「法」の国 4
「「死」の国には、行ってはいけない」
そう言われても、その理由が分からない。
「私が「死」の国へ行くと、何が起きるんですか?」
「お前が欲しがっている情報は、あそこへ行っても得られない」
「……それだけ、ですか?」
思わず聞き返す。
あまりにも簡単な答えだった。
私は「法」の神の顔を見る。
すると、彼は呆れたように眉を寄せた。
「……それも覚えていないとは」
「え?」
「「死」というものが、どんな存在なのかも知らないのか?」
私は首を横に振る。
「……分かりません」
「そうか」
「法」の神は深く息を吐いた。
「「死」――あいつは、不完全な存在を嫌う」
「……不完全な存在?」
その言葉を聞いて、私は自分を思い浮かべる。
神の一部が混ざり合っている。
何者なのかも分からない。
記憶すら完全ではない。
「まさに、お前のことだな」
「……!」
胸がざわつく。
「だから、私が行ったら……」
「目をつけられる可能性が高い」
「法」の神は淡々と告げた。
「「死」の国は、足を踏み入れたら最後だ。自分の意思だけで出られると思わないほうがいい」
「……そんなに危険なんですか?」
「ああ」
背筋が冷たくなる。
「でも……」
私は少し考える。
「私は「死」の国がどこにあるのかも分かりません」
「それなら、なおさら近づくな」
「どうすれば、避けられるんですか?」
「分からん」
「……え?」
思わず目を見開いた。
「我も、あそこには近づきたくない」
「法」の神の声に、今までにはなかったものが混じっていた。
恐れ。
私は思わず、その顔を見つめる。
「……「法」の神でも、怖いんですか?」
「怖いというより――」
一瞬、言葉が途切れる。
「生きた心地がしない」
その一言が、妙に重く響いた。
「いいか」
「法」の神が私を見る。
「「死」の国に行けば、お前は自分自身を知ることができない」
「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ」
それ以上は語らなかった。
私は黙って頷く。
「……はい。気をつけます」
「そうしろ」
「死」の国。
そこがどんな場所なのか、私にはまだ分からない。
けれど――
この神がここまで警戒する場所なら、絶対に近づかないようにしよう。
そう思った、その時だった。
――ゴォォォン……。
突然、大きな音が鳴り響いた。
「……っ!?」
空気そのものを震わせるような鐘の音。
私は驚いて辺りを見回す。
「な、なんですか!?」
「鐘の音だ」
「鐘……?」
「法を破った者がいるようだな」
「法を破ったって……大丈夫なんですか?」
私が尋ねると、「法」の神は何でもないことのように答えた。
「問題ない」
「でも……」
「お前には関係ない」
「……え?」
突然、鋭い視線を向けられる。
「何をしている?お前の旅はまだ続いているだろう?」
「……はい」
「ならば――」
「法」の神が立ち上がる。
「早く次の国へ行け」
「え?」
その瞬間。
目の前の姿が、大きく揺らいだ。
「……え?」
人の姿だった身体が、みるみるうちに変化していく。
身体が膨れ上がり、腕が巨大な前脚へと変わる。
背中には大きな斑の鱗が広がっていく。
頭部には鋭い角。
そして――
「……えぇ!?」
そこに現れたのは、先ほどまでの男とは似ても似つかない巨大な獣だった。
琥珀色の瞳が、私を見下ろしている。
「な、なんですか、それは!?」
驚いて後ずさる。
すると、その巨大な前脚が伸びてきた。
「わっ――!」
身体が軽々と持ち上げられる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
そのまま私は、門の外へと運ばれていく。
「まだ聞きたいことが――!」
「十分聞いただろう」
「でも……!」
「旅の続きがある」
「だからって、こんな……!」
巨大な身体が、私を門の外へ放り出す。
「きゃっ!」
地面に着地し、慌てて振り返る。
そこには、巨大な何かが立っていた。
「……それは?」
改めてその姿を見て、私はようやく気づく。
琥珀色の瞳。
縦に細長い瞳孔。
人ではあり得ないほどの大きな身体。
「……もしかして」
私が呟くと、獣は口元をわずかに上げた。
「我は龍神だぞ?」
「……!」
「人に化けるくらい、容易い」
そう言うと、龍神は門の中へ戻っていく。
そして――
大きな門が、ゆっくりと閉じ始めた。
「待ってください!」
私は思わず駆け寄る。
けれど、門は止まらない。
「……ありがとうございました!」
私は閉じていく門へ向かって叫んだ。
その向こうから、龍神の声が聞こえる。
「旅を続けろ」
最後にそれだけが聞こえた。
――バタン。
門が閉じる。
私は、その場に立ち尽くした。
「……なんだったんだろう」
しばらく門を見つめる。
けれど、不思議と嫌な感じはしなかった。
「……次の国へ、行こう」
私は振り返る。
まだ知らない国がある。
まだ知らない自分がいる。
そして――いつか、自分が何者なのかを知るために。
私は再び、歩き始めた。
□□□
「これにて閉廷」
今日も龍神は、「法」に従って罪を裁いていた。
「今日も派手だね」
そう言って笑う少年が、そこに立っていた。
「何か用ですか?」
龍神は少年を睨みつける。
「そんなに怒らなくてもいいのに」
少年はそう言いながら、わざとらしく嘘泣きをする。
龍神はそれを見つめ、面倒くさそうに息を吐いた。
「目的は……何ですか?」
「ひみつ!」
少年は楽しそうに笑う。
「どうせ、しょうもない理由でしょうけど」
「ひどい!」
「遊びは下界でしてくださいと言いましたよね?」
龍神は少年を咎める。
「だって、その方が面白いでしょ?」




