第169話「戦域到着。戦艦イーゼル」「PsycerBrain ─ 閑話 ─」
艦隊中枢に響く鼓動は、もはや機械音ではなかった。
ドクン――
そのたびにフランの身体が僅かに跳ね、周囲の壁や床、天井から伸びる構造物まで同じように脈動する。まるで戦艦ハルシオンそのものが一つの巨大な肉体となり、その中心にいるフランを心臓とは別の「核」として取り込もうとしているようだった。
ソウヤは息を呑みながら、その異様な光景を見つめた。
「ハルシオンが……フランを自分の一部にしようとしているってのは、本気で言ってんのか?」
マランはフランから視線を外さない。
「少なくとも、そう見える。俺の時は能力が俺自身を呑み込もうとした。でもこれは違う。フランの能力である structūra imperium は構造物を操る能力だ。その能力が自律化して、ハルシオン全体を一つの構造物として支配し、その中心にいるフランまで『構造の一部』として扱い始めてる」
「そんな……」
ベルトの顔から血の気が引く。
彼女の視線の先で、フランは必死に自分の右腕を左手で押さえていた。しかしその抵抗とは無関係に、周囲の金属柱がしなり、巨大な触手のように持ち上がる。
「来るな……!」
フランの声は震えていた。
「今の私は……お前らに何をするか……分からんのだ」
「だから来たんです!」
ベルトが叫び返す。
「艦長一人で何とかしようとしないでください!」
「ベルト……!」
その瞬間、フランの表情が苦痛に歪み、上空に展開していた金属構造物が一斉に振り下ろされた。
「散れ!」
惣一の声と同時に、iddhi-vidha-ñāṇa(神足通)が発動する。床の一部が滑るように移動し、ソウヤたちは直撃寸前で攻撃範囲から外れた。直後、巨大な金属柱が中枢区画へ突き刺さり、轟音とともに床が大きく歪む。
「艦長!」
「違う……!私ではない!」
フランは叫びながら自分の腕を押さえる。涙が頬を流れていた。
「私自身を、止めようとしているのだ……!しかし、ハルシオンが――!」
再び鼓動。
ドクン──
フランの身体が強制的に前へ引かれた。
その動きに呼応し、中枢区画そのものが変形を始める。ソウヤたちとフランの間に何重もの壁がせり上がり、その一方で別の場所には巨大な砲身のような構造物が形成されていく。
イレイダが刀を抜いた。
「撃ってくるぞ!」
「中枢で砲撃する気かよ!?」
「もう戦艦としての常識なんて期待するな!」
砲身へ光が集まる。
その直前、ベルトが叫んだ。
「艦長!止めてください!」
「分かっている……!」
フランが歯を食いしばる。
「止まってくれ……お願いだ……!」
砲身が震えた。
発射寸前だった光が乱れ、照準が大きく逸れる。
次の瞬間、放たれた一撃はソウヤたちではなく中枢区画の壁を貫いた。
爆音が響き、艦全体が大きく揺れる。
「まだ抵抗している……」
ソウヤが呟いた。
マランも頷く。
「ああ。完全に呑まれてはいない」
「だったら助けられる」
ネリクマが言った。
「マランの時みたいに」
「簡単に言うな」
「でも助かったじゃん」
「俺とフランは状況が違う」
「じゃあ違う方法考えればいいでしょ」
「……相変わらず雑だな」
「褒めてる?」
「褒めてない」
そんなやり取りの間にも、フランとハルシオンの同調は進み続けていた。
そして、その時だった。
ベルトの通信端末が突然鳴る。
『ベルソルト艦長!応答してください!』
ベルトの目が見開かれた。
「その呼び方……!」
通信を開く。
『こちらイーゼル!戦域まであと三分!』
「イーゼル……!」
ソウヤが振り返る。
「来たのか!」
ベルトの表情が一気に変わった。副艦長としてではない。別の艦を預かる者としての顔だった。
「現在位置を送れ。ハルシオンの正面には出るな!砲塔が自律している!」
『了解!ただしハルシオンの速度が上昇しています。このままでは日本近海への到達予測が前倒しになります!』
「どれくらいだ」
『現在三十二ノット。まだ上がっています!』
ベルトが息を呑む。
「三十二……?」
巨大戦艦が、操艦者なしで加速を続けている。
惣一が通信へ目を向ける。
「イーゼルで進路を妨害できるか?」
ベルトは一瞬だけ考えた。
「できます。ただし、ハルシオンに正面からぶつけるのは無理です。艦格も火力も違う。それに、下手に損傷させればフラン先輩の心臓にも影響が出る」
「なら牽制だけでいい」
「時間を稼ぐ?」
「ああ。我々が中からフランを取り戻すまでな」
ベルトは数秒黙ったあと、力強く頷いた。
「分かりました」
そして通信へ向き直る。
「イーゼル全艦員へ。これよりハルシオン制止作戦に移る」
『了解!』
「主砲使用禁止。魚雷も禁止。装甲への直撃は絶対に避けろ。推進器周辺への威嚇、進路変更を狙った近接航行、波圧による牽制のみ許可する」
『しかし艦長、それでは止められない可能性が――』
「止める必要はない」
ベルトの声が鋭くなる。
「遅らせろ」
その言葉に、通信の向こうが静まった。
「私たちがフラン艦長を連れ戻すまで、一秒でも長く」
『……了解しました!』
◇
海上。
月明かりの下。
暴走する戦艦ハルシオンは、巨大な艦体を変形させながら日本列島へ向けて進んでいた。左右の装甲は本来の形を失い、いくつもの異形な構造物が海面へ伸びている。砲塔も一定方向を向くことなく、不規則に旋回していた。
その遥か側方。
新たな艦影が現れる。
ハルシオンより小さい。
だが、その姿には明確な戦闘艦としての意思があった。
能力戦艦――イーゼル。
『戦艦イーゼル、戦域到着!』
艦橋へ報告が響く。
ベルト本人はハルシオン内部にいるため、現在の操艦は副指揮系統へ委ねられている。それでも艦長からの命令は全員へ届いていた。
『ハルシオンとの距離、四千!』
『砲塔旋回を確認!』
『回避行動!右舵最大!』
イーゼルが大きく進路を変える。
直後。
ハルシオンから砲撃。
海面が大爆発を起こし、巨大な水柱が夜空へ立ち上がる。
『撃ち返すな!艦長命令だ!』
『分かってます!』
『距離三千五百!』
イーゼルはハルシオンへ近づきながらも、決して正面へ出ない。側面を並走し、進路へ圧力を掛ける。
ハルシオンが僅かに向きを変える。
『効いてる!』
『いや、違う!』
艦員の一人が叫ぶ。
ハルシオンの船体が、変形した。
側面装甲が海へ大きく張り出し、イーゼルの進路を塞ぐ巨大な壁になる。
『回避!』
イーゼルが急旋回。
金属壁が船首を掠める。
火花。
『近すぎる!』
『離れるな!離れたらまた日本へ直進するぞ!』
能力戦艦と能力戦艦。
本来なら砲撃を交わすはずの二隻が、互いを破壊できないまま海上で激しい進路争いを始める。
◇
「イーゼル、接触開始しました!」
ウルスラが報告する。
ベルトはその情報を聞きながらフランを見ていた。
ハルシオンが外部の敵へ反応したことで、中枢区画の構造物が僅かに動きを鈍らせている。
「外に意識が分散した……?」
マランが気付く。
「今なら近づけるかもしれない」
「なら行くぞ!」
ソウヤが走り出そうとする。
「待て!」
イレイダが襟首を掴んだ。
「ぐえっ!」
「何も考えず突っ込むな」
「でも!」
「フランに触れた瞬間、また共鳴が起きる可能性がある」
マランも同意する。
「俺の時と違って、こいつは艦全体が能力反応源だ。近づけば俺たちの能力も引っ張られるかもしれない」
ソウヤは渋々立ち止まった。
「じゃあどうする?」
「まずフラン本人と話す」
惣一が前へ出る。
「本人の意識が残っているなら、状況を確認できる」
「フラン艦長!」
ベルトが呼ぶ。
何重もの構造物の向こう。
フランが僅かに顔を上げる。
「……ベルト」
「聞こえますか」
「あぁ……」
「一つ聞きます」
ベルトは拳を握った。
「ハルシオンを止めたいですか」
「……。」
「艦長自身の意思で答えてください」
長い沈黙。
フランの身体はまだ勝手に動こうとしている。
それでも、口だけは本人のものだった。
「止めたい」
ベルトの目が潤む。
「なら助けます」
「でも……」
「どうせ『私ごと沈めろ』とか言うんでしょう」
フランが黙った。
「やっぱり!」
ベルトの声が震える。
「何年艦長の部下をやってると思ってるんですか!」
「ベルト……」
「私がイーゼルの艦長になった時も、艦長言ったじゃないですか。艦長は最後まで艦を捨てるなって」
「あぁ……言ったな」
「なら艦長もハルシオンを捨てないでください!」
ベルトは真正面からフランを見る。
「ハルシオンが艦長の身体なら!」
一拍。
「自分の身体くらい、自分で取り戻してください!」
フランの瞳が揺れた。
その言葉が届いたのか。
中枢区画を覆う構造物が、一瞬だけ完全に停止した。
「……今だ」
マランが呟く。
惣一も同時に動く。
「全員、フランへ近づけ!」
神足通によって見えない足場が作られ、ソウヤたちは一気に中枢中央へ走り出した。
フランとの距離。
二十メートル。
十五。
十。
「艦長!」
ベルトが手を伸ばす。
あと数メートル。
その瞬間。
ドクン――!!
これまでで最も大きな鼓動が響いた。
「……ッ!」
フランが大きく仰け反る。
そして艦内全域から声が響いた。
フランの声。
だが、本人の口は動いていない。
『――接近を拒否します』
全員が止まった。
「今のは……フラン?」
ソウヤが本人を見る。
フランは震えながら首を横に振っていた。
「私では……ない……」
再び。
『中枢への接触を禁止します』
機械音ではない。
確かにフランの声。
しかし、感情がない。
マランの顔が険しくなる。
「能力が声まで使い始めたか」
『対象を排除します』
次の瞬間。
艦隊中枢全体が変形した。
床が持ち上がり、壁が幾重にも分裂し、無数の金属構造物が武器のように展開する。先ほどの金属人形とは比較にならない。
ハルシオンそのものが、明確に彼らを敵として認識した。
「来るぞ!」
イレイダが刀を抜く。
マランも構える。
「俺は能力は使わない」
「あぁ、そうだな!壊滅なんて能力使ったら船ごと消えちまうからな!」
惣一が全員へ視線を走らせる。
「破壊は最低限。狙うのはフランまでの道だけだ」
「簡単に言いますね!」
刹那が幻剣を形成する。
「簡単だとは言っていない」
「惣一様らしいですね!」
夢幻も呪符を構えた。
ソウヤは拳を握り。
その隣。
レイの存在を感じる。
『また精神世界に入る気か?』
(必要ならな)
『今度は戦艦だぞ』
(……精神世界どうなってんだろうな)
『俺に聞くな』
(だよな)
そして、ベルトはフランだけを見ていた。
「フラン艦長。」
外ではイーゼルが、ハルシオンを押さえている。
中では能研と名取家がフランへ辿り着こうとしている。
ならば、自分がやることも決まっていた。
「今度は。」
ベルトは腰を落とし。
前へ出た。
「私が、あなたのところまで行きます」
その瞬間。
無数の構造物が一斉に襲い掛かった。
戦艦ハルシオン内部。
フラン救出作戦はついにハルシオンそのものへとの本格戦闘へ突入するのであった。
――第169話 完
『Psycer Brain ─ 閑話 ─』
いつも、Psycer Brainをご愛読いただきありがとうございます。
本日は、皆さんに閑話として作品内に登場する能力階級についてご紹介をさせていただきたいと思います。
では、早速ですが能力階級表を披露させていただきます。
・Psycer Brain 能力者階級名称一覧表 (一部例としてキャラ名記載)
_______________________________
強
↑
ラース・オブ・ゴッド (最高階級) ⇒ 覇者の集い
インペリウム・オブ・アズ (第15階級) ⇒ 覇者の使徒
アンエクスペンティブ・ エンダーマン (第14階級)
エクスシステンティア・エクストレーマ (第13階級) 通称:exe (エグゼ)
_______________________________
↥これより、上位階級は全宇宙や顕世の存在が危ぶまれる警戒ライン。
フォルティッシムス (第12階級) ⇒ グラン
ヴァルカマン (第11階級) ⇒ 一仁
オプティマム (第10階級) ⇒ 柊千太
__________________________
↥これより、上位階級は地球生命存続が危ぶまれる警戒ライン。
第9階級
第8階級
第7階級
第6階級 ⇒ 燕
第5階級 ⇒ 結衣・柚季
第4階級 ⇒ ((核兵器))
第3階級
第2階級
第1階級 ⇒ ((一般人類))
↓
弱
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いかがでしたでしょうか?
作品内に既に登場している、ヴァルカマン級やオプティマム級などがございますがそれら以外にも複数の階級が存在しております。
上記の階級表に、一部キャラクター名を記載させていただきましたがあくまでも能力値の目安として使用されるため、能力自体の強弱には若干の誤差があります。
この階級表は、作品構想時点で作成し作品展開や戦闘シーンでのお互いの能力対決の目安にもなる大事な階級表として使用しています。
皆さんも、作品を通してどのキャラクターがどの階級に当てはまるのかを考えながら読んでいただけるとより面白くなるかと感じます。
今後も、皆さんの温かいご支援を何卒よろしくお願い申し上げます。
敬具
─ Psycer Brain 閑話 完 ─




