妖精の国 3
妖精王は、考えるように黙っていた。
やがて、静かに口を開く。
「断定はできないけれど……」
庭園の花々へ視線を向けながら、妖精王は続けた。
「種族の王が神になるのは、大体、その種族を守るためなんだよ」
「守るため……?」
「そう」
妖精王は頷いた。
「君は、彼らの下界での暮らしを見たことがあるかい?」
「はい」
私はすぐに答えた。
「以前、人形様に見せてもらいました」
あの時に見た光景を思い出す。
人間に襲われる妖。
そして――妖に襲われる人間。
互いに相手を恐れ、憎み、傷つけ合っていた。
「きっと彼も、そういう妖たちを守るために神になったんじゃないかな」
「あるいは、妖たちの中で規律を乱す者が出ないようにするためかもしれない」
妖精王は、穏やかな笑みを浮かべた。
「私が知る限りでは、彼は悪い神ではなかったよ」
「……そう、ですか?」
妖精王は頷く。
「以前、定例会議で会ったことがあるんだ」
「定例会議……?」
「神々が集う場所でね」
そう言ってから、妖精王は記憶を辿るように目を伏せた。
「種族が違うからといって、他者を見下すようなこともなかった。だから私は、彼のことを種族に関係なく、いい神だと思っているよ」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥が、ほんのりと温かくなった。
「……そうですか」
自然と、頬が緩んでいた。
朔。
私が初めて他の国へ辿り着いた時に出会った神。
私に優しくしてくれた。
何も知らない私に、忘れることが悪いことでは無いと教えてくれた。
そして――私に、名前をくれた。
千夜。
その名前を呼ばれることが、私は好きだった。
けれど。
どうしても、あの日のことが頭から離れない。
燃えていく街。
逃げ惑う妖たち。
傷つきながらも、私を庇っていた朔。
最後に握った、あの手。
私は、自分の手を見つめた。
あの時の温もりが、まだ残っているような気がした。
「……朔は」
小さく呟く。
「どうしているのでしょうか」
あの後、どうなったのか。
無事だったのか。
どこかで生きているのか。
それとも――
私は、胸の奥に浮かんだ不安を振り払うように首を振った。
まだ、何も分からない。
だからこそ、知りたかった。
「妖精王様は……」
私は顔を上げる。
「妖の国が、人間に襲われたことは知っていますか?」
妖精王の表情が、わずかに変わった。
「……もちろん、知っているよ」
「その後のことを、知っていますか?」
問いかけに、妖精王はすぐには答えなかった。
先ほどまで穏やかだった表情が、少しずつ曇っていく。
嫌な沈黙だった。
なぜか、胸騒ぎがする。
「妖精王様?」
呼びかけると、妖精王は私を見つめた。
そして――驚いたような顔で、ぽつりと言った。
「……君は、まだ知らないのか」
「……え?」
その言葉の意味が分からず、私は首を傾げる。
妖精王は、何かを躊躇うように口を閉じた。
けれど。
その表情を見た瞬間。
胸の奥に、嫌な予感が広がっていった。




