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Psycer Brain ─ 神に抗え。その力で運命を変えろ─  作者: n217 (嘯江 新)


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183/187

第183話「再異常 ─戦艦ハルシオン─」

 名取家の地下祭殿を出た惣一たちが能研ハウスへ戻った時、すでに状況は大きく動いていた。


 リビングの大型モニターには太平洋上を進む戦艦ハルシオンの航跡が表示され、その進行方向には、つい先ほどまでソウヤたちが調査していた静穏海域がある。通常航行ならまだ時間的な余裕はあるはずだったが、問題はハルシオンが誰の命令も受け付けていないことだった。


「現在速度、上昇中。操艦系統は完全に応答なし」

 タジが椅子へ座るなり端末を開き、ハルシオンから送られてくる情報を確認する。

「フランさん本人は?」

 結衣が尋ねる。

「意識あり。会話もできてる。ただ、structūra imperiumの反応が妙だ。前回みたいな暴走ではない」

「どう違う?」

 イレイダが腕を組む。

 タジは少し考えてから答えた。

「前は能力がフランとハルシオンを一つにしようとしてた。今回は逆に、フラン本人を置いてハルシオンだけが何かに引っ張られてる感じに近い」

「能力そのものが静穏海域へ向かおうとしているのか?」

 惣一が言う。

「恐らく。しかも、フランが止めようとすると一時的に速度が落ちる。でも数秒後にはまた戻るという感じですね」

「つまり完全に命令無視ではないということか」

「はい。フランとの接続は残ってる。でも優先順位が変わってます」

 その言葉に、ソウヤは嫌なものを感じた。

「何かに呼ばれてるってこと?」

「今のところ、それが一番近い」

 マランが壁際から低く言う。

「海底の存在か」

「可能性は高い」


 タジは画面を切り替える。

 ハルシオン内部の能力波形と、静穏海域で観測された共鳴源の波形。完全一致ではない。しかし、周期の一部が明らかに同期している。


「これ、さっきからどんどん重なってきてる」

「何パーセント?」

「今で六十七。最初は二十台だった」

「上がるとどうなる?」

「分からん」

「最近そればっかりだな」

 ソウヤが頭を掻く。

「こっちだって好きで言ってない!」

 タジが言い返したその時、通信が入った。

 送信元はハルシオン。

『能研、聞こえるか』

「フラン!」

 ソウヤが反応する。


 映像が繋がる。


 そこに映っていたフランは意識こそはっきりしているものの、顔色は悪かった。背後ではベルトとヴァブが複数の端末を操作し、ウルスラが艦内状況の報告を受けている。


『悪いな。落ち着いたと思った矢先にこれだ』

「身体は大丈夫なのか?」

『大丈夫と言いたいところだが、あまり調子がな』

『今すぐどうこうなる感じではない。でも、ハルシオンが何を感じてるのか全部流れ込んでくるのだ』

「何を感じてるんだ?」

 フランは少し言葉を選んだ。

『……懐かしい』

 全員が黙る。

「懐かしい?」

『私にも意味が分からない。でもハルシオンが静穏海域の方向を向くたび、そう感じる。戻らなきゃいけない、みたいな……』


 惣一の表情が変わった。


 地下祭殿。

 黒い板。

 自分に表示された言葉。

 ――帰還を確認。


「フラン」

『何だ』

「ハルシオンの中に、古い何かは残っていないか。お前が作った覚えのない構造物、あるいは艦の建造以前から存在する部品だ」

 フランは眉を寄せた。

『急に何の話だ』

「名取家で似た現象が起きた」

『似た?』

「私の神足通が、古代から残る構造物へ反応した。そこでは私自身を“帰還した個体”として認識された」

 フランの目が僅かに見開かれる。

『……ちょっと待て』

 フランはベルトを見る。

「ベルト」

『はい』

「艦の最古構成データ、出せるか」

『建造初期からですか?』

「それより前だ」

『前?』

「ハルシオンは、完全新造ではなかったよな」

 ベルトの表情が変わった。

『……はい。中枢の一部に、原型船体から引き継いだ構造があります』

「そこだ」

 フランは通信越しにソウヤたちを見る。

『調べる。少し待ってくれ』

 映像が切れた。

     ◇

 数分後。

 戦艦ハルシオン内部では、フランたちが艦隊中枢のさらに下層へ向かっていた。

 ベルト、ヴァブ、ウルスラも同行している。

「艦長、あの区画へ行くのは久しぶりですね」

「ああ。私も建造時に一回見たくらいだ」

「何があるんですか」

 ウルスラが尋ねる。

「正直、私も詳しくは知らないのだ」

「艦長ですら?」

 ベルトが呆れたように言う。

「設計全てを覚えてる艦長がいたら気持ち悪いだろ」

「艦長なら覚えてそうだから困るんです」

「私を何だと思ってる」

「ハルシオンの一部」

「今、それ言うのか?」

 ベルトが「あ」と口元を押さえる。

「……すみません」

「謝られると余計気まずいな」

 フランは苦笑した。

 少し前なら笑えなかっただろう。

 ハルシオンと自分の境界を見失いかけた経験は、まだ生々しく残っている。


 ただ、今は違う。

 怖いものを怖いまま認めることを覚えた。

 だからこそ、艦の奥で感じる奇妙な懐かしさも無視できない。

「ここだ」

 やがて一行は、通常の艦内図にはほとんど表示されない区画へ到着した。

 そこには巨大な隔壁がある。

 外見だけなら古い機関室へ続く扉に見える。しかし材質が違う。

「これ……」

 ヴァブが壁へ近づく。

「ハルシオンの現行装甲ではありません」

「知っている」


 フランが触れる。

 指先へ冷たい感触が伝わる。


 その瞬間。

 胸の奥。

 いや。

 艦内にある心臓が強く脈打った。


「ぐっ……!」

「艦長!」

 ベルトが支える。

「大丈夫だ……」

「全然大丈夫に見えません!」

 フランは壁へ手を当てたまま、目を閉じる。


 見える。

 いや、流れ込んでくる。


 海。

 夜空。

 知らない時代。

 知らない人間。

 巨大な構造物。


 そして。

 空から降り注ぐ光。


「……何だ、これは」

「か?」

「私の記憶ではない」

 フランが手を離す。

「ハルシオンの記憶でもない」

「では?」

「もっと前のものだ」

 誰も意味を理解できなかった。

 フランは隔壁を見つめる。

「この構造物そのものに、何か残っている」

     ◇

 能研ハウスでは、タジがハルシオンから送られてきた区画データを解析していた。

「……うわ」

「何?」

 ソウヤが覗き込む。

「材質データがおかしい」

「また?」

「現代の合金と一致しない。ハルシオン建造時に再加工はされてるみたいだけど、基礎素材の組成が未知」

 惣一が反応する。

「天墜の欠片と比較できるか」

「やってます」


 タジが以前記録したデータと重ねる。

 数秒。

 完全一致ではない。


 だが。


「似てる」

「どれくらいだ?」

「構成元素じゃなくて能力反応の方。天墜の欠片と同じ系統のノイズが出てます」

 ソウヤが顔をしかめた。

「じゃあハルシオンにも古代の何かが使われてた?」

「可能性はある」

「フランは知っていたのだろうか?」

「本人さ知らないって」


 マランが口を開く。


「誰がそんなものを戦艦へ入れた」


 誰も答えられない。

 フラン自身が関与していない。

 ベルトも知らない。

 ハルシオン側にも詳細記録がない。


「戦艦が作られる前からあった部品を、意味も分からず使ったのかな?」

 ネリクマが首を傾げる。

「そんなことある?」

「現実には結構ある」

 タジが答える。

「軍事遺産とか旧施設の再利用とか。ただ、能力反応出す未知素材を気付かず組み込んでました、というのはさすがにヤバい」

「その原型船体ってどこから来た?」

 ソウヤが尋ねる。

 タジは資料を検索する。

「……記録が欠けてる」

「また?」

「建造計画の初期だけ機密化が異常に強い。フランが関わる前の資料がほとんどない」

「国連なら知ってるかな」

「聖舩さんに聞く」

     ◇

 その頃、柊聖舩は国連安全保障機構日本支部へ戻っていた。


 海底調査の報告処理を進めていたところへ、タジから連絡が入る。


『聖舩さん、すみません。ハルシオンの原型船体について調べられます?』

「なぜだ」

『ハルシオンが静穏海域に引っ張られてる原因、艦に組み込まれている古い構造物にあるのかもしれないからです』

「詳しく話せ」

 タジが状況を説明する。

 聖舩の表情が徐々に険しくなる。

「少し待て」

 彼は通信を維持したまま内部データベースへアクセスした。

 ハルシオン。

 建造記録。

 初期計画。

 原型船体。

 検索結果。

 表示制限。

「……なるほど」

『何かありました?』

「ある」

『本当に!?』

「ただし、私の権限でも全文は開けない」

『支部長でも?』

「ああ」


 聖舩は画面を見る。

 機密指定レベルは、通常の軍事兵器を遥かに超えている。


「計画発足は、フランが艦長になるよりかなり前だ。さらに原型船体は、日本で建造されたものではない」

『どこから?』

「回収物だ」

『回収?』

「太平洋海底」

 通信の向こうが静かになる。

『……場所は?』

 聖舩は座標を見る。

 そして、初めて明確に表情を変えた。

「待て」

『どうしたんです?』

「この座標……」


 静穏海域。

 完全一致ではない。


 だが。

 近い。


「十四年前の異常海域から数百キロ圏内だ」

『嘘だろ』

「さらに回収年を見ろ」


 聖舩の指が止まる。

 記録はかなり古い。


 十四年前ではない。

 それよりずっと前。


「……五十二年前」

『五十二年前!?』

 聖舩はデータを読み続ける。

「海底調査中、人工物らしき構造体を発見。材質不明。損傷なし。内部解析不能。その後、極秘回収」

『それがハルシオンに?』

「一部構造が後の艦艇開発へ転用されたようだ」

『誰がそんな判断したんだよ』

「記録上の責任者名が削除されている」

『またそれか……』

 聖舩は椅子へ深く座る。


 能力者が誕生する遥か昔ではない。

 しかし現代の能力研究がまだ十分に進んでいなかった時代に、人類は既に太平洋の海底から正体不明の構造物を回収していた。


 そして、その一部が。

 現在、フランとハルシオンの中に残っている。


「田島」

『はい』

「フランへ伝えろ。その区画を破壊するな」

『分かってます』

「それと、静穏海域への接近も止めろ」

『止められるならとっくに止めている!』

「……そうだったな」

『聖舩さん、一つ聞いていいです?』

「何だ」

『五十二年前に回収したなら、海底の存在はその頃からいたってことですよね』

「そうなる」

『じゃあ十四年前が最初ではないのか』

「異常が確認されたのが十四年前だっただけだ」

『……なるほど』


 十四年前。

 初めて存在したのではない。

 初めて「目立つほど反応した」。

 その違いは大きかった。

     ◇

 ハルシオン内部。

 フランは古い隔壁の前で、聖舩から送られてきた情報を聞いていた。

「五十二年前……?」

『そうだ』

「私が生まれる前ではないか」

『当然だ』

「そりゃそうだが」

 ベルトも通信を聞いている。

『つまり、この区画は海底回収物を転用したもの……』

「そうらしい」

 フランは隔壁を睨む。

「だから私の能力が反応していると?」

『可能性はある』

「しかし、私のstructūra imperiumは構造物を操る能力だ。古いからって特別扱いする理由がない」


 聖舩は少し考える。


『名取惣一の能力が古代構造物へ反応したのと同じなら、能力因子側が何かを認識しているのかもしれない』

「能力因子が記憶しているって?」

『そこまでは言っていない』

「可能性はあるのか?」

『否定はしない』


 フランは壁へもう一度手を置いた。


 今度は慎重に、情報が流れ込む。


 断片的。

 しかし先ほどより明確。


 海底。

 暗闇。

 巨大な構造。

 その内部。

 複数の人型。


 そして。

 空へ伸びる光。


「……」

「艦長?」

 ベルトが覗き込む。

「何が見えました?」

「分からない」

「またそれですか」

「しょうがないだろ。私の記憶ではないのだから」


 フランは頭を押さえる。


「でも、一つだけ分かる」

「何ですか?」

「この壁。」

 彼は隔壁を見上げる。

「ハルシオンに使われる前から。」

「何かを待ってた。」

 ベルトの表情が曇る。

「何を?」


 フランは答えなかった。

 その必要がなかったからだ。


 次の瞬間。

 隔壁が自動的に開いた。

 誰も操作していない。

 フランも能力を使っていない。


「……開いた?」

 ヴァブが端末を見る。

「ロック解除信号なし!」


 隔壁の奥は暗い。


 そして。

 内部から。

 淡い光が漏れている。


「行きますか?」

 ベルトが尋ねる。

 フランは少し考えた。

「行く」

「即答ですね」

「艦長だからな」

「それ理由になってません」

「私の艦の中に知らない部屋があって、しかも勝手に開いたんだぞ。行かない方がおかしいではないか」

「そういうところ嫌いじゃないですけど」

「知っている」

「……今の流してください」


 四人は慎重に中へ入る。

 内部は狭かった。

 ハルシオンの巨大さから考えれば、拍子抜けするほど小さい。


 中央。

 一つの台座。

 その上に、黒い球体。


「……何だこれは」

 フランが近づく。


「能力が反応あります」

 ヴァブが測定する。

「でも艦長のものとは違います」

「静穏海域の共鳴源と照合」

 ウルスラが端末を操作する。

 数秒後。

 表示された数値を見て息を呑む。

「一致率……九十一パーセント」

 ベルトがフランを見る。

「これが、ハルシオンを呼んでる理由なのか?」

「かもしれない」


 黒い球体。

 五十二年前。

 海底から回収された構造物の内部にあったもの。


 それが今。

 静穏海域へ反応している。

 フランが手を伸ばしかける。


「艦長」

「触れないさ」

「成長しましたね」

「私を何だと思ってる」

「ちょっと前まで未知の構造物に普通に触ってました」

「……あれは反省してる」

 ベルトが驚いた顔をする。

「艦長が反省した」

「ベルト、戻ったら覚えていろ」


 それでもフランは手を引いた。

 代わりに通信を繋ぐ。


「田島よ、見えるか?」

『映像来た』

「解析可能か?」

『データ寄越せ』

 数秒後。

『……これ』

「何だ」

『天墜の欠片に近い』

 フランの表情が変わる。

「名取家のか?」

『完全一致じゃない。でも同じ古い系統の能力反応が』

「なら。」

 ベルトが静かに言う。

「名取家にあったものと。」

「ハルシオンにあるもの。」

「どちらも同じ起源の可能性が?」

 タジはすぐには答えなかった。

『可能性はある。ただ、それなら』

「何だ」

『名取家の地下祭殿と、五十二年前の海底構造物。全然別の場所なのに、同じ系統のものが残ってることになる』

「それの何が問題なのだ?」

『問題っていうか』

 タジは少し息を整えた。

『古代の能力因子に関係する何かが、昔から世界各地に散らばってた可能性がある』


 フランは黒い球体を見る。


 静穏海域。

 名取家。

 ハルシオン。


 ばらばらに見えていたものが、少しずつ繋がっていく。


 その時だった。

 黒い球体が光った。


「下がれ!」

 フランが即座に叫ぶ。


 全員が距離を取る。

 球体の表面に、一本の線が浮かび上がる。


 続いて。

 文字。

 誰にも読めない。

 だが、フランだけが意味を理解した。


「……」

「艦長?」

「読める」

「何がです?」

「記載されているものだ」


 ベルトが息を呑む。


 名取家の地下で、惣一だけが古代文字の意味を理解した。

 今、ハルシオンではフランが同じことをしている。


「何て?」

 フランは文字を見つめる。

「――第二継承系統」

 通信の向こう。

 タジが完全に黙った。

「おい」

『……ちょっと待って』

「今度は何だ!」

『名取家の地下祭殿にあった表示、覚えてる?』

「私は現場いなかったが少し耳にはしたが」

『第一継承系統、生存を確認』

「……」

『第二継承系統、照合不能』


 フランの表情が。

 ゆっくりと変わる。


「まさか」

『ああ』


 名取家で照合できなかった。


 第二継承系統。

 それが今、ハルシオン内部で反応している。


 ベルトがフランを見る。


「艦長……」

「私が?」

 フランは自分の胸へ手を置く。

 心臓は、ハルシオン内部にある。

 構造物と自分を繋ぐ能力「structūra imperium」。


 そして。

 古代の構造物。

 黒い球体は、さらに文字を表示した。


「――継承個体。」

 フランは。

 ゆっくり読み上げる。

「――生存を確認。」


 戦艦ハルシオンが大きく振動した。

 だが、今度は暴走ではない。

 まるで長い間、自分の帰りを待っていた場所へようやく辿り着こうとしているかのようだった。

 フランは静穏海域の方向を見る。


「……私まで。」

「帰還扱いか。」


 名取惣一。

 第一継承系統。


 フラガラッハ・F・ミストルティン。

 第二継承系統。


 そして。

 地下祭殿に表示された。

 最後の一つ。


 第三継承系統。

 それが。

 誰なのか。


 まだ誰にも分からない。


 ただ、世界のどこかにもう一人、古代の能力因子を現代まで色濃く受け継いだ能力者がいるということ。


 その可能性だけが、これまで以上に強く現実味を帯び始めていた。


――第183話 完

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