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Psycer Brain ─ 神に抗え。その力で運命を変えろ─  作者: n217 (嘯江 新)


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第170話「死守」

 無数の金属構造物が、フランを守るように中枢区画を埋め尽くした。


 床から突き出した装甲板が壁となり、天井から伸びた梁が槍のように角度を変える。さらに奥では配管や機械部品までもが組み替えられ、人型の兵器へと姿を変えていく。そのすべてが、フラガラッハ・F・ミストルティンのstructūra imperium(構造物制御)によって動いている。


 ただし――命令しているのはフランではない。

『対象を排除します』

 艦内全域から響いたのは、紛れもなくフランの声だった。しかし中央に立つ本人の口は動いていない。

「私ではない……!」

 フランは苦痛に顔を歪め、自分の右腕を左手で押さえ込んでいた。

「そいつの言うことを聞くな!ベルト、来るな!」

「嫌です!」

 ベルトは即答した。

「だから、なんでお前はこういう時だけ言うこと聞かないのだ……!」

「普段は聞いてます!」

「嘘をつけ!」

「今それ言います!?」

 こんな状況でも二人の関係は変わらない。

 だが次の瞬間、フランの右腕が本人の意思を無視して振り上げられた。

 それに呼応して中枢区画が動く。


「来るぞ!」

 イレイダが叫んだ。


 天井から金属柱が落下する。惣一がiddhi-vidha-ñāṇa(神足通)を発動し、全員の足場を一気に横へ移動させた。直後、巨大な柱が床を貫き、轟音と衝撃が区画全体を揺らす。


「破壊は最低限だ!ここはフランの身体でもある!」

「承知している!」

 イレイダは刀を抜きながらも、斬皇破断-カイザーインパルスを放つ気配はない。あれほどの威力を艦内で使用すれば、フランを救うどころではなくなる。

 刹那も同様だった。

「動きを止めます!」

 周囲に半透明の剣が展開される。

「hallucinatio gladius――幻剣!」

 放たれた幻剣が、襲い来る構造物の関節や接合部分へ突き刺さった。完全には破壊せず、その動きだけを一時的に固定する。

「今です!」

「行くぞ!」

 ソウヤたちは一斉に走った。

 フランまで十メートル。

 九。

 八。

 しかし、あと僅かというところで床そのものが隆起した。

「うおっ!?」

 巨大な壁がソウヤの目前へ出現する。

 その壁へ惣一が手を触れた。

「邪魔だ」

 神足通。

 壁を壊すのではない。

 その向こう側へ存在するという現実を作る。

 ソウヤの視界が一瞬揺らぎ、次に足を踏み出した時には壁の反対側へ抜けていた。

「行けッ!」

「名取さん!」

「私はこちらを抑える!」

 惣一の周囲では、ハルシオンの構造物が次々と形を変えている。

 そして奇妙なことに。

 惣一の神足通もまた、先ほどから僅かに揺らいでいた。

「……またか」

 惣一は眉を寄せる。

 自分が望んでいない場所へ移動しようとする感覚。マランの暴走時に経験したものと同じだった。


 能力自律化の共鳴。


「私まで巻き込むつもりか」

 惣一は強引に神足通を抑え込む。

「悪いが。」

 その目が鋭くなる。

「私の身体を使いたいなら、まず私を納得させろ」

 能力の揺らぎが僅かに収まった。

     ◇

 海上では、二隻の戦艦が異様な追走戦を続けていた。

『ハルシオン、速度三十五ノット!』

『また上がったぞ!』

『この巨体で何なんだよ、その速度は!』

 戦艦イーゼルの艦橋に怒号が飛び交う。

 ハルシオンは日本列島へ向けて加速を続けている。しかも単純な直進ではない。イーゼルが側面から進路を塞ごうとすれば、まるでその意図を理解しているかのように艦体を変形させ、巨大な構造物で牽制してくる。

『左舷から構造変化!』

『回避!』

 ハルシオンの側面装甲が海上へ伸びた。

 巨大な金属壁が、イーゼルへ迫る。

『右舵二十!』

 船体が傾く。

 イーゼルは紙一重で回避した。

 しかし離れない。

『艦長命令を忘れるな!』

 指揮を任された艦員が叫ぶ。

『撃沈させるな! 損傷もさせるな! 進路だけを削れ!』


 無茶な命令だった。

 巨大な戦艦を相手に、ほとんど攻撃せずに止めろと言っている。

 それでも、誰一人として命令に異を唱えなかった。


 なぜならあの戦艦にはハルシオンの艦長、フラガラッハ・F・ミストルティンがいる。


『イーゼル、ハルシオン左舷へ接近!』

『距離五百!』

『四百!』

『三百!』

『近すぎる!』

『そのまま行け!』

 二隻の巨大艦が並ぶ。

 海面が激しく荒れ狂い、互いの船体が生み出す波が衝突する。

 イーゼルが僅かにハルシオンの進路へ入った。

 ハルシオンが避ける。

 進路が数度ずれた。

『よし!』

 歓声。

 たった数度、それだけだ。

 だが、日本へ到達する時間は確実に伸びる。

『もう一度だ!』

 イーゼルは再び。

 巨大なハルシオンへ挑んだ。

     ◇

「イーゼルが進路をずらしています!」

 ウルスラの報告に、ベルトが一瞬だけ通信端末を見る。

「さすが……!」

「余所見するな!」

 フランが叫んだ。

「え?」

 ベルトの前。

 床が割れる。

 巨大な金属腕が飛び出した。

「ベルト!」

 フランの左腕が動く。

 本人の意思ではない。

 だが。

 右腕が。

 それを掴んだ。

「……っ!」

 フラン自身が。

 自分の腕を止めている。

 金属腕も。

 ベルトの目前で止まった。

「艦長……!」

「早く……離れろ……!」

「嫌です」

「お前……!」

「さっき言ったでしょう!」


 ベルトは。

 一歩、前へ出る。


「私がそっちへ行きます!」

「来るな!」

「行きます!」

「これは艦長命令だ!」

「今の私はイーゼル艦長です!」

「私はハルシオン艦長だぞ!」

「だから何ですか!」

「上官だ!」

「今だけは知りません!」

「お前ぇ……!」


 フランの顔に、ほんの一瞬だけ。

 いつもの表情が戻った。


 ソウヤが気付く。

「マラン!」

「ああ」

 マランも見ていた。

「意識が強くなってる」

 感情。

 怒り。

 焦り。

 心配。


 それらが、フランという人間をハルシオンから切り離している。


「ベルト!」

 ソウヤが叫ぶ。

「もっと話しかけろ!」

「え?」

「何でもいい!フラン本人を引っ張り出せ!」

「何でもって……!」

「思い出でも悪口でも!」

「悪口!?」

「何でもいい!」


 ベルトは一瞬戸惑った。

 そして、フランを見る。


「艦長!」

「何だ!」

「寝相悪いですよね!」

「今言うべきことか!?」

「あと寝起き最悪!」

「ベルト!」

「コーヒー飲まないと全然喋らない!」

「お前、帰ったら覚えてろよ!」

「あと書類仕事溜めすぎです!」

「それは……!」

「否定しないんですね!」

「黙れ!」


 フランが怒鳴った。

 その瞬間、中枢区画の動きが止まった。


「……。」

 全員が。

 固まる。

「止まった……?」

 ネリクマが呟く。

 フラン本人も。

 驚いていた。

「私が……止めた?」

 マランが静かに言う。

「そうだ」

 フランが見る。

「お前が止めた」

「……。」

「能力に自分を思い出させろ」


 マランは自分の胸へ手を置く。

「俺も同じだった。力を抑え込もうとするほど、自分と能力の境界が分からなくなった」

「じゃあ……どうした」

「受け入れた」

「簡単に言うな」

「簡単じゃなかった」

 マランの声には。

 経験した者にしか出せない重さがあった。

「俺は自分自身の能力が大嫌いだ。今でもな」

 ソウヤが僅かに笑う。

「そこは変わってないんだ」

「黙れ」

「はい」

「だが、嫌いだからって切り離せるわけじゃない」


 マランは続ける。

「俺の力は俺のものだ。なら、俺が責任を持って使う。それだけだ」

 フランは。

 自分の手を見る。

「笑の……」


 その時。


 ドクン――


 再び。

 鼓動。

 

フランの表情が変わる。

「……っ!」


『干渉を確認』

 艦内へ。

 もう一人のフランの声。

『自己認識の修正を開始します』

「何だそれ……!」

 タジから緊急通信。

『全員聞こえるか!』

「タジ!」

『今、フランの能力反応が急激に変化した!』

「どうなってる!」

『分からん!でも一つだけ分かった!』

 キーボードを叩く音。

『ハルシオンからフランへ流れ込んでる能力反応!あれ、ただの逆流じゃない!』


 惣一が尋ねる。

「では何だ」

『フィードバックだ!』

「フィードバック?」

『フランがハルシオンを操る。ハルシオンの状態がフランへ戻る。そしてフランがその情報を元にまたハルシオンを操る。本来は循環してたんだ!』

 ベルトが理解する。

「身体と艦を繋ぐための仕組み……」

『そう!でも今はその循環が暴走してる!』


 タジの声が大きくなる。

『フランがハルシオンを自分の身体だと認識してる! 同時にハルシオン側の能力反応も、フランを自分の構造の一部として認識してる!』

「互いが互いを自分だと思っている……?」

『そういうこと!』

 ソウヤの表情が変わる。

「だから境界がなくなってるのか」

『多分な!』

 マランがフランを見る。

「なら。」

「切り離す必要はない」

「え?」

「逆だ」

 マランは。

 ハルシオンを見回す。

「どっちが主人か。」

「それを、思い出させる。」

     ◇

 その頃。

 能研ハウス。

 タジはハルシオンから送られてくる膨大なデータを解析し続けていた。

 その隣で結衣がモニターを見る。

「どうすればいいの?」

「分からん」

「またそれ!?」

「今回は規模おかしいんだよ!」

 タジが頭を掻く。

「マランは本人の中で完結してた。でもフランは違う。心臓が艦内にあるせいで、肉体と戦艦の両方が一つの能力系として成立してる」

「だったら心臓を止めるのは……」

「絶対駄目」

 即答。

「フランが死ぬ可能性が高い」

「じゃあ……」

「循環を一時的に弱めるしかない」

「できるの?」

「物理的に遮断したら危険。でも。」

 タジが画面を見る。

「フラン自身が制御権を取り戻せれば。」


 そこで。

 別の警告。

「……何だ?」

 新しいデータが入る。

「待て待て待て……」

「どうしたの?」

 タジの顔から。

 血の気が引いた。

「ハルシオンの進行方向。」

「日本でしょ?」

「違う。」

「え?」

「変わり始めた。」

     ◇

 海上。

 イーゼル艦橋。

『ハルシオン、変針!』

『何度!?』

『大きい!右へ急旋回しています!』

『日本から離れた!?』

『そうです!』


 一瞬。

 歓声が上がりかけた。


 しかし。

 航海担当の艦員が。

 新たな進路を計算する。


「……。」

 その顔が。

 固まった。

『どうした?』

「この進路……」

『何だ!』

「ハルシオンは。」

 艦員が。

 ゆっくり顔を上げる。

「イーゼルへ向かっています。」

     ◇

「何だって!?」

 ベルトの声が中枢へ響いた。

 通信画面。

 ハルシオンが急旋回をし始めその巨大な艦首をイーゼルへ向けている。

『距離二千!』

『接近速度上昇!』

『衝突コース!』

「回避させろ!」

 ベルトが叫ぶ。

『やっています!しかしハルシオンが追尾してくる!』

「艦長!」

「私ではない!」

 フランが叫ぶ。

「止めてる!」

 しかし止まらない。

 ハルシオンは、イーゼルへ向かう。

「どうしてイーゼルを……?」

 ソウヤが呟く。


 マランは、フランを見る。

 そして、気付いた。


「……違う。」

「何がだ?」

「敵だからじゃない。」

 マランの視線。

 ベルトへ。

「ハルシオンが。」

「フランと繋がっているなら。」

 ベルトが。

 息を呑む。

「まさか……」

 マランが。

 静かに言う。

「フランが最も意識しているものにも。」

「反応している。」

 フランの顔が。

 変わった。

「……。」

 ベルト。

 そして。

 ベルトが艦長を務める戦艦イーゼル。

「私の……影響なのか?」

「違います!」

 ベルトが即座に否定する。

「今はそんなこと考えないでください!」


 だが、ハルシオンはさらに加速する。


『距離千五百!』

「回避!」

『間に合いません!』

「艦長!」

「止まれ……!」

 フランが。

 両腕を押さえる。

「止まれ!」

 ハルシオン。

 静止しない。

「私の艦だろ……!」

 フランが。

 顔を上げる。

「私の身体なんだろ!」


 ドクン。

 鼓動。


「だったら!」

 フランの声が。

 中枢を震わせる。

「私の言うことを聞けッッッ!!」


 その瞬間。

 ハルシオン全体に。

 強烈な能力反応。

 海上。

 巨大戦艦の推進器が一瞬、停止した。


『速度低下!』

 イーゼル艦橋に歓声。

『止まったぞ!』

 だが。

 タジが叫ぶ。

『違う!まだだ!』

 中枢。

 フランの背後の巨大な構造物がゆっくり開いていく。

「……何だ?」

 ソウヤが見る。


 その奥。

 今までら誰にも触れさせなかった場所フランの心臓保存室。

 そこへ続く道が初めて姿を現した。


 ベルトが息を呑む。

「艦長……?」

 フラン自身も。

 驚いている。

「私は……何もしてない。」

 惣一の表情が。

 変わった。

「では。」

「ハルシオン自身が。」

 マランが続ける。

「開けたのか。」

 拒絶していた戦艦が、

 初めて自らの最深部への道を開いた。


 まるで。

 フランの命令を聞こうとしているかのように。


 しかし。

 その直後。


 ドクン――!!


 心臓が激しく脈打った。


 フランが。

 胸を押さえて膝をつく。


「ぐっ……!」

「艦長!」

 ベルトが駆け寄る。

 今度は。

 ハルシオンが。

 止めなかった。

「フラン艦長先輩!」

 ベルトが初めて、フランの身体へ触れた。

「……ベルト。」

「はい。」


 フランは苦しそうにそれでも笑った。


「捕まったな。」

「遅すぎます。」

「すまなかった。」

「本当に。」


 ベルトがフランの腕を強く掴む。


「遅すぎです。」


 その背後。

 最深部への道。

 フランの心臓。


 そして。

 戦艦ハルシオン。

 三つを繋ぐ巨大な能力反応が、今なお激しく循環している。

 マランはそれを見ながら静かに告げた。


「ここからだ。」

 ソウヤが振り返る。

「まだ終わってない?」

「ああ。」

 マランはフランとその先にある心臓を見る。

「今までは。」

「フランへ辿り着く戦いだった。」

 そして。

 一歩、最深部へ。

「ここからは。」

「フランに、ハルシオンを取り戻させる戦いだ。」


 海上では、戦艦イーゼルが停止したハルシオンの隣へとゆっくりと並んだ。


 二隻の戦艦。

 そして、一人の艦長。能力者と能力。人間と戦艦。

 その境界を取り戻すための戦い。


 ついに。

 最後の段階へ入ろうとしていた。


――第170話 完

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