「時」の国 2
「時」を司る神――《現在》
彼には、遥か昔から今へと続く、長い時間の記憶がある。
その中でも、今でも忘れられないものがあった。
花神のことだ。
「最初は、ただの花神だった」
《現在》は、そう語る。
花神は咲く。
そして、散る。
また咲く。
また散る。
それが、花神にとって当たり前のことだった。
最初の頃の《現在》にとっても、特別なことではなかった。
花神が散れば、
「また散ったか」
そう思う程度だった。
しばらくすれば、花神はまた咲く。
何事もなかったように、そこにいる。
だから、気に留めることもなかった。
これからも、ずっと繰り返されるものだと思っていた。
それが何度目のことだったのか。
《現在》には、もう分からない。
ただ、いつからか。
ほんの些細な変化に気づくようになった。
花神が、以前ほど笑わなくなっていたのだ。
最初の頃は、いつも笑っていた。
花が咲けば喜び、散れば、
「また咲くよ」
そう言って、次の花が咲くのを待つ。
けれど、少しずつ変わっていった。
笑うことが減った。
話すことも減った。
以前なら何気なく口にしていた言葉も、いつの間にか聞かなくなっていた。
それでも、《現在》が尋ねれば、
「大丈夫」
花神は、そう答えた。
最初は、その言葉を信じていた。
何度も咲いている。
何度も散っている。
それでも、また戻ってくる。
だから、本当に大丈夫なのだと思っていた。
けれど、ある日。
また花神が散り、再び咲いたときだった。
その姿を見た瞬間、《現在》は、以前とは違う何かを感じた。
花神は笑っていた。
けれど、その笑顔はどこかぎこちなかった。
「……大丈夫か?」
そう尋ねる。
花神は、少しだけ間を置いて、
「大丈夫」
と答えた。
その時、《現在》は初めて、その言葉を信じられなかった。
大丈夫ではない。
そう思った。
しかし、何が大丈夫ではないのか。
《現在》自身もまだ分かっていなかった。
ただ、このままではいけない。
そんな気がした。
それをきっかけに、《現在》は花神のそばにいることが増えた。
特別な理由があったわけではない。
花神がそこにいるから、《現在》もそこにいる。
ただ、それだけだった。
何かを話す日もあった。
何も話さない日もあった。
花が咲いていれば、それを眺めた。
花が散れば、また次に咲くのを待った。
そんな時間を、何度も過ごした。
いつしか、二人でいることが当たり前になっていた。
花神も、少しずつ変わっていった。
以前ほどではない。
それでも、時々笑うようになった。
くだらない話をすることも増えた。
今日咲いた花のこと。
昨日見つけた花のこと。
そんな些細な話を、《現在》に聞かせるようになった。
《現在》も、それを聞いていた。
特別なことをする必要はなかった。
ただ、話を聞く。
ただ、そばにいる。
それだけでよかった。
そうしているうちに、二人の間にあった距離は、いつの間にかなくなっていた。
花神は時々、こう言った。
「大丈夫」
以前と同じ言葉。
けれど、今の《現在》には分かっていた。
その言葉を、本当は信じてはいけないことを。
花神は、笑っている。
話もする。
以前よりも、ずっと自然に。
それでも。
花神の中にある何かは、少しずつ失われていた。
咲いて。
散って。
また咲く。
その繰り返しの中で、《現在》は、ようやく気づき始めていた。
花神にとって、「咲くこと」そのものが幸せとは限らないのだと。




