「死」の国 3
しばらく老人と歩いていると、遠くにいくつかの影が見えてきた。
私は咄嗟に足を止める。
しかし、老人は気にする様子もなく、そのまま影に向かって歩いていった。
影──彼らは、老人と同じような黒い外套を纏っている。
誰も話すでもなく、ただその場に静かに佇んでいた。
老人に気づくと、それぞれが顔を上げ、こちらへ歩み寄ってくる。
「……爺さん」
「やっと戻ってきた」
「その子は?」
幾つもの視線が、私に向けられる。
私を拒絶する目。
何かを見定めるような目。
そして、純粋な好奇心を宿した目。
様々な視線を浴び、私は身を守るように構えた。
老人は一度私を振り返ると、彼らへ視線を戻す。
「この子はどうやら、迷い込んだようだ」
そう言って、私の前に立ち、彼らの視線を遮った。
「……何故、ここに生者がいる?」
一人の男が、私を睨みつけながら問いかける。
その言葉を皮切りに、周囲がざわめき始めた。
「……ありえない」
「この子が、生者ですって?」
「生者はここに来れないでしょ」
次々と声が上がる中、老人が口を開いた。
「この子は、「記憶」の使者だよ」
まるで、お前も知っているだろうと言わんばかりに、老人は先ほどの男を見やる。
しかし、何故この老人は、私が「記憶」の使者だと知っているのだろう。
そんな疑問を察したのかのように、老人が続けた。
「神は定期的に会議を行うのさ」
「なんでですか?」
「……世界の秩序を守るための情報交換、と言ったところか」
どうやら、その会議で「記憶」の使者が旅をしていることを知ったらしい。
これはまさか、「記憶」様の計らいなのだろうか……。
「しかし、生者は此処には来れない筈だ」
男は私を見据える。
「神ですら此処を嫌うのに、使者如きが此処に来れる筈がない」
吐き捨てるような口調だった。
そんなこと、私にだって分かるわけがない。
自分のことさえ、まだ分からないのに。
言い返したい気持ちを押し殺し、私は俯いた。
すると、別の者が口を開く。
「……この子、本当に「記憶」の使者なの?」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味よ。微かに感じるわ。彼女から、私たちの死を」
その言葉に、私は耳を疑った。
確かに、「法」の神も、この老人も、私に神の一部が混ざっていると言っていた。
「あなた方は「死」の神なんですか……?」
恐る恐る尋ねる。
「そうだ。私たちは「死」の神」
老人は、今更気づいたのかと言いたげに目を見開いた。けれど、すぐにいつもの落ち着いた様子に戻る。
この人たちが、「死」の神……。
ごくりと唾を飲み込む。
その正体を知った途端、彼らを取り除く空気が、先程までとは違って感じられた。
まるで珍しいものを見るような視線。
その意味も、なんとなく理解できた気がする。
「それって、つまりこの子は、死の側にもいるってこと?」
別の者が口を開いた。
「それじゃあ、彼女は不完全な存在だよね?」
間を置かず、疑問が重ねられる。
やがて、彼らの視線は、異端者を見るようなものへと変わっていった。
「不完全な者は存在してはならない」
先程から私に反発するような態度を見せていた男が、こちらを見据える。
「だったら、簡単じゃん」
くすくすと笑いながら、一人が口を挟んだ。
「ええ。早いこと消してしまえばいいのでは?」
別の者も、私を値踏みするような目を向ける。
ああ、そうか。
この人たちは、私という存在を消すことさえ、何とも思わないのだ。
それこそが、「死」の神なのだと悟った。




