妖精の国 1
人形様が、新たな神「宿命」として生まれた。
人間についても理解を示し、私はただ前へ進み続けていた。
自分が何者なのかを知るために。
その答えが探し求めながら。
しばらく歩いていると、やがて目の前の景色が変わり始めた。
木々の間から差し込む光が、先ほどまでとは違う。
風に揺れる草花も、どこか鮮やかに見える。
そして、その先へ足を踏み入れた瞬間――
「わあっ! 誰か来た!」
「本当だ!」
「ねえ、どこの子?」
「人間?」
「どうやってここまで来たの?」
「名前は?」
一斉に声を掛けられた。
「……え?」
驚いて顔を上げる。
私の周りを、小さな生き物たちが飛び回っていた。
背中には透明な羽。
小さな身体。
人間とも、これまで出会った妖とも違う姿。
私は、こんな生き物を見たことがなかった。
次々と投げかけられる質問に、どう答えればいいのか分からず、戸惑ってしまう。
けれど、彼らの表情には敵意はない。
むしろ、私に対する興味でいっぱいだった。
「えっと……」
私は一度息を整えてから、口を開いた。
「私は、千夜と言います」
そう名乗ると、彼らは一瞬だけ静かになった。
「千夜?」
「うん」
「じゃあ、千夜はどこから来たの?」
「私は……」
少し考えてから答える。
「「記憶」の国です」
その瞬言葉に、彼らの目が一斉に輝いた。
「ええっ!?」
「それって「記憶」の使者!?」
「本物!?」
「初めて見た!」
「すごい!」
再び、辺りが騒がしくなる。
私は思わず目を瞬かせた。
「……そんなに珍しいのですか?」
「珍しいよ!」
「だって「記憶」の使者なんて、そうそう会えないもん!」
「ねえねえ、「記憶」の使者って色んな記憶知ってるんでしょ?」
また質問が飛んでくる。
その勢いに、どう返せばいいのかわからず立ち尽くしていると、一人の小さな生き物が笑った。
「まあまあ。そんなに一気に聞いたら困っちゃうよ」
そう言って、その子は私の前へ飛んできた。
「あなたは、どうしてここに来たの?」
今度は、少し違う問いだった。
私はその言葉を聞いて、しばらく考える。
そして、ゆっくりと答えた。
「……自分を探す旅をしています」
「自分を?」
「はい」
私は、自分のことを話した。
私は「記憶」の使者であること。
けれど、記憶することができないこと。
覚えていたはずのことも、いつの間にか忘れてしまうこと。
そして、「記憶」様に旅をすることを勧められて、この神々の国を歩いていること。
「だから……」
私は周囲にいる小さな生き物たちへ視線を向けた。
「あなたたちが、どういう存在なのかも分かりません」
すると――
「そっか!」
「じゃあ、私たちのこと教えてあげる!」
「うんうん!」
「ここは妖精の国だよ!」
彼らは嬉しそうに笑った。
「私たちは妖精!」
「いたずらが大好き!」
「人間や妖とは、ちょっと違うんだよ!」
そう言ったかと思えば、一人の妖精が私の髪へ手を伸ばした。
「……?」
「ちょっと動かないでね!」
「え?」
次の瞬間、私の髪が結ばれていく。
「こっちの方が可愛いよ!」
「待って、私もやりたい!」
「じゃあ私はこっち!」
「……あの」
何が起きているのか分からない。
気がつけば、私の髪は妖精たちによって好き勝手に結われていた。
「完成!」
「どう?」
近くにあった水面を覗き込む。
そこには、見慣れない髪型になった自分の姿が映っていた。
「……少し、変な感じです」
そう答えると、妖精たちは一斉に笑った。
「それが面白いんだよ!」
「いたずらだからね!」
どうやら、これが妖精たちにとっての歓迎らしい。
私は思わず笑みを浮かべた。
そのまま妖精たちに案内されて、一つの大きな庭園へと連れて行かれる。
そこは、今まで見たことがないほど美しい場所だった。
色とりどりの花が咲き、木々の間から柔らかな光が差し込んでいる。
中央には、大きなテーブルが置かれていた。
「ここは私たち自慢の庭園!」
「ここでお茶会するの!」
「千夜も一緒にどうぞ!」
気がつけば、私は椅子へ座らされていた。
目の前には紅茶。
そして、小さな器に入った色とりどりのお菓子。
「これは何ですか?」
「金平糖!」
「妖精の大好物!」
一粒、口に入れる。
甘い。
「……美味しいです」
そう言うと、妖精たちは嬉しそうに笑った。
それから私は、妖精たちにこれまで旅をしてきた国のことを話した。
私が訪れたのは、二つの国。
妖の国と人形の国。
その名前を聞くと、妖精たちは驚くこともなく頷いた。
「妖の国なら知ってるよ」
「人形の国も知ってる!」
「私たち、よく下界に降りるからね」
「下界に?」
「うん!」
妖精たちは、楽しそうに話してくれた。
彼らは時々、下界へ降りていくのだという。
そして、人間や妖にいたずらをするのだと。
「どうして、いたずらをするのですか?」
私が尋ねると、
「面白いから!」
「反応が楽しいから!」
「嫌いだから!」
それぞれ好き勝手に答えが返ってきた。
「特に人間は面白いよ」
「ちょっとからかうだけで、すごく慌てるんだから!」
「でも、嫌いなのには理由もあるよ」
その言葉に、私は表情を変えた。
「理由……?」
妖精の一人が頷く。
「人間も妖も、私たちを捕まえることがあるの」
「捕まえる?」
「そう!そしてね、奴隷みたいに働かせたり」
「売ったりするんだよ」
その言葉を聞いて、私は黙り込んだ。
人形様に見せてもらった下界。
そこでは、人間が妖を嫌い、妖もまた人間を嫌っていた。
私は、もうその理由を知ったつもりでいた。
けれど――
知らないことは、まだたくさんある。
人間にも。
妖にも。
そして、妖精にも。
そんなことを考えていると、少し離れたところから声が聞こえた。
「……種族が違えば、私たちは相容れることはないのだよ」
聞き慣れない声だった。
妖精たちが、一斉に振り返る。
「見た目が違えば、人間も妖も、妖精だってそう」
ゆっくりと、その声の主がこちらへ歩いてくる。
「怖いと思い込み、離れていってしまう」
その姿を見た瞬間、私は息を呑んだ。
大きな羽。
言葉では表せないほど、美しい。
私の周りを飛んでいた妖精たちとは、比べものにならないほど大きな身体。
その姿を見た妖精たちは、次々と声を上げた。
「王様!」
「妖精王様!」
「妖精王様が来た!」
さっきまで騒がしかった妖精たちが、嬉しそうにその人を取り囲む。
私は立ち上がった。
そして、目の前に現れたその存在を見つめる。
妖精たちが「王」と呼ぶ者。
それが――この国の神だった。




