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利剣一閃アヤカシ殺し  作者: 子守家守
鎌鼬と落武者
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 落ち武者の男について、サナは「朝になれば目を覚ます」と言った。

 医者に預けることも考えたが、起き抜けに暴れられでもしたら堪ったものではない。三人で額を突き合わせて相談し、結局、元の旅籠に運び込むこととなった。

 えっちらおっちらと大男を担いで旅籠に戻ると、番頭が先回りして部屋を準備してくれていた。さすがは使用人の頭。よく気が回る。


「では、こちらの部屋をお使いください」

「ありがとうございます。……ええと、代金は」

「とんでもございません。刃傷沙汰にならずに収まったのも、クロウ殿のおかげです。どうぞお気になさらず」


 丁寧に頭を下げた番頭に案内されたのは、自分に貸された部屋のひとつ隣の客室だった。間取りはほとんど同じ。六畳間に障子窓がひとつ。部屋の中央には、既に布団が敷かれていた。

 部屋の襖を開けたときには、思わず大きなため息が零れた。ようやくこの()()()()を降ろすことができる。街道からこの部屋に至るまで、まるで亀になったような気分だった。

 すぐにでも大男を布団に放り込みたいところだが、その前に着込んだ具足を脱がさなければならない。泥のように力の抜けた巨体に難渋しながら、その場に集まった全員(つまり、自分とサナ、見回り衆と番頭の四人)でどうにかこうにか鎧を外していく。


「なんだか手馴れてるけど、クロウさんもいざってときは鎧を着るの?」

「いえ、そういうわけではありません。ただ、鎧を着た相手と戦う術は学んでいますから。大まかな構造であれば理解しています」

「ふーん。けど、どうして着ないの? 防具がないのって、危なくない?」

「鎧を着てもすべての傷を防げるわけではありません。それより、動きが鈍くなる方が私にとっては問題ですね」


 実際のところ、鎧というのはそこまで万能の防具ではない。たとえば、敵が鎧を着ているとして、自分であれば関節を狙う。板金で覆われていないので、斬れずとも中身を潰すことができるからだ。あるいは、目の前で寝ている落ち武者のようにある程度の腕力がある者ならば、鎧の上から骨を砕くということも可能だろう。

 もちろん、鎧があれば受ける傷が浅くなるというのもまた事実である。しかし、自分は単独で仕事を受けることがほとんどだ。致命傷を重傷に抑えられたところで、その後が続かない。傷を負い、僅かに動きが鈍っただけで、あっという間に斬り合いは劣勢になってしまう。

 その点、正規の侍、つまり、軍勢であれば話は別だ。近くに仲間がいるなら、自身が重傷を負っても助けてもらえる可能性がある。重い鎧が真価を発揮するのは、そういう状況だろう。


「じゃあ、もし、すごく軽くて動きの邪魔にもならない鎧があったとしたら?」

「夢のある話ですね。心当たりでも?」

「もう。たとえ話だってば」


 サナは冗談めかしているが、果たして本当にただのたとえ話なのだろうか。じろりと睨むと、彼女は口元に手を当てて小さく笑いを零した。

 そうこうしているうちに、ついに落ち武者からぼろぼろの鎧を剥がし終えた。相変わらず意識を失ったままの大男をようやく布団に横たえる。

 傷だらけの鎧を脱がせてみてわかったのは、男の全身も傷だらけということだった。ほとんどは打ち身か擦り傷。刃傷はあっても浅い。幸い、出血もさほど見られなかった。濡れた布で傷と汚れを拭うと、ひとまずは落ち着いた風情になった。


「はぁ」


 溜め息が聞こえた。多分、全員のもの。無意識に自分も息を漏らしていた。

 微妙な空気。作業がひと段落して、改めて状況を認識したからだろう。

 落ち武者が突然現れて、それを取り押さえて、布団に寝かせた……。言葉にすると、ますます訳が分からない。そもそもの話、落ち武者なんてものが出てくること自体がおかしいのだ。

 そう思っているのは見回り衆の男や番頭も同じだろう。正座したまま何とも言えない表情で沈黙していた彼らだったが、しばらくすると頭を振って畳から立ち上がった。


「では、私は旅籠の仕事が残っておりますので……」

「おれもひとまずは詰め所に戻らにゃならん。この場は頼めるか?」

「ええ、大丈夫です。あとは任せてください」


 やれやれと疲れた雰囲気を纏いながら、二人は部屋から出ていった。去り際に番頭が振り返って「夕餉は後程お持ちします」と言い足した。

 襖が閉まる。日は既に落ちていた。窓から差す月の光と、部屋の隅の行燈だけが部屋を薄く照らしている。

 落ち武者の長巻と具足は、とりあえず隣の部屋に置いておいた。目覚めた男がいきなり暴れたとしても、武器が手元に無ければ多少は安全だろう。


「一応、私はこの部屋に残りますけど……、サナさんはどうします?」

「なら、わたしは隣の部屋で刀を見張ってるね。ちょっと調べたいこともあるし」

「調べたいこと?」


 どういうことだろう。問い質そうとしたがそれよりも早く、彼女は立ち上がってするりと部屋の外に滑り出ていた。入り口横の壁に身体を隠した彼女は、顔だけを襖の隙間から見せて口元を上げている。


「覗いちゃ駄目だからね?」

「……なんだか、そんな御伽噺がありませんでしたっけ」

「そうそう。勝手に入ってきたら逃げちゃうんだから」


 こちらが肩を竦めて応えると、サナはひらひらと掌を振って襖を閉めた。耳を澄ますと、隣の部屋から襖の動く音が微かに聞こえた。届いたのはそこまで。それきり部屋の外から物音は聞こえなくなった。

 代わりに、部屋の中の音が耳につくようになる。行燈の油が燃える小さな音。夜風にかたかたと障子が揺れる音。そして、布団に横たわった男の静かな寝息。


「本当に朝まで目を覚まさないのかな……」


 サナの言葉が真実だとしても、用心は必要だろう。となればやはり、この部屋で一晩過ごすしかないらしい。

 大男は布団の上で規則正しく胸を上下させていた。寝顔も落ち着いている。街道でのおどろおどろしい気配は、もうどこにも感じられなかった。

 朝になって目を覚ませば、この男の正体も知れるのだろうか。だが、どうにも一筋縄ではいかないような気がする。

 しかし、よくよく考えてみれば、自分が請け負ったのは妖怪退治で、落ち武者退治ではない。果たしてこの男の正体やら去就について、自分が気に掛ける必要があるのだろうか。


「……いや、あるんだろうな。きっと」


 単なる予感だが、不思議と外れる気はしなかった。

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