第181話「名取家に秘められたもの」
海底から戻った惣一と聖舩を乗せ、国連安全保障機構の調査船は静穏海域からの離脱を開始した。
海底の存在が能力因子への直接干渉を止めた影響なのか、あれほど異常だった周囲の海は少しずつ本来の姿を取り戻している。完全な鏡面のようだった海面には小さな波が生まれ、狂っていた測位情報も徐々に安定し始めていた。ただし海底から浮かび上がる淡い光だけは消えず、遠ざかる調査船を見送るように静かに揺らめいている。
ソウヤは甲板からその光を眺めながら、隣に立つ惣一へ視線を向けた。
「結局、あいつは何だったんでしょうか?」
「分からない」
「名取さんでも?」
「分からないものを分かったふりをするほど、私は器用ではない」
「それ、タジに聞かせたいな」
『聞こえてるぞ』
通信機から即座に声が返ってきた。
「聞いてたのかよ!」
『通信支援担当だからな!むしろ聞いてなかったら仕事してねぇよ!』
少しだけ空気が緩む。
しかし惣一はすぐに海底へ視線を戻した。
「確かなのは三つだ。古代の太陽フレアが能力因子誕生の起点であること。十四年前の太陽活動は、海底の存在を一時的に刺激しただけであること。そして現在の能力異常は、あの存在の覚醒に伴う副次共鳴だ」
「能力自律化そのものは止められるんですよね?」
「あれが嘘を言っていなければな」
ソウヤは少し考える。
「……信用できます?」
「現時点では判断できない。ただ、我々を積極的に害そうとしているようには見えなかった」
「でも観測端末の方は能力を勝手に活性化させてきましたが」
「あちらと海底の存在は別だ。混同しない方がいい」
「そうだった」
観測端末を作った存在と、海底で眠っていた存在は同一ではない。それどころか観測端末側ですら、海底の存在を完全には理解していなかった。
敵なのか。
味方なのか。
そもそも、その二つの分類が通用する存在なのかさえ分からない。
「それより気になるのは、私の解析結果だ」
惣一が自分の右手を見る。
「名取家」
「ああ」
現代の能力者とは異なる、古い特徴を残した能力因子。
その意味を、海底の存在は教えてくれなかった。
「家に戻れば何か分かりそうですか?」
「可能性はある」
「でも名取家って、能力因子とか太陽フレアなんて言葉ができるより前から続いてるんですよね?」
「だからこそだ」
惣一の目が僅かに鋭くなる。
「現代の研究者が知らないものを、昔の人間が別の名前で記録していた可能性がある」
その言葉に、ソウヤはようやく理解した。
「昔の名取家が『能力因子』って呼んでなくても、同じものについて記録してるかもしれないってことですか?」
「そういうことだ」
『だったら調べる価値あるな』
タジが割り込む。
『古文書でも家系図でも何でもいい。データ化してくれれば俺が解析します』
「お前を名取家の記録へ侵入させるつもりはない」
『まだ何も言ってません!』
「顔を見なくても考えていることくらい分かる」
『信用なさすぎだろ!』
「実績があるからな」
「それ信用がない方の実績だぞ、タジ」
『ソウヤまで言うな!』
惣一は僅かに笑うと、艦内へ戻っていった。
◇
調査船の会議室では、聖舩が既に今回の調査結果を整理していた。
千太は向かい側の席へ座り、父親が作成している報告書を横から眺めている。
「全部国連に報告するのか?」
「全てではない」
「へえ」
千太は意外そうな顔をした。
「隠すんだ」
「情報管理と言え」
「同じだろ」
「違う」
「じゃあ何を伏せる?」
「能力因子の起源に関する部分と、名取惣一の解析結果だ」
千太の表情から軽さが消えた。
「……名取家のことは分かる。でも能力因子の起源まで?」
「現段階では情報が断片的すぎる。太陽フレアだけが原因ではなく、地球側に存在した未知因子との反応で能力因子の原型が形成された。それだけを公表すれば、世界中の研究機関と政府が『未知因子』の争奪を始める可能性がある」
「海底の奴を取りに来る連中も現れる可能性が」
「ああ。国家にとって能力者の起源は、研究対象であると同時に軍事資源にもなり得る」
千太は黙り込んだ。
その言葉には、父親への過去の不信を刺激する部分があった。
「……あんたも昔は、そういう考えだったんじゃないのか」
聖舩の指が止まった。
「能力者を管理して、危険なら隔離する。国家の安全のためなら本人の意思より管理を優先する。それがあんたのやり方だっただろ」
「ああ」
否定しなかった。
千太が僅かに眉を寄せる。
「そこは否定しないんだな」
「否定すれば過去まで変わるのか?」
「変わらない」
「なら認めるしかない。私は能力者を危険性から評価することが多すぎた。それで救われた命もあると思っている。だが、同時に間違えた判断もあった」
千太は父親を見た。
以前なら、聖舩は「必要な判断だった」と言い切っていたはずだ。
「……珍しいな」
「何がだ」
「あんたが自分の間違い認めるの」
「私は神ではない」
「知ってる」
「なら間違える」
「開き直んなよ」
「開き直ってはいない」
相変わらず言い方は腹立たしい。
それでも千太は、それ以上責めなかった。
「だから今回の情報は?」
「能力者を守るためでもある。起源に繋がる情報が広まれば、能力者本人ではなく、その血統や遺伝情報まで国家間競争の対象になりかねない」
「……名取家なんて真っ先に狙われそうだがな」
「その通りだ」
聖舩は報告書の一部を機密指定へ変更する。
「まず我々自身が事実を確認する。それから扱いを決める」
千太は父親の横顔をしばらく見ていた。
「少しは変わったんだな」
「何か言ったか?」
「何も」
千太は立ち上がる。
「帰ったら寝る」
「その前に事情聴取がある」
「は?」
「今回の行動記録を提出してもらう」
「ちょっとは見直したの取り消すぞ!」
「それとこれとは別だ」
「やっぱ嫌いだわ!」
千太の怒鳴り声が会議室へ響いた。
◇
能研ハウスへ戻ったのは、昼を大きく過ぎてからだった。
玄関が開いた瞬間、結衣が真っ先に駆け寄ってくる。
「おかえり!みんな大丈夫!?」
「ただいま。全員無事」
ソウヤが答えると、結衣は明らかに肩の力を抜いた。
「よかった……途中から通信が途切れたから、本当に心配したんだから」
「名取さんと聖舩さんなんて海底まで行ったぞ」
「海底!?」
「正確には海底かどうかも分からない解析領域だ」
惣一が訂正する。
「それもっと怖いやつじゃない?」
柚季も奥から出てきた。
「で、世界中の能力がおかしくなってる原因は分かったの?」
「一応は」
ソウヤたちはリビングへ移動し、調査で判明した内容を共有した。
海底に眠っていた正体不明の存在。
それとは別に存在する観測端末。
古代の太陽フレア。
十四年前の太陽活動。
そして現在発生している能力因子の共鳴。
話が進むにつれ、残っていたメンバーの表情が真剣なものへ変わっていった。
最後まで聞いていたマランが、ソファに深く座ったまま口を開く。
「つまり俺の暴走も、そいつが目覚めた余波だったと」
「可能性はかなり高い」
タジが答える。
「ただし、マラン自身の精神状態が無関係だったとも言い切れない。共鳴が能力を刺激して、本人の内面にあるものを増幅した可能性がある」
「……そうか」
マランは自分の手を見る。
「なら、原因が全部外にあったと思わない方がよさそうだな」
イレイダが横から笑う。
「珍しく殊勝じゃねぇか」
「黙れ」
「元気なら何よりだ」
「お前は本当に腹が立つな」
その隣ではネリクマが机に頬杖をついていた。
「それで、フランは?」
その一言で、空気が少し変わる。
今回の異常で最も深刻な影響を受けた者の一人。
戦艦ハルシオンと自身の身体を繋いでいるフラガラッハ・F・ミストルティン。
タジが別の画面を表示した。
「ハルシオン側から定期的に報告をもらってる。共鳴が弱くなってから状態はかなり安定した。ただ――」
「ただ?」
「完全には戻ってない」
表示されたデータでは、フランの生命反応とハルシオンの艦体反応が依然として通常より強く同期していた。
「能力自律化が止まったからって、起きた変化まで全部元に戻るわけじゃないみたいだ」
ソウヤの表情が曇る。
「じゃあフランは?」
「意識はある。会話もできる。ただ、身体とハルシオンの境界が以前より曖昧になってる」
「行こう」
イレイダが即答した。
「ハルシオンへか?」
「ああ。海底の奴が能力異常を止められるとしても、それを待ってるだけじゃ駄目だろ。フランは今も苦しんでる」
ソウヤも頷いた。
「そうだな」
「待て」
タジが止める。
「行くのはいい。でも先に見せたいものがある」
画面が切り替わる。
そこには海底で取得された能力因子の解析結果と、フランの現在の反応が並べて表示された。
「名取さんの解析結果を参考にして、フランの能力波形をもう一度見直した」
「何か分かったのか?」
「フランの場合、能力が暴走してハルシオンと融合した――俺たちはそう考えてた」
タジが二つの波形を重ねる。
「でも違うかもしれない」
全員が画面を見る。
「能力がフランをハルシオンへ取り込んだんじゃない」
タジは一度言葉を切った。
「フランのstructūra imperium(構造物制御)が、ハルシオンを『自分の身体の一部』として認識し始めてる」
「……何が違うんだ?」
ソウヤが尋ねる。
「全然違う。前者なら暴走した能力を止めればいい。でも後者なら、能力そのものは正常に動いてる可能性がある」
「正常?」
「フランの能力にとっては、な」
タジはフランとハルシオンの同期率を示した。
「元々フランの心臓は艦内に存在していて、身体もハルシオンとリンクしてる。つまり最初から普通の能力者より『自分』と『構造物』の境界が曖昧だった。そこへ今回の能力因子共鳴が入ったことで、structūra imperiumの能力がその境界をさらに拡張したんだと思う」
マランが腕を組む。
「なら、無理に切り離せば?」
「最悪、フランの身体側が自分を維持できなくなる」
誰も言葉を発しなかった。
フランを救うためにハルシオンとの接続を切る。
その行為そのものが、彼を殺す可能性がある。
「……面倒なことになったな」
イレイダの表情から笑みが消える。
「だから慎重にやる必要がある」
タジはそう言うと、もう一つの資料を開いた。
「それと、もう一個」
「まだあるのか?」
「名取家の件」
惣一が顔を上げる。
「私か」
「名取さんの能力因子に古い特徴が残ってるって話。あれを調べるなら、名取家の記録が必要になる」
「分かっている」
「で、俺を連れて――」
「断る」
「まだ最後まで言ってないんですが!」
「侵入能力を持つ人間を名取家の秘蔵資料へ近づけるつもりはない」
「俺を何だと思ってんの!?」
「侵入能力を持つ人間」
「そのままだ!」
ソウヤたちから笑いが漏れる。
しかし惣一は冗談だけで終わらせなかった。
「今夜、名取家へ戻る」
「今夜?」
「ああ。祖父に確認したいことがある」
"名取玄一"
惣一の祖父であり、名取家の歴史について現存する誰よりも詳しい人物。
「俺たちも行っていいですか?」
ソウヤが尋ねる。
「全員は無理だ」
「ですよね」
「だが、お前と田島は来い」
タジが固まる。
「俺が!いいの!?」
「端末を持ってな」
「信用された!」
「資料へ勝手に触れた瞬間に追い出す」
「信用されてなかった!」
結衣が笑う。
その場に少しだけ、いつもの能研ハウスの空気が戻った。
世界規模の能力異常は、ひとまず最悪の段階を脱しつつある。だがフランの身体には深刻な変化が残り、太平洋海底には正体不明の存在が目覚め始めている。さらに名取家には、現代の能力者とは異なる古い能力因子が受け継がれている可能性まで浮上した。
一つの危機が終わったのではない。
これまで別々に見えていた謎が、ようやく互いへ繋がり始めたのだ。
◇
その日の夜。
ソウヤとタジは惣一に連れられ、名取家の屋敷を訪れていた。
刹那と夢幻も同行している。
夜の名取家は静かだった。古い日本家屋の奥へ進むほど街の音は遠ざかり、庭から聞こえる虫の声と、廊下を歩く足音だけが残っていく。
「緊張するな、ここ」
ソウヤが小声で言う。
「分かる」
タジは珍しく声を抑えていた。
「なんか勝手にWi-Fi繋いだだけで呪われそう」
「お前、絶対やるなよ」
「やらねえよ!」
「二人とも静かにしろ」
惣一に注意され、二人は同時に口を閉じる。
やがて最奥の一室へ到着した。
障子の向こうに、一人の老人が座っている。
「入れ」
低い声。
惣一が障子を開ける。
そこにいたのは名取玄一だった。
「初めてみる輩がおるな」
玄一はソウヤたちを一度だけ見た後、孫へ視線を向ける。
「急ぎだそうだな、惣一」
「ああ」
「何を知りたい」
惣一は玄一の正面へ座った。
「名取家に伝わる能力についてだ」
「随分広い質問だな」
「では絞る」
惣一は海底で受けた解析について説明した。自分の能力因子が現代の能力者と完全には一致しないこと。その一部に、古代の能力因子へ近い特徴が残されている可能性があること。
玄一は一度も口を挟まなかった。
だが話が進むにつれ、その目つきが少しずつ変わっていった。
「爺さん」
惣一が尋ねる。
「何か知っているな?」
玄一はしばらく答えなかった。
やがて静かに立ち上がり、部屋の奥にある古い棚へ向かう。そこから取り出したのは一冊の巻物だった。
かなり古い。
紙そのものが変色し、紐も何度か交換された形跡がある。
「これは?」
「名取家でも当主にしか存在を伝えない記録だ」
刹那と夢幻の表情まで変わった。
「私も初めて聞きました」
刹那が呟く。
「当然だ」
玄一は巻物を机へ置いた。
「本来なら、惣一が正式に家督を継いだ時に見せるつもりであった」
「何が書かれている」
「我々の祖についてだ」
惣一が僅かに目を細める。
玄一はゆっくりと巻物を開いた。
そこには古い文字と、奇妙な図が描かれている。
人間。
太陽。
そして、人間の身体を巡る無数の線。
ソウヤには何を意味するのか分からなかったが、タジだけは図を見た瞬間に身を乗り出した。
「……待って」
「触るなよ」
「分かってます!そうじゃなくて、この図!」
タジは自分の端末を取り出し、海底で取得した惣一の解析結果を表示した。
「似てる」
「何がだ?」
「能力因子の接続構造」
現代の科学的な解析図と、何百年、あるいはそれ以上前に描かれた古い図。
表現方法はまったく違う。
それでも、身体のどこを能力が巡り、どこで精神と結びつくのかという構造が驚くほど似ていた。
「なんで昔の名取家がこんなことを知っているんだ……?」
ソウヤの疑問に、玄一が答える。
「名取家が見つけたのではない」
「え?」
「初代から伝わったものだ」
惣一が玄一を見る。
「名取家の初代が?」
「ああ」
玄一は巻物のさらに奥を開いた。
そこには一つの文章が記されている。
古い言葉で書かれていたためソウヤには読めなかったが、惣一は内容を理解したらしい。
その表情が初めて明確に変わった。
「……爺さん」
「読めたか?」
「これは何だ」
玄一は答えない。
「何て書いてあるんですか?」
ソウヤが尋ねる。
惣一は巻物から目を離さないまま、現代の言葉へ置き換えた。
「――我らが力は、天より授かりしものにあらず」
タジの表情が変わる。
太陽フレアによって能力因子が生まれたという歴史と、矛盾するようにも聞こえる。
しかし惣一は続きを読んだ。
「――天は門を開きしのみ。力の種は、既にこの地に眠りてあり」
今度は誰も声を出さなかった。
太陽は「門を開いた」。
力の種は、もともと地球に存在していた。
海底で聞いた話と一致している。
古代の太陽フレアが起点となり、地球側に存在していた未知因子と反応したことで能力因子の原型が形成された。
現代科学がようやく辿り着いた事実を、名取家の初代は知っていた。
「……どうして」
ソウヤが呟く。
「これ、いつ書かれたものなんですか?」
玄一が答える。
「正確な年代は分からん。少なくとも、名取家が現在の形になる以前から存在する」
「そんな昔に能力因子の仕組みを?」
タジも信じられない様子だった。
玄一は二人ではなく、惣一を見ていた。
「惣一。ここから先を知れば、お前は名取家そのものを疑うことになるかもしれん」
「今さらだ」
「そう言うと思った」
玄一は巻物とは別に、棚の奥から小さな木箱を取り出した。
箱には幾重にも封が施されている。
そして中央には、名取家の家紋とは異なる紋様が刻まれていた。
ソウヤはその形を見ても何も感じなかった。
タジも同じだった。
だが惣一だけが動きを止める。
「……この紋様」
「ご存知なのですか?」
刹那が尋ねる。
「いや」
惣一はゆっくり首を振った。
「見たことはない」
「ではなぜ?」
「分からない」
惣一は自分の胸へ手を当てた。
「神足通が反応している」
その場の空気が一変した。
能力自律化ではない。
太平洋海底からの共鳴も、今は大幅に弱まっている。
それにもかかわらず、惣一の神足通が木箱へ反応している。
「開けられるのか?」
惣一が尋ねる。
「そのために出してきたのだ」
玄一は封を一つずつ解いていった。
最後の封を外し、蓋へ手を掛ける。
「名取家では、これを代々こう呼んできた」
「何と?」
玄一は蓋を開いた。
中に入っていたのは宝石でも、武器でもなかった。
黒く変色した、小さな石のような物体。
しかし、それを見た瞬間。
惣一の周囲で空間が大きく揺らいだ。
「惣一様!」
刹那が立ち上がる。
「問題ない!」
惣一は即座に神足通を抑え込んだ。海上で共鳴源に刺激された時とは違う。暴走というより、能力そのものが目の前の物体を「知っている」かのような反応だった。
タジも端末を向けたまま目を見開く。
「これ……能力反応が出てる。でも人間じゃない」
「当然だ」
玄一は箱の中の物体を見下ろした。
「これは初代より以前から、この家にある」
「何なんだ?」
ソウヤが尋ねる。
玄一はしばらく沈黙した後、代々伝わる呼び名を口にした。
「――天墜の欠片」
天から落ちたもの。
だが、それが太陽フレアによって飛来した物質なのか、それ以前から地球に存在していたものなのか、玄一にも分からないという。
ただ一つ確かなことがある。
名取家の古い記録には、こう残されていた。
初代が神足通を得る以前から、天墜の欠片は存在していた。
そして初代は、それに触れた。
ソウヤは惣一を見る。
名取家の能力因子にだけ残る、古い特徴。
異常なほど高い能力との接続率。
歴代随一と評される惣一の神足通。
それらが偶然なのか、それともこの小さな欠片から始まったものなのかは、まだ分からない。
だが少なくとも、名取家の歴史は能力者誕生の秘密と無関係ではなかった。
惣一は木箱の中へ手を伸ばしかけ、寸前で止めた。
「触れないのか?」
玄一が尋ねる。
「今はな」
「……そうか」
「海底で学んだ。分からないものへ不用意に触れると面倒なことになる」
タジが大きく頷いた。
「それ大事!」
「お前が言うな」
ソウヤが即座に突っ込む。
わずかに緊張が緩んだものの、惣一の視線は天墜の欠片から離れなかった。
太陽フレアによって「門」が開かれるより前から地球に眠っていた力の種。そして、その起源へ繋がるかもしれないものを名取家は長い年月にわたって保管していた。
今回の海底調査で見つけたのは答えではない。むしろ、それまで別々に存在していた謎の間に一本の道が見え始めたに過ぎなかった。
能力者は、なぜ生まれたのか。
太陽フレアが反応した「未知因子」とは何なのか。
海底に眠る存在は、その未知因子とどのような関係にあるのか。
そして名取家初代は、なぜ現代の研究者ですら知らなかった事実を知っていたのか。
玄一は木箱の蓋を閉じることなく、静かに惣一を見つめた。
「惣一。ここから先を調べるのならば、もう一つ見せなければならんものがある」
「何だと」
「ただし、こちらに関しては私も内容を知らん」
玄一が指したのは、部屋の奥ではなかった。
屋敷のさらに地下。
名取家の現当主ですら、自由に立ち入ることを許されていない場所だった。
「初代が封じた地下祭殿がある。歴代当主は、決して開くなと伝えられてきた」
ソウヤが嫌な予感しかしない顔で惣一を見る。
「……それ、絶対開ける流れじゃん」
「奇遇だな」
惣一は静かに立ち上がった。
「私もそう思っていたところだ」
能力者の起源へ続く道は、太平洋の海底だけに存在していたわけではない。
その入口はずっと以前から、名取家の足元にも眠っていた。
――第181話 完




