって来たのだとすれば、それと対立する(らしい)サナ自身は、いったいどこからやって来たというのだ。
視線を向けると、サナも腕を組んで唸っていた。狭い和室で、輪になって座った三人が揃って腕を組んで頭を捻っている。俯瞰すると、どうにも奇妙な光景だった。
「それで、その『黒法師』を見たのは何時頃の話なの?」
「……正確にはわからんが、太陽はまだ高い場所にあったと思う。昼の明るい時間だったのは間違いない」
「となると、クロウさんと会って宿場に戻った頃かな。……うん、それならまだ間に合うはず」
サナが頷き、ぱっと腕を解いて勢いよく立ち上がった。座ったままの男二人が、雁首揃えて顔を斜めに持ち上げる。鹿威しみたいだったな、とサナの顔を見上げながら連想した。
「やることは変わらないわ。あいつらより早く、私たちであの子を見つける。それだけよ」
ぐっと腕に力を籠めた彼女が、自分とゴンザとを交互に見つめている。やる気に満ちた、溌剌とした瞳である。
思わず、ゴンザと目を見合わせる。何か言いたげな彼の視線に肩を竦めて、自分も畳から立ち上がった。身体をほぐすように肩を回す。
「某は、まだ全ての話を信じたわけではないぞ」
「大丈夫。すぐに信じざるを得なくなるから」
「……口の減らない小娘だ」
睨むような目つきでゴンザが立ち上がり、サナが口の端を持ち上げた。
どうやら、今日も一筋縄ではいかない一日になりそうである。




