人形の国 1
振り返っても、もう妖の国の姿は見えなかった。
朔のこと。
燃えていく街。
最後に握った手。
それを思い出すと、胸の奥が少しだけ痛んだ。
私は足を止め、自分の手を見つめる。
まだ、あの時の温もりが残っているような気がした。
忘れない。
そう心の中で呟いてから、私は再び歩き始めた。
しばらくすると、森が途切れた。
その先には、細い一本道が続いている。
私はその道を、長い間歩き続けた。
やがて、道の先に建物が見えてきた。
家のような建物もあれば、大きな工房のような建物もある。
ここが、新しい国なのだろうか。
そう思いながら先へ進む。
けれど、近づくほどに、私は妙な違和感を覚えた。
どの建物も、不思議なほど整っている。
同じ大きさ。
同じ形。
同じ間隔。
まるで誰かが、同じものを何度も繰り返し作ったようだった。
「……ここは?」
そう呟いた時だった。
カタ。
小さな音が聞こえた。
続いて、カタ、カタ。
何かが動いている。
音のする方へ歩いていくと、一軒の建物の前に小さな少女が座っていた。
長い艶のある髪。
淡い色の服。
幼い顔。
年齢は、十歳にも満たないように見える。
少女の膝には、一体の人形が置かれていた。
少女はその人形の髪を整えている。
一本、一本。
とても丁寧に。
私が近づいていくと、少女は顔を上げた。
「……誰?」
「私は、千夜です」
朔から貰った名前で。
「千夜?」
「はい」
少女は、私の顔をじっと見つめていた。
「……君、どこの子?」
「え?」
突然の問いに、私は戸惑った。
「どこの子って……?」
「どこで作られたの?」
少女は首を傾げる。
「私は、作られていません」
「……?」
少女の表情が変わった。
「作られてない?」
「はい」
「そんなはずないよ」
少女は私に近づいてくる。
そして、私の顔をじっと覗き込んだ。
「人形なら、私が作ったかどうか分かるもの」
「……私は、人形ではありません」
「そうなの?」
少女は少し考える。
それから、私の手を取った。
指先を眺め、手の甲を撫でる。
まるで、身体の作りを確かめるように。
「何か分かりましたか?」
「分からない」
少女は正直に答えた。
「でも、私が作った子じゃない。じゃあ、君はどこから来たの?」
「私は「記憶」の使者です。」
「「記憶」の?」
「はい」
少女は不思議そうに私を見る。
「なぜ、ここにいるの?」
「それは…」
言いかけた時、その言葉を遮るように少女が口を開いた。
「まあ「記憶」の使者がここに来るのは初めてだから、お話しない?」
少女は明るく私に笑いかけた。
ただ、その目は笑っていなかった。
□□□
少女は、小さな手でティーカップに紅茶を注ぎ、私に差し出した。
「あなたは、この国が何の国なのか、分かってる?」
「いいえ。」
私は緊張しながら答える。
「ここは、人形の国」
「人形?」
「そう。あ、でも…みんな人形じゃなくて、“人間”って言うわね」
少女が口にした言葉に、私は驚きを隠せなかった。
人形が、人間?
人間は、朔たちの国を———。
その瞬間だった。
頭の奥に、ざらりとした違和感が走った。
何かを思い出そうとする。
けれど、それが何なのか分からない。
掴みかけた何かが、指の隙間からこぼれ落ちていく。
思い出せない。
違う。
思い出せないのではない。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
「あなたは……なぜ、人間を作っているのですか?」
記憶が混乱しているのに、声だけは不思議なほど冷静だった。
少女は、少しだけ考えるように首を傾げる。
「そんなこと、考えたこともなかったわ。」
その言葉に、私は目を見開いた。
少女は、何でもないことのように続ける。
「だって、人間を作るのが私の存在意義なんだもの。」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に奇妙な感覚が生まれた。
以前にも、こんな感覚を覚えた気がする。
あの神に出会った時にも。
どうしてか、酷く遠く感じる。
「……あなたは、神なのですか?」
「そうよ。」
少女はあっさりと答えた。
「あなたの主人である「記憶」にも、記憶するという存在意義があるでしょう?」
「……はい」
「だから、ほかの神にだって、生まれた意味があるものよ。」
少女ーー人形様は、楽しそうに話している。
その表情には、自分が人間を作っていることへの疑問も、迷いもなかった。
それが当然なのだと。
そう信じて疑わない顔だった。




