「死」の国 2
私は、老人の後ろを歩いていた。
「死」の国には、相変わらず何もない。
どこまでも続く暗い道を、老人は杖をつきながらゆっくりと進んでいく。
「……どこへ向かっているんですか?」
私が尋ねると、老人は振り返らずに答えた。
「特に決めておらんよ」
「……え?」
「ただ歩いているだけさ」
あまりにもあっさりとした答えに、私は少しだけ困惑した。
「では、どうして私と一緒に……?」
「お主が一人で歩いておったら危険だからな」
「それだけですか?」
「ああ」
老人はそれ以上、何も言わなかった。
しばらく、二人で歩き続ける。
沈黙が続いても、不思議と気まずくはなかった。
ただ、この国の静けさだけが、ずっと私たちの間にあった。
やがて、私はふと口を開いた。
「……あなたは、ずっとここにいるんですか?」
老人が足を止める。
「ずっと、というのがどれくらいかは分からんが……長いこといるな」
老人は空を見上げる。
けれど、そこには空と呼べるものすらなかった。
「気づいた時には、もうここにいた」
その言葉に、私は目を瞬く。
「それって……」
「自分がいつから死神だったのかも、覚えておらん」
老人は、何でもないことのように言った。
「ただ、ここで死を見てきた」
「死を……?」
「ああ」
老人は再び歩き始める。
「人間の死も」
「っ……」
「妖の死も」
「……はい」
「神の死も」
その言葉に、私は足を止めかけた。
けれど老人は、そのまま歩いていく。
「国が生まれるところも見た。国が滅びるところも見た」
淡々と語るその声には、悲しみも誇らしさもなかった。
ただ、長い時間を生きてきた者だけが持つような、静かな重みがあった。
「……あなたは、全部見てきたんですか?」
老人は少しだけ笑った。
「数え切れぬほどの死を見てきた」
私は老人の背中を見つめる。
この人は、一体どれほど長い時間を生きてきたのだろう。
そんな疑問が、頭から離れなかった。
「……だったら」
私は、ふと思い出した。
「私が出会った神様たちのことも……知っていますか?」
老人の足が止まる。
「神の名は?」
「……「記憶」様」
老人は少しだけ目を細めた。
「……そうか」
「知っているんですか?」
「ああ」
短い返事だった。
私は少し驚きながら、続ける。
「妖の王――朔」
その名前を口にした瞬間。
老人は、ほんの少しだけ目を伏せた。
「……あの妖の王か」
「知っているんですか?」
「ああ。国が滅んだのも知っている」
「……彼は……生きていますよね?」
私が聞き返すと、老人は答えなかった。
その沈黙が答えのような気がして苦しくなる。
———もしかしたら……。
そう考えようとして、やめる。
自分の目で見るまで、私は信じたい。
彼が生きていることを。
私はそう考えてから、さらに名前を口にする。
「人形——「宿命」様にも、妖精王にも、「法」様にも……」
そう言って、私は疑問を感じた。
「花神様が目の前で……」
その名前を口にした途端。
老人は、ほんの少しだけ目を閉じた。
「散った、だろう?」
その声は、今までよりも僅かに低かった。
私は老人の横顔を見る。
「……花神様は、どうして?」
「花の国は、もうない」
「え?」
「花神と共に、消えていった」
消えた?
言われた言葉に、理解が追いつかない。
「花神は咲いて散るを繰り返す、唯一、生と死を知っている神なのさ」
老人は続ける。
「それが先程、存在そのものが消えた」
「それって……もう花神様はいないのですか?」
老人はしばらく答えなかったが、やがて静かに口を開く。
「そうだ」
なぜ、花神様は消えたのか。
生と死を繰り返しているのにそれは有り得ることなのか。
疑問が、次々と浮かんでくる。
けれど、老人はそれ以上何も言わなかった。
私たちは、そのまま長い道を歩き続ける。
私は歩きながら、ずっと考えていた。
この人は、私が出会ってきた神々を知っている。
それだけではない。
私が知らない頃から、彼らのことを見てきたのだ。
「……どうして、そんなに色々知っているんですか?」
思わず尋ねる。
老人は、しばらく黙っていた。
そして、前を向いたまま答えた。
「死は、誰のところにも平等に訪れるから」
その言葉だけが、静かな国に響いた。
「人間にも、妖にも……ましてや、神でさえ」
老人は杖を地面につく。
私は何も言えなかった。
ただ、その言葉を聞きながら、この人は本当に長い間、死を見てきたのだと思った。




