人形の国 6
「……宿命」
その言葉を口にした瞬間だった。
――ぴしっ。
どこかで、何かが割れる音がした。
「……?」
振り返ると、遠くに見えていた建物の壁に、細い亀裂が走っていた。
それは一つではない。
別の建物にも、その隣にも。
まるで、国そのものが内側から崩れ始めているようだった。
「これは……」
私が呟くと、彼女は静かに国を見渡した。
そして、わずかに寂しそうな笑みを浮かべる。
「……そういうことなのね」
「何がですか?」
「私が、人形の神ではなくなったから」
その言葉と同時に、地面が大きく揺れた。
遠くで建物が崩れ、乾いた音が響く。
「この国は、私が人間を作るために存在していたものなの」
彼女は崩れ始めた国を見つめる。
「なら、私が役目を変えた今……この国も、役目を終えるのかもしれないわ」
「……!」
再び大きな音が響いた。
今度は、すぐ近く。
道の先にあった建物が、音を立てて崩れていく。
「千夜」
彼女が私を見る。
「もう、ここにはいられないわ」
「でも……」
「大丈夫」
彼女は笑った。
今までとは違う笑顔だった。
「私はもう、自分が何のためにいるのか分からない神じゃないもの」
そう言って、彼女は私の背をそっと押した。
「行って」
「……人形様は?」
「私はここに残るわ」
「でも、この国は……」
「ええ」
彼女は崩れていく国を振り返る。
「きっと、もう長くはない」
その声は、不思議なくらい穏やかだった。
「だから、あなたは先へ行きなさい」
私は何か言おうとした。
けれど、次の瞬間。
大地が大きく揺れた。
「っ……!」
立っていることさえ難しい。
崩れた建物の向こうから、白い光が差し込んでくる。
それは、この国が終わっていく光のようにも見えた。
「千夜!」
彼女の声が響く。
「次の国へ!」
私は振り返った。
けれど、その姿はもう遠くにある。
「……また、会えますか?」
そう尋ねると、彼女は頷く。
そして――
「あなたが歩き続ける限り、きっとね」
その言葉は、崩壊の音にかき消されるように遠ざかっていった。
それを最後に、私は走り出した。
崩れていく人形の国を背にして。
次の神の国へ。
何が待っているのかも分からない。
それでも、足を止めることはできなかった。
□□□
「定例会議に遅刻だ。」
とある男は、そう呟いた。
「仕方ないでしょう?自分の国が崩壊したのよ」
「それなら、もう「宿命」と呼ぶべきかな?」
別の男が、コップを片手に「宿命」と呼ばれる女へ話しかける。
「ええ。そうして頂戴」
彼女は冷たい表情で、男の言葉に答えた。
「そういえば、「記憶」。あの子は、本当にあなたの使者なの?」
そう言いながら、彼女は笑みを浮かべ、「記憶」と呼ばれた女へ視線を向ける。
「ええ。あの子は、私の使者です」
「記憶」はそう答え、紅茶を口に含んだ。
「だったら、なぜ……」
「宿命」の瞳が細められる。
「あの子から、私の力を感じるの?」
「……なんですって?」
「記憶」は、驚いたように目を見開いた。
「あなたも知らなかったということは……」
「宿命」は、静かに言葉を続ける。
「あの子は、混ざっているのかもしれないわね」
「記憶」は黙り込んだ。
「 ……まるで、誰かがわざと混ざたと言いたいようね?」
「あなたも、薄々感じているんじゃない?」
「宿命」は、「記憶」を見つめる。
まるで、すべてを見通したかのような瞳でだった。
「……あの子のことを」
そこで、扉が閉まった。




