↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神代観測録  作者: 音音
PR
17/44

人形の国 2

「……そう、ですか」

私は紅茶の入ったカップを見つめた。

人形様。

人間を作る神。

その言葉が、なぜか胸に引っかかった。

「では……今も、人間を作っているのですか?」

「ううん」

人形様は首を横に振った。

「もう必要なくなったもの」

「必要……ない?」

「そう」

人形様は、膝の上に置いていた人形の髪を撫でる。

「人間は、もう十分に増えたでしょう?」

淡々とした言葉だった。

けれど、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に強い違和感が生まれた。

人間。

その言葉を聞くと、何かが疼く。

何かを思い出しそうになる。

燃える街。

逃げ惑う妖。

血。

そして――。

「……人間は」

気づけば、声が漏れていた。

「人間は……妖に、何かしたのですか?」

人形様の手が止まった。

「どうして、そう思うの?」

「……分かりません」

本当に分からなかった。

朔の顔も。

あの国で何が起きたのかも。

記憶は、私の中から少しずつ失われている。

それなのに。

人間という言葉を聞くと、胸の奥から怒りが込み上げてくる。

「ただ……」

私は、自分の胸元を押さえた。

「人間が、嫌いです」

人形様は何も言わなかった。

「どうして嫌いなのかも……分からないんです」

口にしてみても、答えは見つからない。

「でも、妖に酷いことをしたのだと……そう思います」

しばらくして、人形様は口を開いた。

「……そうね」

その声は、否定も肯定もなかった。

「人間は、妖を傷つけた」

私は顔を上げる。

「やっぱり……」

「でも」

人形様は、私の言葉を遮った。

「人間だけが悪いわけじゃないわ」

「……え?」

人形様は立ち上がると、部屋の奥にある大きな窓へ向かった。

「見てみる?」

「何を……?」

人形様が窓に手を触れる。

すると、ガラスの向こうに広がっていた景色がゆっくりと変わっていった。

森の中を歩く人間たち。

その先には、妖の姿がある。

私は息を呑んだ。

「これは……?」

「人間たちの住む場所。下界よ」

人形様は答えた。

「少し前の世界だけれどね」

映し出された景色の中で、人間たちは怯えていた。

妖を恐れている。

一方で、妖たちも人間を警戒していた。

やがて、一人の人間が妖に襲われる。

人間は逃げ、妖はその後を追った。

その光景だけを見れば、妖が人間を襲っているようにしか見えない。

けれど――。

「……どうして?」

私は呟いた。

「どうして、妖は人間を襲うのですか?」

「怖いからよ」

「怖い……?」

「妖にとって、人間もまた恐ろしい存在だったの」

映像が変わる。

今度は、人間が妖の住む森を焼いていた。

木々が燃え、妖たちが逃げていく。

その光景を見て、胸が痛んだ。

「……人間が、妖の住む場所を奪った」

「ええ」

人形様は問いかける。

「では、なぜ人間は森を焼いたのだと思う?」

答えられなかった。

映像が変わる。

森の外。

そこには、人間たちの小さな村があった。

作物は荒らされ、家は壊されている。

怯えた子どもたちが、大人の背中に隠れていた。

「妖に襲われた村よ」

人形様が言う。

「人間たちは、自分たちの家族を守るために、妖の住む森を焼いた」

私は何も言えなかった。

人間が妖を傷つけたこと。

それは事実だった。

けれどーー妖もまた、人間を傷つけていた。

どちらも、自分たちを守ろうとしていた。

自分たちの仲間を。

自分たちの家族を。

そして、自分たちの居場所を。

「……どちらが、悪いんですか?」

気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。

人形様は答えなかった。

ただ、私を見つめている。

「人間ですか?それとも、妖ですか?」

「どちらかだけが悪い、なんてことはないでしょう?」

人形様はそう言った。

私は、映し出された世界を見つめる。

燃える森。

逃げる妖。

怯える人間。

誰かが誰かを傷つける。

傷つけられた者が、今度は別の誰かを傷つける。

それが、何度も繰り返されていた。

胸の奥には、まだ怒りが残っている。

けれど、その感情だけでは、もう何も決められなかった。

「……私、何かを忘れている気がします」

「そのようね」

「とても大切なことを」

人形様は何も言わない。

私は映像から目を逸らさなかった。

「でも……」

胸の奥に残った感情を、ゆっくりと言葉にする。

「人間が憎いからって、人間だけを悪者にしてはいけないんですね」

人形様は、口元に微笑みを浮かべた。

「そういうことよ」

私は、もう一度下界を見た。

何が正しかったのか。

今の私には分からない。

ただ一つだけ分かったことがあった。

誰かが悪いから、誰かが傷ついた。

そんな単純な話ではなかったのだ。

それぞれに理由があって。

それぞれに守りたいものがあって。

その結果として、誰かが誰かを傷つけてしまった。

「……難しいですね」

ぽつりと呟く。

人形様は楽しそうに笑った。

「そうね」

その声だけが、妙に明るく響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。