第185話「三つの系統とロスマンの魔女」
戦艦ハルシオンの最深部。
五十二年前に太平洋海底から回収された古代構造物。その中心に残されていた黒い球体には、先ほどまでとは異なる文字列が浮かび上がっていた。
フラガラッハ・F・ミストルティン――フランだけが、その意味を理解できる。
第三継承系統――接近を確認。
その表示を前に、フランは腕を組んだまま黙り込んでいた。
名取家の地下祭殿では、第一継承系統として名取惣一が認識された。そして、このハルシオンでは自分が第二継承系統として認識されている。さらに第三継承系統は外部構造を必要としない「生体単独型」と表示され、その候補として能研側の解析に浮かび上がったのがデウスだった。
そのデウスとアメスが、現在ハルシオンへ向かっている。
偶然と考えるには出来すぎていた。
『艦長、聞こえますか?』
通信機からベルトの声が届く。
「ああ。そちらは?」
『デウスとアメスは依然としてイーゼルの近くにいます。こちらからの警告にも従っています。今のところ敵対行動はありません』
「素直だな」
『素直すぎて逆に怖いです』
「分かる」
フランは苦笑しながら黒い球体を見る。
「こっちは第三継承系統の接近表示が出たまま。距離も方角も出ていない」
『なら、やはり……』
「デウスだろうな。ただし決めつけるなよ。アメスの可能性も残ってる」
『はい』
「それとベルト」
『はい?』
「無茶するなよ」
通信の向こうで数秒の沈黙があった。
『それ、今の艦長にだけは言われたくありません』
「何故だ」
『勝手に動く戦艦の中で古代の球体と会話してる人が何を言ってるんですか』
「会話はしてない。文字読んでいるだけだ」
『大差ありません!』
フランが少し笑う。
そこへヴァブが駆け寄ってきた。
「フラン艦長、進路に変化!」
「止まったのか?」
「いえ。静穏海域への航路は維持しています。ただ、速度上昇が止まりました」
「黒い球体がデウスたちを認識した直後にか?」
「ほぼ同時です」
フランの表情から笑みが消える。
ハルシオンは静穏海域へ引き寄せられている。それ自体は変わっていない。しかし第三継承系統らしき存在が接近したことで、まるで相手を待つように速度を落とした。
「……やはりこいつ、分かって動いてるな」
「ハルシオンが、ですか?」
「正確にはこいつだろうな」
フランは黒い球体を見る。
「ハルシオンそのものが意思を持ったわけじゃない。五十二年前に組み込まれたこいつが、私のstructūra imperiumを経由して艦の構造を動かしている」
「では切り離せば?」
ウルスラの問いに、フランはすぐには頷かなかった。
「今は無理だ。私とこいつが第二継承系統として繋がっているのならば、下手に切れば何が起きるか分からない。それに――」
彼は静穏海域の方角を見る。
「ここまで来たなら、私も知りたい。私の能力が何なのか。どうしてハルシオンとここまで繋がったのか。そして……第二継承系統ってのが何なのかをな」
◇
それからおよそ一時間後。
戦艦イーゼルはハルシオンとの距離を大幅に縮めていた。
デウスとアメスもまた、イーゼルと一定の距離を保ったまま移動している。二人とも飛行用装備を身につけている様子はなく、空中を移動する方法についても説明しようとはしなかった。
イーゼル艦橋では、ベルトが二人の動きを監視し続けている。
「対象二名、依然敵対行動なし」
「ハルシオンは?」
「速度安定。現在の航路を維持した場合、約四十分後に接触可能圏内へ入ります」
「能研側は?」
「移動中です。こちらとの合流地点へ向かっています」
「了解」
ベルトは一度だけ息を吐いた。
直後。
『戦艦イーゼル』
艦橋へデウスの声が響いた。
ベルトが通信を開く。
「何ですか」
『ハルシオンが速度を落としたな』
「分かるんですか?」
『あれが第三を認識した』
ベルトの目が鋭くなる。
「やはりあなたが第三なんですか」
『まだ確信していないのか』
「本人の口から聞いてませんから」
その返答に、隣のアメスが僅かに笑った。
『慎重だな』
「艦長の周りには変な人が多いので」
『なるほど』
「納得しないでください」
デウスは少しだけ沈黙した後、初めて明確に答えた。
『第三継承系統は私だ』
艦橋の空気が変わった。
ベルトは表情を崩さなかったが、通信を記録していた艦員たちは互いに視線を交わしている。
「……認めるんですね」
『隠し続ける意味がなくなった』
「だったら聞かせてください。第一、第二、第三って何なんです?」
『それを話すには、三人が揃う必要がある』
「名取惣一、フラン艦長、あなたですか?」
『そうだ』
「何故」
『三つは同じではないからだ』
デウスはそれ以上答えない。
「またそれですか」
『ハルシオンへ着けば話す』
「逃げませんか?」
『逃げる理由がない』
ベルトはしばらくデウスを睨んだ後、通信を切った。
「……絶対艦長と気が合わないタイプだ」
艦員が恐る恐る尋ねる。
「フラン艦長とですか?」
「話を最後まで説明しない人、艦長すごく嫌いだから」
◇
その予想は正しかった。
ハルシオンとイーゼルが合流した後、デウスとアメスはハルシオンへの乗艦を許可された。ただし自由行動ではない。ベルト、ヴァブ、ウルスラが監視につき、能研が到着するまでは最深部へ近づかないという条件付きだった。
そして二人が艦橋へ入った瞬間。
「デウスか」
フランが真正面から尋ねた。
「ああ」
「第三?」
「そうだ」
「詳しく説明しろ」
「三人が揃ってからだ」
「帰れ」
「艦長!?」
ベルトが慌てて止める。
「私は、こういう勿体ぶる奴が嫌いなんでね」
「お気持ちは分かりますけど!」
デウスは怒るどころか、フランをじっと観察していた。
「何だ」
「いや」
「言え」
「第二らしいと思っただけだ」
「それが何なのかを説明しろって言ってんだ!」
アメスが小さく息を吐く。
「デウス。少しくらい説明してもいいのではありませんか?」
「三者が揃わなければ意味がない」
「ほら。こういう人なんです」
「お前も苦労してるのだな」
フランとアメスの間だけ妙な理解が成立する。
デウスは気にする様子もなく、ハルシオンの床へ視線を落とした。
「それにしても、第二が戦艦と一体化するとは予想すらしていなかった」
フランの表情が変わる。
「私がハルシオンと繋がってることまで知ってるのか」
「現在の状態については知らなかった。だが第二継承系統が、構造物との接続に適した因子系列であることは知っている」
「……structūra imperiumは偶然ではないと?」
「偶然という言葉をどこまで認めるかによる」
「そういう言い方が気に食わんのだ」
「艦長、落ち着いて!」
ベルトに止められ、フランは渋々引き下がった。
だが今の一言だけでも重要だった。
第一、第二、第三は単なる番号ではない。それぞれ異なる特性を持った能力因子の継承系列である可能性が、さらに強まったのだ。
◇
能研側がハルシオンへ到着したのは、その少し後だった。
ソウヤ、惣一、イレイダ、刹那、夢幻、そしてタジ。ハルシオンへ足を踏み入れた瞬間、惣一は僅かに眉を寄せた。
「……近いな」
「何がですか?」
ソウヤが尋ねる。
「地下祭殿と同じ感覚がある」
「古代構造物?」
「ああ。ただし、こちらは私へ反応しているわけではない」
「フランに?」
「恐らくな」
案内された艦橋へ入る。
そこにはフラン。
そして。
デウスとアメス。
遥か遠方の建物から戦いを見ていた二人と、今度は真正面から対峙することになった。
ソウヤがデウスを見る。
「やっと近くまで来たな、傍観者」
デウスもソウヤを見た。
「マランにもそう呼ばれた」
「聞こえてたのかよ」
「あの程度の距離ならな」
「どんな耳してんだ……」
イレイダは二人を警戒したまま壁へ寄り掛かる。
「攻撃などはしないだろうな?」
「今はな」
「その言い方が、一番信用できないやつなんだがな」
惣一は無駄な問答を挟まず、デウスの前へ立った。
「第三継承系統だと認めたそうだな」
「ああ」
「なら話せ」
「そのために来た」
デウスは惣一を見る。
次にフラン。
そして最後に自分の胸へ手を置いた。
「第一、第二、第三。この呼称を付けたのは人間ではない」
タジが即座に端末を起動する。
「古代構造物を作った連中か?」
「その認識でいい」
「観測端末を作った存在と同じか?」
「そこまでは断定できない」
デウスは淡々と続ける。
「古代の太陽活動によって、地球に存在していた未知因子が活性化した。その結果として生まれた能力因子原型は、一種類ではなかった」
惣一が目を細める。
「複数に分岐したのか?」
「そうだ。その中でも特に安定し、後世まで継承可能だった三系統。それが第一、第二、第三と呼ばれている」
ソウヤは三人を見る。
「じゃあ、この三人は始祖ってこと?」
「違う」
デウスは明確に否定した。
「我々は始祖ではない。現代までその特徴を強く残した継承者だ」
「他の能力者にも古代因子自体はあるのか?」
「当然だ。能力者という存在そのものが、その末裔だからな。ただし長い年月の中で混ざり、変化し、個別の能力へ分岐した」
タジが納得したように頷く。
「だから名取さんの能力因子だけ古い特徴が強く残ってたのか」
「第一は特に血統継承との相性が強い。名取家が長期間、同一系統を保持したことも大きいだろう」
「第二は?」
フランが尋ねる。
「構造共生」
その一言でフランの表情が変わった。
「生体と構造物の境界を拡張し、双方を一つの系として成立させる。お前のstructūra imperiumは、その性質が現代の能力として現れたものだろう」
フランは自分の足元を見る。
心臓を艦内に置き、身体とハルシオンをリンクさせ、巨大戦艦そのものを能力で操る。
あまりにも特殊だった自分の在り方。
それが第二継承系統の性質なら、確かに説明はつく。
「では第三は?」
ソウヤがデウスを見る。
「生体単独型なんだろ?」
「ああ。外部構造も特定の血統維持も必要とせず、能力因子そのものを一個体で高い純度に維持できる系列だ」
「それがお前ということか」
「そうだ」
「だからConclusion the world order(世界結論)みたいな強力な能力を持っているということなのか?」
デウスは一瞬だけ沈黙した。
「無関係ではないだろう」
そこで惣一が尋ねる。
「なぜ今まで黙っていた」
艦橋が静かになる。
「我々が能力自律化に苦しんでいる時も、お前たちは遠くから見ていた」
デウスは惣一の視線を受け止めた。
「確認をしていたからだ」
「何をだ?」
「三系統が今回の共鳴でどう変化するかを」
刹那の表情が険しくなる。
「つまり惣一様たちを実験対象として見ていたと?」
「結果的にはそうなる」
「随分と簡単に認めるんだな」
イレイダが壁から離れた。
空気が一気に張り詰める。
しかしアメスが口を開いた。
「デウス。言い方が悪いですよ」
「事実だ」
「だからって全てをそのまま言えばいいわけではありません」
アメスは能研側を見る。
「私たちにも確信がなかったのです。今回の異常が単なる能力暴走なのか、それとも古代因子そのものが再活性化しているのか。下手に介入すれば、かえって共鳴を強める可能性もありました」
惣一はしばらく二人を見た後、それ以上は追及しなかった。
「その話は後だ」
「いいんですか?」
ソウヤが尋ねる。
「今は静穏海域だ」
惣一は窓の向こうを見る。
ハルシオンは今なお海底の存在へ向かっている。
「三系統が揃ったことで何が起きる」
デウスも同じ方向を見た。
「それを私も知りたい」
「……知らないのか。覇者の使徒なのだろう」
「覇者の使徒だからとはいえ、全てを知っているわけではない」
フランが露骨に嫌そうな顔をする。
「ここまで勿体ぶってそれか」
「事実だ」
「やはり、こいつは嫌いだ」
「艦長、声に出てます」
◇
その直後であった。
ハルシオン最深部から強烈な能力反応が発生した。
「黒い球体!」
ヴァブから緊急通信が入る。
『フラン艦長!球体が再起動しました!』
「何が出ている!」
『こちらでは読めません!』
「今すぐ行く!」
フランを先頭に、一同は最深部へ向かった。
古代構造物の部屋へ入った瞬間、惣一の神足通が僅かに反応する。同時にデウスも足を止め、黒い球体へ視線を向けた。
「三系統……」
黒い球体から三本の光が伸びた。
一つは惣一。
一つはフラン。
そして最後の一つは、迷うことなくデウスへ向かう。
「確定だな」
タジが呟く。
三本の光が球体へ戻り、一つに重なる。
すると今までフランにしか理解できなかった文字が変化した。
「……読める」
惣一が言った。
「私もだ」
フランが続く。
デウスも黙って表示を見ている。
三人が同時に意味を理解していた。
「何て書いてあります?」
ソウヤが尋ねる。
惣一が読み上げる。
「――『原型三系統、照合完了』」
続いてフラン。
「――『継承状態、許容範囲』」
そしてデウスの表情が初めて僅かに変わった。
「どうした?」
「……続きがある」
黒い球体の表示が切り替わる。
「――『局所覚醒段階、終了』」
タジが眉を寄せる。
「局所?」
次の表示。
「――『広域共鳴段階へ移行』」
室内から軽さが消えた。
ソウヤが聞き返す。
「それって、どういう意味だ?」
誰もすぐには答えられなかった。
だがタジの端末が、それより先に異常を検出した。
「待て!」
「何だ?」
「世界各地の能力観測網からデータが一気に来てる!」
画面を開く。
北米。
欧州。
アジア。
中東。
南米。
複数の地域で、能力因子の反応が同時に上昇していた。
前回の能力自律化とは違う。
能力者が一斉に暴走しているわけではない。
地域ごと、能力者ごとに、異なる現象が発生し始めている。
「何だよ、これ……」
タジが情報を追う。
「能力が一時的に強くなった奴。逆に発動できなくなった奴。能力の性質そのものが変わった例まである……!」
デウスの表情が険しくなった。
「始まったか」
「知ってるのか?」
「可能性としてはな」
古代因子の共鳴は、全ての能力者へ同じ影響を与えるわけではない。長い年月を経て能力因子が多様化した以上、その反応もまた個体ごとに異なる。
マランの壊滅の能力異常。
フランの構造物との同化。
惣一の神足通。
それらに起きた異常は、世界で始まろうとしている現象の一例に過ぎなかったのだ。
タジの画面へ新しい警告が入る。
「欧州方面で大規模な能力反応!」
「場所は?」
「東欧寄り……ロスマン共和国周辺!」
ソウヤが聞き慣れない国名に眉を寄せる。
「ロスマン?」
「能力者関連の記録がかなり少ない国だ。ちょっと待て、国連データベースに照合する」
表示された情報は多くなかった。
しかし一人。
極めて危険度の高い能力者として、古い記録に残されている名前があった。
「ドルク・B・ロスマン……?」
デウスが僅かに反応した。
「知っているのか?」
惣一が尋ねる。
「名前だけだ。ロスマンの魔女、あるいは魔法使いと呼ばれている能力者だ」
「能力は?」
タジが記録を読み上げる。
「diabolus Invocare――悪魔召喚。悪魔の化身Daemoniumを召喚して、元素操作によって闇や炎を操る。反動は――」
そこでタジの表情が変わった。
「自身の寿命」
「寿命?」
「ああ。長時間使用は禁忌指定されてる」
イレイダが眉を寄せる。
「今回の異常で能力が勝手に発動したら最悪だな」
その懸念が正しいことを示すように、ロスマン共和国周辺の能力反応はさらに上昇していた。
◇
ロスマン共和国から遠く離れた国境地帯。
夜の森林を、二人の女性が歩いていた。
一人は長い外套を纏い、静かに前を進む。その傍らには剣を携えた女性が付き従っている。
「ドルク様」
カルラ・エルデリータ・マルティスティンが足を止めた。
「どうした、カルラ」
「先ほどから顔色が優れません」
「気のせいだ」
「私が何年お傍にいると?」
「……余計なところだけ鋭いな」
ドルク・B・ロスマン。
本名、ドルク・バルティスティン・ロゼリア。
かつてロスマン共和国の皇女として生まれながら、その能力を恐れられ、祖国を追放された能力者。
ロスマンの魔女。
ロスマンの魔法使い。
恐怖と共に語られる名前を持つ彼女は、自分の右手を見つめていた。
「能力は使っていない」
「承知しています」
「なら問題ない」
ドルクの動きが止まった。
彼女の背後。
木々の間に。
巨大な影が立っていた。
人間ではない。
黒い身体。
炎のように揺れる輪郭。
暗闇そのものを凝縮したような異形。
悪魔の化身――Daemonium。
ドルクは振り返り、その存在を見上げた。普段ならば自分の意思によって召喚されるはずの存在が、今は何の命令もなく現界している。
「……私は呼んでいない」
カルラは即座に剣を抜いた。
「お下がりください」
「カルラ。相手は私の能力だ」
「だからこそです」
非能力者であるカルラには、世界を覆い始めた能力因子の共鳴など関係ない。それでも彼女は一歩も退かず、ドルクとDaemoniumの間へ立った。
ドルクが胸元を押さえる。
「……っ」
「ドルク様!」
痛みではない。
もっと嫌な感覚だった。
身体の奥から、何かが少しずつ失われていく。
ドルクには、それが何を意味するのか分かっている。
「寿命が……削られている」
カルラの表情が変わった。
「召喚を解除してください!」
「している!」
ドルクはDaemoniumへ意識を集中する。
「戻れ」
反応しない。
「Daemonium。命令だ。戻れ!」
それでも悪魔の化身は消えなかった。
むしろ周囲の闇が濃くなり、木々の隙間から黒い炎が立ち上がる。ドルク自身の意思とは無関係に、diabolus Invocareが発動を継続している。
「……なるほど」
ドルクは苦しげに息を吐きながらも、その瞳から冷静さを失わなかった。
「世界で何かが起きているな」
「分析は後です。まずは能力を止めなければ」
「どうやって?」
「分かりません」
「堂々と言うな」
「ですが、ドルク様を死なせるつもりもありません」
カルラは剣を構えた。
能力者ではない。
炎を操ることも、空間を歪めることも、悪魔を召喚することもできない。
それでも彼女は、ロスマンの最強剣士と呼ばれている。
「相手が悪魔であろうと、神であろうと関係ありません。能力が暴走し、あなたの命を奪うというのであれば――斬ります」
ドルクは一瞬だけ目を丸くした後、僅かに笑った。
「私の能力だぞ?」
「存じています」
「斬れると思うのか」
「試してみなければ分かりません」
「相変わらず無茶を言う」
「ドルク様ほどではありません」
黒炎が森を照らす。
ドルクは自分の意思に反して現界し続けるDaemoniumを見上げた。
これはただの暴走ではない。
何かが能力そのものへ干渉している。
そして彼女にはまだ知る由もなかった。
同じ瞬間。
太平洋では三つの古代継承系統が揃い、海底で眠っていた何かが、世界規模の新たな共鳴段階へ移行していたことを。
「カルラ」
「はい」
「ロスマン協定の全員へ連絡しろ。能力者は可能な限り能力使用を控えさせる。それと世界各地の情報を集めろ」
「承知しました」
「これはロスマンだけの問題ではない」
ドルクはDaemoniumから目を逸らさなかった。
「世界中の能力者に、同じようなことが起き始めている」
古代から現代へ受け継がれてきた能力因子。
その異常は、もはや太平洋の一海域だけに留まらない。
日本では能研。
海上ではハルシオンとイーゼル。
そして遠く離れたロスマンの地では、追放された皇女とその最側近が、新たな異変へ巻き込まれようとしていた。
能力者の世界は、静かに次の段階へ入った。
――第185話 完




