「法」の国 3
「記憶」の国にいた頃よりも、思い出せることが増えている。
それは、確かな変化だった。
けれど、その理由までは分からない。
「……なぜ、忘却が薄れているんですか?」
私は「法」の神に尋ねた。
「推測として、先ほど我は言ったな」
「……私が、神々の一部と混ざっているという話ですか?」
「ああ」
「法」の神は頷いた。
「お前は、本来の姿を取り戻しつつあるのかもしれない」
「本来の姿……?」
その言葉の意味が、よく分からない。
「私は、今の姿が本来の姿ではないんですか?」
「それすら、我には分からない」
「?」
「だが、一つ考えられることがある」
「何ですか?」
「お前は「記憶」の国に長く留まりすぎたのかもしれない」
私は黙って耳を傾ける。
「お前の中には、複数の神の一部が混ざっている。だが、「記憶」の国に留まり続ければ、「記憶」以外との繋がりが薄れていったとしてもおかしくはない」
「……だから、忘却が?」
「そうだ」
「法」の神は続ける。
「だが、「記憶」の国を出て、他の国を巡るようになった」
私は、これまで訪れた国を思い返した。
妖の国。
人形の国。
妖精の国。
それぞれの国で、私は何かを知った。
何かを感じた。
そして、何かを失った。
「そこで得たものが、お前の中にあるものを再び繋ぎ合わせているのかもしれない」
もしかすると――それらすべてが、私の中にあるものと繋がっているのだろうか。
「だから……忘れなくなってきている?」
「我はそう考えている」
それでも、今まで何も分からなかった自分にとって、それは大きな手掛かりだった。
「……では」
ふと、別の疑問が浮かぶ。
「私は、誰に生み出されたんでしょうか?」
「法」の神が黙る。
「私の中に「記憶」様以外の神の一部があるのなら……その神が、私を作ったんですか?」
「それは分からん」
「……分からない?」
「ああ」
「法」の神は私を見つめた。
「お前がどこから生まれたのか、我も掴めない」
「「法」の神にも……?」
「ああ」
胸の奥がざわつく。
私は、ずっと自分が何者なのか知りたかった。
けれど、「法」の神でさえ分からない。
それなら――私は、本当に何者なのだろう。
少しだけ間を置いて、「法」は続けた。
「そもそも、お前を生み出した存在が何者なのかさえ、我には掴めない」
「どういうことですか?」
「お前は、この世界の法則では説明できない形で生まれている」
「……私が?」
「そうだ」
胸の奥がざわついた。
「そんなこと……あり得るんですか?」
「普通なら、あり得ん」
「なら……」
思わず、一歩後ずさる。
「じゃあ……私は、存在してはいけないんですか?」
「なぜそうなる?」
「だって……」
声が震える。
「この世界の法則でも説明できない形で生まれて、いろんな神の一部が混ざっていて……」
自分が何なのか分からない。
どうして生まれたのかも分からない。
そんな自分が、この世界に存在していいのか。
分からなくなってしまう。
「お前は、そこらの種族とはわけが違う」
私は顔を上げた。
「お前は、神の一部を切り抜き、それらが混ざり合っている」
「法」の神は言葉を続ける。
「ならば、お前は神、もしくはそれに近いものだ」
「……神」
その言葉を、私は繰り返す。
自分が神。
そんな実感は、まるでない。
私はただ、自分のことすら分からないまま旅をしている。
「……そうなんですか?」
自分でも驚くほど、小さな声だった。
「神の一部から生まれたのなら、神と考えるのが自然だろう」
「……神」
「あるいは、まだ役目を持っていないだけかもしれん。すでに何かしらの役目を与えられている可能性もある」
「……私に?」
「それは、まだ分からん」
「法」の神は、そう言い切った。
「お前が何者なのかは、旅を続けていけばいずれ分かる」
「……はい」
私は頷く。
まだ分からない。
けれど、少なくとも――存在してはいけないものだと、決めつける必要はない。
それだけは、安心できた。
「……これからも旅を続けるのなら」
「法」の神が、突然声を低くする。
「一つだけ忠告しておく」
「……忠告?」
「ああ」
その表情は、今までとは違っていた。
「「死」の国には行くな」
「……「死」の国?」
聞き慣れない名前だった。
「なぜですか?」
「法」の神は、私を真っ直ぐに見つめる。
「お前にとって、あそこは危険すぎる」
その言葉に、胸の奥が冷たくなる。
「……どうして?」
「法」の神は答えない。
ただ、低い声で繰り返す。
「「死」の国には行ってはならない」
その言葉だけが、妙に重く響いた。
私はまだ知らない。
その国が、どこにあるのか。
何が存在するのか。
そして――なぜ、「法」の神がそこまで警戒するのか。
ただ一つ。
これだけは、覚えておかなければならないと思った。




