↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神代観測録  作者: 音音
PR
31/44

「時」の国 2

「時」を司る神――《現在》

彼には、遥か昔から今へと続く、長い時間の記憶がある。

その中でも、今でも忘れられないものがあった。

花神のことだ。

「最初は、ただの花神だった」

《現在》は、そう語る。

花神は咲く。

そして、散る。

また咲く。

また散る。

それが、花神にとって当たり前のことだった。

最初の頃の《現在》にとっても、特別なことではなかった。

花神が散れば、

「また散ったか」

そう思う程度だった。

しばらくすれば、花神はまた咲く。

何事もなかったように、そこにいる。

だから、気に留めることもなかった。

これからも、ずっと繰り返されるものだと思っていた。

それが何度目のことだったのか。

《現在》には、もう分からない。

ただ、いつからか。

ほんの些細な変化に気づくようになった。

花神が、以前ほど笑わなくなっていたのだ。

最初の頃は、いつも笑っていた。

花が咲けば喜び、散れば、

「また咲くよ」

そう言って、次の花が咲くのを待つ。

けれど、少しずつ変わっていった。

笑うことが減った。

話すことも減った。

以前なら何気なく口にしていた言葉も、いつの間にか聞かなくなっていた。

それでも、《現在》が尋ねれば、

「大丈夫」

花神は、そう答えた。

最初は、その言葉を信じていた。

何度も咲いている。

何度も散っている。

それでも、また戻ってくる。

だから、本当に大丈夫なのだと思っていた。

けれど、ある日。

また花神が散り、再び咲いたときだった。

その姿を見た瞬間、《現在》は、以前とは違う何かを感じた。

花神は笑っていた。

けれど、その笑顔はどこかぎこちなかった。

「……大丈夫か?」

そう尋ねる。

花神は、少しだけ間を置いて、

「大丈夫」

と答えた。

その時、《現在》は初めて、その言葉を信じられなかった。

大丈夫ではない。

そう思った。

しかし、何が大丈夫ではないのか。

《現在》自身もまだ分かっていなかった。

ただ、このままではいけない。

そんな気がした。

それをきっかけに、《現在》は花神のそばにいることが増えた。

特別な理由があったわけではない。

花神がそこにいるから、《現在》もそこにいる。

ただ、それだけだった。

何かを話す日もあった。

何も話さない日もあった。

花が咲いていれば、それを眺めた。

花が散れば、また次に咲くのを待った。

そんな時間を、何度も過ごした。

いつしか、二人でいることが当たり前になっていた。

花神も、少しずつ変わっていった。

以前ほどではない。

それでも、時々笑うようになった。

くだらない話をすることも増えた。

今日咲いた花のこと。

昨日見つけた花のこと。

そんな些細な話を、《現在》に聞かせるようになった。

《現在》も、それを聞いていた。

特別なことをする必要はなかった。

ただ、話を聞く。

ただ、そばにいる。

それだけでよかった。

そうしているうちに、二人の間にあった距離は、いつの間にかなくなっていた。

花神は時々、こう言った。

「大丈夫」

以前と同じ言葉。

けれど、今の《現在》には分かっていた。

その言葉を、本当は信じてはいけないことを。

花神は、笑っている。

話もする。

以前よりも、ずっと自然に。

それでも。

花神の中にある何かは、少しずつ失われていた。

咲いて。

散って。

また咲く。

その繰り返しの中で、《現在》は、ようやく気づき始めていた。

花神にとって、「咲くこと」そのものが幸せとは限らないのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。