妖の国 5
胸の奥が、重くなる。
「それから、俺は一人だった。」
「けれど、完全に一人になったわけじゃない。」
王は街を見る。
そこには、今もたくさんの妖がいる。
「この国の妖たちは、俺を放っておかなかった。」
「……助けてくれたんですか?」
「ああ。」
「食べ物を持ってくる奴もいた。家に泊めようとする奴もいた。」
王の口元が緩む。
「祭りの日には、無理やり俺を連れ出そうとする奴までいた。」
「……そうでしたか。」
思わず、小さく笑ってしまう。
「ずっと、変わらないんですね。」
「ああ。変わらない。」
王も、笑った。
けれど、その笑みはすぐに消えた。
「だから俺は、この国を守ると決めた。」
「王になったのは……そのためですか?」
「ああ。」
王は迷いなく答えた。
「俺を生かしてくれた場所だからな。」
その言葉を聞いて、私は街を見る。
色とりどりの提灯。
笑い声。
家々から漏れる明かり。
さっきまでただ綺麗だと思っていた景色が、少し違って見えた。
「……だから、この国が好きなんですね。」
「ああ。」
王は静かに答えた。
「だからこそ、失いたくない。」
その言葉に、私は王を見る。
そして、ふと疑問が浮かんだ。
「……どうして、私にその話をしたんですか?」
王がこちらを見る。
「なぜ、初対面の私に……?」
しばらく、王は黙っていた。
やがて、目を細める。
「……お前だからだ。」
「え?」
「お前は、他の奴とは違う。」
「私が……?」
「ああ。」
それ以上、王は何も言わなかった。
ただ、その目はどこか優しかった。
□□□
「迷い子。」
「……はい?」
「いつまでもそう呼ぶのも、変だな。」
王は少し考えるように黙った。
「名前はあるのか?」
私は首を横に振った。
「……ありません。」
「そうか。」
王は町を眺めた。
「なら、俺が決めてやる。」
「王が……?」
「ああ。」
少しだけ、口元が緩む。
「迷い子じゃ、呼びにくいからな。」
「……どんな名前にするんですか?」
「まだ決めていない。」
「え……。」
思わず拍子抜けしてしまう。
王はそんな私を見て、笑った。
「明日までに考えておく。」
「……はい。」
そのとき初めて。
私は、自分にも「名前」ができるのだと思った。
名前を持つということが、どういうことなのか。
私には、まだよく分からない。
けれど――
なぜだか、その名前をこの人から貰うことが、嬉しかった。




