「時」の国 5
白薔薇を渡してからも、花神が咲いては散る日々は続いた。
花神は、以前と変わらず笑っていた。
《現在》と話し、花を眺め、時には何でもないことで笑った。
けれど、《現在》には分かっていた。
花神の苦しみは、消えていない。
あの白薔薇が散らなくなっても。
彼女が「ありがとう」と笑ってくれても。
何も変わっていなかった。
それでも、《現在》は諦めなかった。
花神が苦しんでいるのなら、少しでもその苦しみを減らしたかった。
そんなある日のこと。
《現在》の前に、一人の女が現れた。
《未来》の神だった。
未来を司り、これから起こることを知る神。
《現在》と同じく、「時」を司る神である。
《未来》は、しばらく《現在》を見つめていた。
そして、静かに口を開いた。
「花神は、また散るわ」
その言葉に、《現在》は驚かなかった。
「……分かってる」
すでに何度も見てきた。
花神が咲き、そして散る。
それを、《現在》自身が何度も見届けてきた。
《未来》は続ける。
「ならば、なぜ抗うの?」
《現在》は答えなかった。
《未来》には、分かっている。
花神がこれからどうなるのか。
いつ散るのか。
その先に何が待っているのか。
きっと、《現在》よりもずっと先まで見えているのだろう。
だからこそ、《未来》にとって、それは変えられないものだった。
「未来は、変えられない」
その言葉に、《現在》はゆっくりと顔を上げた。
「……そうだな」
否定はしなかった。
《未来》が何を見ているのか。
それは、《現在》には分からない。
けれど、一つだけ分かることがあった。
「それでも、嫌なんだよ」
《未来》が、《現在》を見る。
「分かってても、嫌なんだ」
《現在》は静かに続けた。
「花神が苦しんでる。それを知ってるのに、何もしないなんてできねえ」
《未来》は、しばらく黙っていた。
「お前が何をしても、未来は変わらない」
「そうかもしれない」
「ならば、なぜそこまでして抗うの?」
《現在》は、少しだけ視線を落とした。
そして、顔を上げる。
「未来がどうなるかなんて、関係ない」
《未来》がわずかに目を細めた。
「今、あいつが苦しんでる」
《現在》は、花神のいた場所を見る。
そこには、もう花神の姿はない。
けれど、《現在》にはその姿が見えていた。
笑っていた顔。
笑わなくなった顔。
「大丈夫」と言った声。
そして、何度も散っていった姿。
「俺は、今のあいつを救いたい」
《未来》は、何も言わなかった。
《現在》は、それ以上何も言わず、その場を離れた。
その背中を、《未来》は静かに見つめていた。
《現在》は知らない。
自分がこれから何をしようとしているのか。
けれど《未来》には、分かっていた。
《現在》が、これから法に触れることになると知っていた。




