「時」の国 4
それからも、花神が咲いては散る日々は続いた。
《現在》は、変わらずそのそばにいた。
花が咲けば、それを眺める。
花が散れば、その姿を見届ける。
何度も。
何度も。
けれど、《現在》の中には、ずっと一つの考えが残っていた。
――どうすれば、花神は苦しまなくて済むのだろう。
花神は、死ぬことが苦しいわけではなかった。
また生きなければならない。
何度終わっても、再び始まる。
その繰り返しこそが、彼女を苦しめているのだ。
ならば。
散らなければいい。
そうすれば、少なくとも、何度も生まれ直す必要はなくなる。
けれど、それが本当に花神を救うことになるのか。
《現在》には分からなかった。
ただ、花神が苦しんでいることだけは分かっている。
それなのに、何もできない。
そばにいることしかできない。
それが、次第に苦しくなっていった。
だから、《現在》は考えた。
自分にできることを。
そして、辿り着いたのが――時間だった。
時間を止めればいい。
花神が散る、その瞬間を止めてしまえばいい。
そうすれば、もう終わらない。
ある日。
花神が散った。
いつものように、花びらが一枚ずつ落ちていく。
その中で、《現在》は一つの花に手を伸ばした。
散り落ちた花を、そっと拾い上げる。
そして。
時間を止めた。
花の中に流れていた時間だけを。
その一瞬に、固定する。
散る直前の姿のまま。
その花は、動かなくなった。
枯れもしない。
散りもしない。
ただ、そこに咲き続ける。
永遠に。
《現在》は、その花を手のひらに乗せた。
しばらく眺めてから、花神が再び咲いた場所へ向かった。
「……これ」
《現在》が差し出した花を、花神は見つめた。
「白薔薇?」
「ああ、お前の花だ」
「私の?」
「ああ」
花神は、そっと花に触れた。
そこには、散る気配がない。
どれだけ時間が経っても、花びらが落ちることはない。
花神は、少しだけ目を見開いた。
「……どうして?」
《現在》は答えた。
「時間を止めた」
「時間を?」
「ああ」
《現在》は、花を見つめる。
「こいつは、もう散らない」
花神は、しばらく何も言わなかった。
白い花を見つめ、そっと指先で花びらに触れる。
そして、小さく笑った。
「……ありがとう」
その言葉を聞いて、《現在》は安堵した。
これでいい。
これなら、花神はもう散ることを怖がらなくていい。
何度も終わって、何度も始める必要もない。
この花だけは、ずっと咲き続ける。
《現在》は、そう思った。
花神が笑ったから。
「ありがとう」と言ってくれたから。
だから、これで救えたのだと思った。
けれど。
花が散らなくなったところで、花神の苦しみが消えたわけではなかった。
花神が望んでいたのは、散らないことではない。
終わらないことでもなかった。
ただ、終わっても、また始めなければならない。
その繰り返しから逃れたかったのだ。
けれど《現在》はまだ、それを理解していなかった。
散らない花を渡すことで、花神を救ったつもりになっていた。
それがいつか、花神自身を時間の中に閉じ込めることになるとも知らずに。




