第187話「源基」
戦艦ハルシオンが静穏海域へ近づくにつれ、周囲の海は再び異様な静けさを取り戻していた。
波は徐々に小さくなり、やがて船体の左右に広がる海面は鏡のように平坦になっていく。風そのものは吹いている。それでも水面だけが何かに押さえつけられたように動かず、ハルシオンと並走するイーゼルが生み出す航跡さえ途中で不自然に途切れていた。
フランは艦橋からその様子を眺めながら、胸の奥にある奇妙な感覚を確かめていた。
「……また近くなった」
「何がです?」
ベルトが尋ねる。
「俺とハルシオンの感覚だ。前みたいに境界が消えてるわけではない。しかし、艦全体の状態が普段よりはっきり分かる」
「危険なのでは?」
「今のところは問題ない。それに、今回は私も何が起きているかを自覚できている」
フランは右手をゆっくり握る。structūra imperium(構造物制御)は暴走していない。ハルシオンも彼を取り込もうとはしていない。ただ、艦内に眠っていた古代構造物が静穏海域へ反応することで、フラン自身の能力因子まで強く共鳴している。
同じ作戦室では、惣一とデウスもそれぞれ異なる形で変化を感じ取っていた。
「神足通は?」
ソウヤが惣一へ尋ねる。
「安定している。ただ、地下祭殿へ入った時と似た感覚がある。能力そのものが、この場所を既知のものとして扱っているようだ」
「デウスは?」
「同じではない」
壁際に立っていたデウスが答えた。
「私は外部構造へ依存しない。その代わり、共鳴源が近づくほど能力因子そのものが鮮明になる」
「それって苦しくないのか?」
「不快ではある」
「意外と普通の感想出るんだな」
「私を何だと思っている」
「ずっと遠くから見てる謎の人」
アメスが思わず笑った。
「だいたい合っていますね」
「アメス」
「何ですか?」
「否定してくれ」
「無理です」
そのやり取りを横目に、タジは世界各地から届く能力反応を解析し続けていた。
「広域共鳴率、まだ上がってる」
「どれくらい?」
「前回のデータを基準にすると、もう六十パーセント近い。ただし、この数字自体が何を意味してるかはまだ分からない」
大型モニターには各地域の異常が表示されている。能力の強制発動や一時的な能力消失、反動増大など、症状は依然として統一されていない。ただ、その一方で興味深い変化も起き始めていた。
「これを見てくれ」
タジが複数の事例を拡大する。
「異常が一度発生したあと、自力で制御を取り戻した能力者が増えてる」
「ドルクみたいに?」
「そう。ドルクほど強引じゃないけど、自分の能力を再認識することで落ち着いた例がいくつも出てきた」
「やっぱり本人の意思が重要ってことか」
ソウヤの言葉にタジは頷く。
「かなり重要。ただ、それだけじゃ説明できない。能力を受け入れてる奴でも異常が起きてるし、逆にずっと能力を嫌ってるのに何も起きてない奴もいる。広域共鳴が何を基準に個体差を出してるのかはまだ不明」
そこで惣一が静かに口を開いた。
「『次段階移行条件、未達』」
全員の視線が向く。
「海底の存在がそう言っていた」
「何が足りないんだろうか」
ソウヤが考え込む。
「三系統は揃った。第一が名取さん、第二がフラン、第三がデウス。だったら普通に考えれば、次に必要なのは……」
「第四では?」
夢幻がさらりと言う。
作戦室が一瞬静かになった。
「やめてくれ」
ソウヤが顔をしかめる。
「話がまた増える」
「しかし可能性としては自然です」
「地下祭殿では三系統しか出なかったぞ」
刹那が補足する。
「だからこそ、三つが全てなのかという話を惣一様もされていました」
フランが椅子へ深く座る。
「勘弁してくれ。第二ってだけでもまだ飲み込めていないのに、第四とか第五まで出てきたら覚えきれん」
「艦長、そこですか?」
「大事であろう」
タジは会話を聞きながらも手を止めなかった。
「第四がいるかどうかは分からない。でも、次段階条件が『人』とは限らない」
「どういう意味?」
「三系統が集まった。でも、それだけじゃ足りない。なら必要なのは場所、物質、能力反応、あるいは特定の状態かもしれない」
ソウヤは静穏海域の方向を見る。
「海底の奴そのものとか?」
「それもあり得る」
デウスがそこで口を開いた。
「一つ心当たりがある」
全員が彼を見る。
「また後出しかよ」
フランが早速不満そうな顔をする。
「確証がなかった」
「先に言え。確証なくても聞くから」
「分かった」
「今度からだからな?」
「ああ」
フランが僅かに満足そうに頷き、ベルトが小声で呟く。
「艦長、ちょっと教育してません?」
「こういう奴には言わないと直らない」
「艦長もですけどね」
「何か言ったか?」
「何も」
デウスは二人を無視して続けた。
「第三継承系統に残っている古い記録では、三系統は単独で存在していたわけではない。原型能力因子を安定させるための『基準』があったとされている」
「基準?」
タジが聞き返す。
「詳細は失われている。ただ、第一、第二、第三の能力因子はそれぞれ性質が異なる。それらを同一の系統群として成立させるには、共通して参照する何かが必要だった」
「それが次段階の条件かもしれないと?」
「可能性はある」
惣一が腕を組む。
「その基準は人間か?」
「分かりません。ただ、第三の記録では『源基』と呼ばれていたと」
「源基?」
ソウヤが聞き返す。
「源となる基準、とでも考えればいい」
「また新しい言葉が増えた……」
「覚えなくても死にはしないさ」
「そういう問題じゃないんだよ!」
タジはすぐに過去資料へ検索を掛ける。
「源基……源基……駄目だ。GENESISにもオールドマンの研究にも、そのままの単語はない」
「名取家の古文書には?」
ソウヤが惣一を見る。
「私が読んだ範囲にはなかった。ただし地下祭殿には、まだ解析していない情報が残っている」
「ハルシオンの黒い球体は?」
フランが通信を入れる。
「ヴァブ、表示変わってない?」
『確認します』
数秒後。
『フラン艦長、新しい表示が出ています』
「解読可能か?」
『こちらでは無理です』
「今行く」
フランが立ち上がる。
「……全員来るのか?」
「あぁ、同行させてもらおうか」
惣一もすぐに続いた。
◇
古代構造物の収められた区画へ入ると、黒い球体は以前より強い光を放っていた。
そこから伸びる三本の光は、惣一、フラン、デウスが近づいた瞬間に再び反応し、それぞれへ一度だけ触れるように伸びたあと球体へ戻っていく。
そして表面へ新たな文字が浮かび上がった。
「……読める」
フランが最初に口を開く。
「『原型三系統、集結状態を維持』」
続いて惣一が表示を追う。
「『広域共鳴、進行中』」
デウスがその先を読む。
「『源基反応――未検出』」
タジが身を乗り出した。
「本当に出た」
「やっぱり次の条件はその源基ってやつか」
ソウヤも球体を見る。
「どこにあるのだ?」
フランが尋ねると、球体の表示が変化した。
「質問に答えたのか?」
「こちらの言葉を理解しているのかもしれないな」
惣一が観察する。
フランが新しい文字を読む。
「『源基位置情報――欠損』」
「はい、解散」
ソウヤが即座に言った。
「早い」
「だって場所分かんないんだろ!」
「続きがある」
デウスが止める。
さらに表示が出現する。
「『最終観測記録――東方大陸』」
室内が静かになった。
「東方大陸?」
イレイダが眉を寄せる。
「時代によって呼び方違うだろ。それだけじゃ広すぎる」
タジも頷く。
「古代記録で『東方』って言われても日本とは限らない。中国大陸かもしれないし、もっと広い文化圏を指してる可能性もある」
「次」
フランが表示を読む。
「『源基、移送済』……その後が欠けてる」
「誰が移送した?」
惣一が問いかける。
球体は一度点滅し、新しい表示を返した。
「『管理個体』」
「それは人間か?」
ソウヤが尋ねる。
再び表示が変わる。
「……『生体』」
「人間とは断言していないな」
「嫌な言い方するなよ」
ソウヤの顔が引きつる。
デウスは球体を見つめたまま動かなかった。
「管理個体……」
「知っているのですか?」
アメスが尋ねる。
「言葉だけだ」
「今度はちゃんと全部言えよ」
フランが釘を刺す。
「ああ。古い第三系統の記録に、『源基には管理者が必要』という断片があった。だが、管理者が何者なのかまでは残っていなかった」
惣一は静かに考える。
「源基自体ではなく、その管理個体を探す方が早い可能性がある」
「でも古代から生きてるってことにならないか?」
ソウヤが首を傾げる。
「普通の人間なら無理だろ」
「世代継承かもしれない」
タジが答える。
「役割そのものが引き継がれてる可能性もある」
その時。
黒い球体が突然強く光った。
「何だ!?」
フランが一歩下がる。
今度は三系統への反応ではない。
外部から何かを受信したように、球体内部の光が一方向へ集中していく。
タジの端末にも同時に警告が出た。
「待て。外部から能力反応!」
「静穏海域?」
「違う。もっと遠い」
タジが位置情報を解析する。
「欧州方面……いや」
「ロスマン?」
ソウヤが尋ねる。
「近い。でもドルクの反応じゃない」
「じゃあ何?」
「能力反応じゃない……?」
タジが表示を何度も確認する。
「少なくとも通常の能力者波形じゃない。でも黒い球体がそっちへ反応してる」
フランが表示を読む。
そして眉を寄せた。
「『源基関連反応を検出』」
「ロスマン方面に?」
「ああ」
部屋の空気が変わった。
◇
ほぼ同時刻。
ロスマン協定の拠点では、カルラが国連安全保障機構から送られてきた情報を整理していた。
ドルクは休むよう命じられていたにもかかわらず、いつの間にかソファから起き上がり、机へ広げられた資料を横から読んでいる。
「ドルク様」
「何だ」
「寝てください」
「寝ている場合ではない」
「一時間前にも同じことを仰いました」
「状況が変わった」
「何も変わっていません」
「私の気分が変わった」
「最も信用できない変化です」
ドルクは不満そうに椅子へ座った。
「聖舩とやらからの情報は?」
「太平洋の静穏海域、能力因子の広域共鳴、三つの古代継承系統について共有がありました。ただし一部は機密指定されています」
「全部話せと言ったはずだがな」
「国連側にも守秘義務があります」
「嫌いだ、そういうの」
「ドルク様も秘密は多いでしょう」
「私はいい」
「よくありません」
カルラは淡々と資料をめくる。
「それより興味深いものがあります」
「何だ?」
「太平洋側で観測された古代構造物の記号です」
端末へ一つの紋様を表示する。
ハルシオンの黒い球体から抽出された図形の一部。
ドルクはそれを見た瞬間、表情を変えた。
「……カルラ」
「はい」
「これはどこから?」
「戦艦ハルシオンという能力型戦艦の内部の構造物だそうです」
「違う」
「何がです?」
「この紋様を知っている」
カルラの手が止まった。
「どこで?」
ドルクはすぐには答えなかった。
視線を落とし、記憶を探るように眉を寄せる。
「ロスマン王宮だ」
「王宮?」
「ああ。子供の頃に一度だけ見た」
ドルクの声が低くなる。
「地下だ」
カルラの表情が変わった。
「王宮地下に、その紋様が?」
「正確には紋様だけではない。黒い石板があった。誰も触るなと言われていたから詳しくは知らないのだ。皇族の中でも限られた者しか入れない場所だった」
「ドルク様は入ったのですか」
「皇女だったからな」
「勝手に?」
「……正式に連れていかれた」
「今の間は何です?」
「気にするな」
ドルクは立ち上がり、端末を奪うように手に取った。
「聖舩へ繋げ」
「体調は?」
「今はそれどころではない」
「また倒れたら?」
「お前が担げ」
「当然そのつもりです」
「頼もしいな」
カルラは通信を開始する。
数秒後。
『柊だ』
「ドルク・B・ロスマンだ」
『体調は』
「初対面の相手に最初に聞くことがそれか?」
『能力使用によって寿命を消耗したと報告を受けている』
「……本当に面倒な男だな」
『よく言われる』
「気が合いそうで嫌悪感がすごいのだがな」
カルラが横で僅かに笑った。
「本題だ。お前たちから送られてきた古代構造物の紋様。私は見たことがある」
通信の向こうが静かになる。
『場所は』
「ロスマン共和国、旧王宮地下」
『確実か』
「忘れるようなものではない。私が皇女だった頃、地下に保管されていた」
『今も存在するのか?』
「分からない。私は追放されてから一度も王宮へ戻っていない」
聖舩は少し沈黙した後、低い声で尋ねる。
『その地下には何があった』
「黒い石板。祭壇のようなもの。それから――」
ドルクはそこで言葉を止めた。
子供の頃の記憶。
暗い地下。
大人たち。
触れてはならないと言われた黒い石板。
そして、その奥。
「……人のようなものがいたような」
『人?』
「眠っていたように見えた」
カルラも初めて聞いたらしく、ドルクを見る。
「誰かご存知ですか?」
「分からない。子供の頃だったからな。ただ、透明な容器のようなものに入れられていた。それ以上は近づかせてもらえなかった」
聖舩の声が僅かに変わった。
『年齢や性別は』
「覚えていない。ただ――」
ドルクは自分の記憶を辿る。
「生きているようには見えなかった」
『死体か』
「いや。死んでいるとも思わなかった。眠っている、としか表現できない」
通信の向こうで何かを操作する音が聞こえる。
『ドルク。その地下へ行けるか』
彼女の顔から僅かな笑みすら消えた。
「今の私に故郷へ戻れと言うのか」
『必要ならば』
「馬鹿を言え!私は今、追放された身だ。共和国政府が歓迎するとでも?」
『歓迎される必要はない』
「お前、国連の人間だよな?」
『そうだ』
「それなのに不法侵入を勧めるのか」
『私はそんなことを言っていない』
「今ほぼ言っただろう」
聖舩は構わず続ける。
『正式ルートはこちらで作る。ロスマン共和国政府には国連経由で調査要請を出す』
「通ると思うか?」
『通す』
ドルクが一瞬黙った。
「……本当に面倒な男だ」
『二度目だ』
「気に入ったという意味だ」
『それは光栄だ』
「調子に乗るなよ」
通信を切った後、カルラがドルクを見る。
「戻られるのですか?」
「……」
「ロスマン共和国へ」
ドルクは窓の外へ視線を向けた。
追放されてから、二度と戻らないと決めていた場所。
自分を恐れ、皇女という立場すら奪い、国外へ追い出した故郷。
だが、その地下に世界規模の能力異常へ繋がる何かが眠っている可能性がある。
「無理だ」
「では断りますか?」
「嫌だ」
「子供ですか」
「うるさい」
カルラはしばらく黙っていたが、やがてドルクの隣へ立った。
「私はどちらでも構いません」
「何がだ?」
「戻られるなら共に行きます。戻られないのならば、それでも構いません」
「……簡単に言うな」
「私にとっては簡単です」
カルラはいつも通りの声音で答えた。
「私はロスマン共和国に仕えているのではありません。あなたに仕えていますので」
ドルクは彼女を見た。
そして僅かに目を細める。
「そういう台詞を真顔で言うな」
「事実です」
「恥ずかしくないのか」
「特には」
「私が恥ずかしい」
カルラの口元が少しだけ緩んだ。
◇
ハルシオンでは、聖舩からの報告が共有されていた。
「ロスマン王宮の地下……」
タジが世界地図へ地点を追加する。
「黒い石板に同じ紋様。それに眠ってる人間みたいな存在?」
「源基の管理個体じゃない?」
ソウヤが言った。
デウスはすぐには答えなかった。
「可能性は高い」
「高いんだ」
「ああ。管理個体が生体であるという情報とも一致する」
惣一は腕を組んだ。
「なら次の目的地はロスマン共和国になるな」
「静穏海域は?」
フランが尋ねる。
「こちらも無視はできない」
「二手に分かれる?」
ソウヤの問いに、タジが難しい顔をする。
「世界の能力異常も進行中。静穏海域も調べたい。ロスマン王宮も怪しい。人数が足りなくなってきたぞ」
「元から全員で動く必要はない」
惣一が答える。
「静穏海域はハルシオン、イーゼル、そして我々の一部で継続調査する。ロスマン共和国については現地を知るドルクたちを中心に動く方がいい」
イレイダが笑う。
「だったら私がロスマンへ行く」
「目的は?」
「最強剣士とのお手合わせさ」
「却下だ」
「即答か」
「お前をカルラへ会わせると話が進まなくなる」
「偏見だ」
「経験則だ」
「名取さん、イレイダの扱い上手くなってるな」
ソウヤが感心したように言う。
その場に小さな笑いが生まれたが、すぐに新しい警告音が鳴った。
タジの端末。
「またか、今度は何だ?」
「世界側じゃない」
タジが表示を見る。
「静穏海域から反応」
ハルシオンまでの距離。
残り十数キロ。
その海面中央で、以前と同じ淡い光が浮かび上がっている。
「海底の奴?」
「たぶん」
さらに観測値が上がる。
フランの黒い球体も同時に光を強めた。
「表示が来た」
フランが文字を追う。
「『原型三系統、接続範囲内』」
次の一文を惣一が読む。
「『源基関連反応、遠隔検出』」
そしてデウスが最後を読み上げた。
「『管理個体――生存可能性あり』」
ドルクの記憶と一致した。
ロスマン王宮地下に眠る何者か。
それが古代能力因子の源基を管理する存在である可能性は、一気に高まった。
ただし表示はそれだけでは終わらなかった。
新しい文字列が現れ、今度は三人が同時に黙る。
「どうした?」
ソウヤが尋ねる。
フランがゆっくり口を開いた。
「……『管理個体覚醒までの推定猶予』」
「どのくらい?」
惣一が続きの数値を見る。
「七十二時間」
室内が静まり返った。
「三日?」
「ああ」
「三日経つと何が起こる?」
球体へ問いかけても、明確な説明は返ってこない。表示されたのは、ただ一文だけだった。
『源基制御権、再接続』
タジが眉を寄せる。
「それ、良いことなのか悪いことなのか分からないんだけど」
「少なくとも、今の広域共鳴と関係があるのは間違いない」
惣一はロスマン共和国の位置が表示された世界地図を見る。
「七十二時間以内に管理個体へ接触する必要がある」
「ドルクに任せる?」
「任せきりにはできない」
デウスが答えた。
「源基が本当に再接続されるなら、第一、第二、第三にも影響が出る可能性がある」
「なら誰か一緒に行くべきだな」
フランが言う。
ソウヤは一度惣一を見て、それから世界地図へ視線を戻した。
「また忙しくなってきたな」
「今まで暇だったことがあるか?」
イレイダが返す。
「……ないかも」
能力自律化の原因を追い始めた時、彼らが見ていたのは世界各地で暴走する能力者だった。
しかし今は、そのさらに奥にある古代の能力因子、その三つの継承系統、源基、そして管理個体という存在まで辿り着いている。
しかもロスマン共和国には、その管理個体かもしれない存在が眠っている。
そして何より、残された時間は三日しかない。
その頃、遠く離れたロスマン協定の拠点では、ドルクが出発の準備を始めていた。
「本当に行かれるのですね」
カルラが剣を腰へ装着しながら尋ねる。
「嫌だがな」
「先ほども聞きました」
「何度でも言う。帰りたくはない」
「ではなぜ準備を?」
ドルクは外套を羽織ると、少しだけ不機嫌そうに答えた。
「私を追放した国だからといって、そこで何が起きても知らんというほど薄情ではない」
カルラは何も言わなかった。
「それに、王宮地下にあるものが世界中の能力者に影響しているなら、放ってはおけん。私は能力者を恐れる国に追い出された。だからこそ、同じ理由で苦しむ奴が増えるのは気に入らない」
「ドルク様」
「何だ」
「少し皇女らしいですね」
「追放された皇女に言う台詞か?」
「失礼しました」
「絶対思ってないだろ」
「はい」
「そこは否定しろ!」
二人は拠点を出た。
行き先は、かつてドルク・B・ロゼリアが皇女として暮らし、そして能力者として恐れられ追放された国。
"ロスマン共和国"
彼女にとって最も戻りたくなかった場所に、世界規模の異常を止めるための手掛かりが眠っているかもしれない。
そしてロスマン王宮の地下深くでは、長い年月沈黙していた透明な容器の内部で、一人の人影が静かに目を閉じていた。
その胸元には、弱々しくも確かな光が宿っている。
誰も触れていない。
誰も命令していない。
それでも光は、ゆっくりと一度だけ脈打った。
七十二時間という猶予は、すでに減り始めていた。
――第187話 完




