「時」の国 6
花を止めても、何も変わらなかった。
散ることのない花を渡した時、花神は笑ってくれた。
「ありがとう」と。
その笑顔を見て、《現在》は救えたのだと思った。
けれど――違った。
花は、咲き続けている。
それでも、花神の苦しみは消えなかった。
花が散ることが怖いんじゃない。
何度死んでも、また生きなければならないことが苦しいのだと。
なら、花だけではなく、花神自身の時間を止めればいい。
「……やめなさい」
背後から、《未来》の声が聞こえた。
振り返ると、そこには、いつものように静かな顔をした《未来》の神が立っていた。
「何をしようとしているのか、分かっているの?」
「分かってる」
《現在》は答えた。
「花神の時間を止める」
「それをすれば、花神は永遠に現在から出られなくなるのよ」
その言葉に、《現在》は黙った。
現在から出られない。
それが何を意味するのか、分からないわけじゃない。
時間が進まなければ、花神はもう死なない。
花が散ることもない。
けれど同時に――生きることもない。
永遠に、今この瞬間に閉じ込められる。
「……それでも」
《現在》は花神を見る。
穏やかな表情をしている。
けれど、その奥にある苦しみを、《現在》はもう知っていた。
「それでもいい」
《未来》が、わずかに目を細めた。
「それが、本当に花神を救うことだと思っているの?」
「分からない」
《現在》は正直に答えた。
「本当に救えるのかなんて、分からない」
それでも《現在》は、花神へ向かって歩き出した。
「ただ……」
その足を止める。
「今、あいつが苦しんでる」
《未来》は何も言わなかった。
《現在》は、花神の前へ歩いていく。
「俺は、今のあいつを救いたい」
手を伸ばす。
指先に、時間の力を集める。
「……《現在》」
《未来》の声が聞こえた。
止めなさい、と言っているのだろう。
それでも、《現在》は止まらなかった。
花神へ向けて、時間の力を放つ。
その瞬間――世界から、音が消えた。
風が止まる。
花びらが宙で静止する。
花神の髪も、服も、何もかもが動かなくなった。
時間だけが、そこで途切れた。
「……これで」
もう、散らない。
もう、死なない。
もう、苦しまない。
そう思った。
けれど――。
「……っ」
世界が、軋んだ。
止まっていたはずの空気が震える。
何かに弾かれるように、《現在》の力が押し返された。
「な……に……?」
止まりかけていた時間が、再び動き出す。
花びらが落ちる。
風が吹く。
花神の髪が揺れる。
「……なぜだ」
もう一度、力を込める。
けれど――届かない。
何度力を注いでも、花神の時間は止まらなかった。
まるで、見えない何かが《現在》の前に立ちはだかっているようだった。
「……「法」よ」
背後から、《未来》の声がした。
《現在》は振り返る。
《未来》は、静かに《現在》を見ていた。
「この世界には、法がある」
「……法?」
「神であろうと、その法から逃れることはできない」
《現在》は、花神を見る。
「……俺は、神だぞ」
「それでも、よ」
《未来》の声は、どこまでも静かだった。
「神であろうと、法の前では無力」
その言葉を聞いた瞬間、ようやく理解した。
自分には、花神を救う力があると思っていた。
時間を操ることができるのはこのためなのだと思っていた。
花の時間を止めることだってできた。
だから、花神自身も止められるはずだった。
けれど――。
法そのものが、それを許さない。
「……ふざけるな」
拳を握る。
「俺は、あいつを救いたいだけだ」
叫んでも。
力を込めても。
時間は止まらない。
花神は、また生きる。
また、花が咲く。
そしていつか――また、散る。
「……俺は……」
言葉が続かなかった。
その直後だった。
身体に、重い力がかかる。
「……っ」
手足が動かない。
次の瞬間、何もないはずの空間から鎖が現れ、《現在》の両手へと絡みついた。
じゃらり、と鎖の音が響く。
「……離せ」
《現在》は抵抗する。
けれど、鎖はびくともしない。
そのまま、《現在》は無理やり立ち上がらされた。
「行くぞ」
誰かの声がした。
《現在》は、もう一度だけ花神を見る。
花神は、変わらずそこにいた。
《現在》は何も言わなかった。
ただ、最後までその姿から目を逸らさなかった。
そして――鎖に繋がれた《現在》は、そのまま「法」のもとへ連れていかれた。




