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Psycer Brain ─ 神に抗え。その力で運命を変えろ─  作者: n217 (嘯江 新)


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第162話「能力に喰われる者」

モニターに映った最後の言葉が、能研ハウスの空気を一変させていた。


『能力が――俺の言うことを聞かない!!』


そこで映像は途切れている。画面には再生終了を示す表示だけが残り、先ほどまで食事だの空腹だので騒がしかった室内から、完全に声が消えていた。


ソウヤは映像の最後に映った男の姿を思い返していた。能力を暴発させた――最初はそう思った。しかし、タジが言った「能力に使われている」という言葉を聞いてからでは、同じ映像がまるで違って見える。


「……能力が勝手に動くって、そんなことあるのか?」

「少なくとも、俺は聞いたことねぇよ」


タジは映像を巻き戻し、男の身体から光が発生する直前で停止させた。映像は粗い。だが、その背後で空間が歪んでいることだけははっきり確認できる。


「能力の暴発なら今までにも事例はある。感情が乱れたり、制御を失ったり、本人の意思より出力が上がっちまったりな。でも、それはあくまで本人が持ってる能力が制御できなくなっただけだ。こいつは……なんか違う」

「何が違うんだ?」

「そこを調べてんだよ」

「ですよね」

「理解が早くなったじゃねぇか」

「お前と長いからな」

「嬉しくねぇ」


いつものように返しながらも、タジの表情は険しいままだった。


惣一は腕を組み、停止された映像を見つめている。その隣では刹那と夢幻も黙っていた。名取家の三人にとっても、能力が能力者自身の意思から離れて動くという現象は未知なのだろう。


「一つ確認したい」

 惣一が口を開く。

「田島。昨日の共鳴以降、同様の事例はいくつ確認されている?」

「現時点で確実なのは、この一件だけです。似たような報告はあるけど、映像がなかったり証言が曖昧だったりで、まだ断定できません。ただ……」


タジは別の画面を開いた。世界各地から集めた能力異常の報告が、時系列順に並んでいる。

「能力の出力上昇、消失、新規発現。この三つだけだったはずが、時間が経つにつれて『本人の意思とは違う挙動』って報告が少しずつ増えてる。まだ噂レベルのものも多いけれども。」


「進行している可能性がある、ということですね」

 燕の言葉に、タジは頷いた。


「昨日の共鳴が始まりだったと仮定すれば、な。」


 その言葉を聞いた瞬間、ソウヤは自分の胸元へ手を置いた。昨日、確かに人格変化が何かへ反応した。レイも同じものを感じている。もしあの現象が能力そのものに変化を与えたのなら、自分たちも例外ではない。


『気にするな』

 頭の中でレイが言った。

(いや、気にするだろ普通)

『今のところ、俺たちに変化はない』

(「今のところ」って自分で言ってるじゃねぇか)

『……確かにな』

(そこで納得すんなよ)


自分の能力と会話しながら「能力の自律化」について考えるというのも、よく考えれば妙な話だった。そもそもレイは能力によって現れた別人格だ。ならば、自分とレイの関係は、他の能力者よりも今回の現象に近いのではないか。


そんな考えが浮かび、ソウヤの表情から僅かに余裕が消えた。

     ◇

「……能力の自律化、ね」

 イレイダは壁に背を預けながら、自分の手を眺めていた。

 彼女のPhysical attacker(物理攻撃)は、身体そのものを強化して戦う能力だ。これまで幾度となく限界を超え、その代償として内臓にまで損傷を負ってきた。それでも能力が勝手に発動したことなど、一度もない。

「もし本当に能力が本人の意思を無視するなら、私みたいなタイプは最悪だな」

「どうして?」

 結衣が尋ねると、イレイダは苦笑した。

「寝てる間にPhysical attackerが全開になってみろ。寝返りで壁ぶち抜くかもしれねぇぞ」

「……イレイダなら普通にありそう」

「おい結衣」

「ご、ごめん」

「否定しろよ」

 結衣は笑ったものの、すぐに真剣な顔へ戻った。自分の両手を見る。Healer(回復)が自律化した場合はどうなるのか。勝手に誰かを治療するだけなら害は少ないようにも思えるが、能力の反動として消耗するのは自分の体力だ。止められなくなれば、いずれ自分が倒れる。

「能力によって危険度が全然違うね……」

「ああ。だから厄介なんだ」

 惣一が答えた。

「例えば私の神足通が意思とは無関係に発動した場合、どこへ移動するかすら分からない。刹那の幻剣、夢幻の呪詛も同様だ。本人の意思から切り離された時点で、能力は道具ではなくなる」

 夢幻が静かに笑みを消した。

「ましてや、マラン殿の能力が自律化すれば……笑い事では済みませんね」

 誰も返事をしなかった。

 excidium(壊滅)。

 宇宙破壊すら可能と噂される、底の見えない力。それがマラン自身の制御から離れる。

 想像するだけで十分だった。

「……マランに連絡できないのか?」

 ソウヤが尋ねる。

「連絡先知らない」

 タジが即答した。

「そうだった!」

「昨日まで敵だった奴の連絡先持ってたら逆に怖いだろ」

「でもネリクマなら?」

 全員の視線がネリクマへ向く。

「え、私?」

「知ってる?」

「知らないよ」

「関係あるんじゃなかったのかよ!」

「関係があったら電話番号知ってなきゃいけないの?」

「……確かに」

 ネリクマに正論を返され、ソウヤは黙った。

「まあ、マランなら大丈夫じゃない?」

 ネリクマはそう言ったものの、その表情には微かな不安が残っていた。

「自分の能力が危険なのは誰より分かってる人だから。何か変だったら、人のいない場所へ行くと思う」

「だからこそ危険だ」

 惣一の言葉に、ネリクマが振り返る。

「一人で対処しようとする人間は、限界を越えても助けを求めない」

「……。」

「昨日のマランを見れば分かる。あの男は自分が危険だと判断した時ほど、他者から離れようとする」

 ネリクマは反論できなかった。

 まさに、その通りだったからだ。

     ◇

 東京郊外。

 人気のない河川敷を離れたマランは、さらに山間部へと移動していた。

 誰もいない場所を選んだのは偶然ではない。昨日から自分の中にある違和感が、時間とともに強くなっている。

「……。」

 足を止める。

 静かな森の中だった。

 マランは右手を開いた。何も発動するつもりはない。ただ、自分の能力の状態を確かめようとしただけだった。

 ――その瞬間。

 目の前の木が消えた。

「……!」

 音すらなかった。

 折れたのでも、砕けたのでもない。そこに立っていた一本の木が、根元から上まで綺麗に存在を失っている。

 マランは即座に拳を握った。

「今……俺は発動してない」

 excidium(壊滅)。

 自分の意思ではない。

 昨日の光を浴びてから感じていた違和感。それが、ついに明確な形を取った。

 マランは呼吸を整え、目を閉じる。感情を乱すな。壊滅は感情の揺れに強く影響される。これまで何度も自分に言い聞かせてきたことだ。

「落ち着け」

 自分へ言い聞かせる。

「俺の能力だ。俺が制御する」

 だが。

 ザッ――。

 背後で音がした。

 振り返る。

 二本。

 三本。

 木々が次々と消えていく。

「止まれ」

 消失。

「止まれ!」

 さらに。

 地面の一部が、円形に抉り取られたように消えた。

「……ッ!」

 マランの額から汗が流れる。

 恐怖ではない。


 いや――違う。


 これは恐怖だ。

 自分の力に対する恐怖。

 幼い頃から何度も感じてきた。

 成長するほど強くなっていく能力。両親を失った怒りで抑制が外れた時、自分自身すらこの力がどこまで行くのか分からなかった。

 だからネネの精神操作を借りて抑えた。

 だから扱いには誰より慎重だった。

 それなのに。

「俺から……離れ始めてるのか?」

 その問いに答えるように。

 マランの足元で――黒い亀裂が走った。

     ◇

「おい、また来たぞ!」

 能研ハウス。

 タジが新しい映像をモニターへ表示した。

 今度はヨーロッパ。能力者と思われる女性が路上で倒れ、その周囲だけが異常な低温状態になっている。本人は意識を失っているにもかかわらず、能力だけが止まっていない。

「寝ても止まらないのか……」

 ソウヤの顔が引きつる。

「こっちは南米」

 次の映像。

 気絶した男性の周囲を、無数の石片が旋回している。

「こっちはアジア。能力者本人が拘束された後も能力だけが発動し続けてる」

「三件……」

「いや」

 タジは別の画面を開いた。

「確認できたものだけで、もう十七件」

「増え方早すぎない!?」

 柚季が声を上げた。

 昨日までは一件だった。

 それが一晩で十七。

 しかも世界各地。

 惣一は画面を見ながら、ある一点に気付いた。

「田島。この十七人に共通点は?」

「今調べ――」

 そこでタジの手が止まった。

「……待って」

「どうした」

「能力歴。」

「何?」

「全員、能力の発現からかなり時間が経ってる」


 タジはデータを並べていく。年齢は違う。国籍も違う。能力の種類にも共通性はない。


 だが。

「全員、長期間能力を使ってきた奴だ」

 燕が眉を寄せる。

「能力の使用回数が関係している?」

「可能性はある。でも、それだけじゃ説明できない」

 タジは昨日復元したGENESISのデータを呼び出した。

 オールドマンが残した能力因子の研究。

 ――能力因子は完全な安定状態には到達していない。

 ――起源粒子に類似する高エネルギー現象に対し、共鳴反応を示す。

 そして、その下。

 昨日は読み飛ばしていた破損部分。

「……これ」

 タジの顔が変わる。

「まだ続きがある」

 復元処理。

 断片。

 文字列。

 何度も途切れながら、一つの文章が姿を現した。


 ――長期使用された能力因子ほど――

 そこで途切れる。


「続き!」

「分かってます!」

 タジがInvaderを発動する。

 ネットワークではない。自分が回収したGENESISのデータそのものへ深く潜り、破損領域に残った僅かな情報を拾い上げていく。


 頭に鋭い痛み。


「タジ!」

「まだ!」

 結衣の制止を振り切る。


 そして。

 画面に文字が現れた。

 ――長期使用された能力因子ほど、外部刺激への応答性が増大する可能性。

 誰も喋らなかった。

 イレイダが最初に意味を理解した。

「待て」

 自分の身体を見る。

「能力を使ってきた奴ほど……今回の影響を受けやすいということか?」

「可能性がある」

 タジは頭を押さえながら答えた。

「まだ断定はできねぇ。でも、今の十七件とは一致する」


 ソウヤの背筋に冷たいものが走った。


 能研。

 ここにいる者たちは。

 能力を使ってきた。

 何度も。

 戦うため。

 誰かを守るため。

 生き残るため。

 そして。

 その中でも。

 桁違いに強大な能力を、長期間抑えながら扱ってきた男がいる。

「……マラン」

 ソウヤと惣一が。

 ほぼ同時にその名を口にした。

     ◇

 森。

「ぐ……ッ!」

 マランが膝をついた。

 右腕が震えている。

 周囲には。

 何も残っていなかった。

 木々も。

 岩も。

 地面の一部すら。

 excidium(壊滅)によって消失している。

「止まれ……!」

 能力を発動していない。

 それでも。

 力が溢れてくる。

「俺は……命令してない……!」

 右腕を左手で掴む。

 自分の腕なのに。

 まるで。

 別の生き物のようだった。

 両親を失った日。

 憎しみに呑まれた時ですら。

 ここまでではなかった。

「ネネ……」

 思わず。

 その名前が出た。

 これまでマランの精神を安定させていた少女。

 だが。

 すぐに首を振る。

「駄目だ」

 ネネの右目は既に酷使されている。

 自分のために。

 これ以上。

 巻き込めない。

「俺が……止める」

 立ち上がる。

「これは俺の力だ」

 震える右手を。

 自分の胸へ押し当てた。


「俺が――」


 その瞬間。

 マランの瞳が大きく見開かれた。


 ドクン――。


 心臓ではない。

 もっと深い場所。

 能力そのものが。

 脈打った。

「……な。」

 聞こえた気がした。

 声ではない。

 言葉でもない。

 ただ。

 壊せ。

 そんな衝動。

 世界を。

 何もかも。

 存在そのものを。

「黙れ……!」

 マランが歯を食いしばる。

「俺は。」

 黒い力が全身から溢れ始める。

「お前じゃない……!」


 そして。

 マランは、初めて理解した。

 能力の自律化。

 あれは、単純に能力が勝手に発動する現象ではない。

 もっと危険なものだ。

 能力者の精神へ。

 能力そのものが――

 逆流してくる。

     ◇

 遥か彼方。

 異空間。

 覇者の集いが見つめる巨大な光景の中に。

 一人の男が映し出された。

 マラン。

 ゼゥテルの瞳が細くなる。

 シェフィルも。

 ネフィも。

 マオンも。

 マコンも。

 ゲヴォンも。

 ペルムも。

 誰一人、言葉を発さなかった。

 彼らはまだ動かない。

 世界へ降りない。

 誰かを助けることも。

 誰かを倒すこともない。

 傍観者。

 それが今の彼らだ。

 やがて、ゼゥテルが静かに口を開いた。

「最初に深く呑まれるのは、やはりあの男か」

「excidium……」

 ネフィが呟く。

「壊滅の力が強すぎる。」

「違う」

 ゼゥテルが否定した。

「力が強いからではない。」

 足を組み直し。

 マランを見る。

「あの男は、長すぎるほど自分の力を抑えてきた。」

 シェフィルが目を細めた。

「抑制そのものが、能力因子へ負荷を蓄積させたと?」

「可能性はある。」

「では助けるの?」

 ネフィの問いに。

 ゼゥテルは即答しなかった。

 長い沈黙の後。

「まだだ。」

 七人は。

 動かない。

 ただ。

 その結末を見ていた。

     ◇

 一方。

 別の場所から同じ異変を見ていたデウスが、僅かに目を細めた。

「マラン。」

 隣のアメスが彼を見る。

「かなり危険ですね。」

「ああ。」

「介入しますか?」

「しない。」

 デウスの答えは変わらない。

 彼らもまた、未だ傍観者だった。

「だが。」

 デウスはマランではなく。

 能研ハウスの方角へ視線を向ける。

「彼らは気付いた。」

     ◇

「行くぞ」

 能研ハウス。

 惣一は既に立ち上がっていた。

「マランを探す。」

 ソウヤもすぐに立つ。

「でも場所が分からないぞ!」

「探すしかない。」

「東京全部!?」

「いや」

 タジがモニターを見る。

「さっき能力異常の観測データを拾った。」

「どこ!?」

「東京郊外。山間部。」

 画面には、衛星データから検出された奇妙な欠損領域が映し出されていた。

 森林の一部が。

 不自然なほど。

 消えている。

 ネリクマの表情が変わる。

「マラン……!」

「私が先行する」

 惣一がddhi-vidha-ñāṇa(神足通)を発動しようとした。

 だが。

 その瞬間。

「待て!」

 イレイダが叫んだ。

 惣一の身体が止まる。

「どうした」

「今。」

 イレイダが惣一を見る。

「お前の能力……。」

「?」

「勝手に発動しかけなかったか?」

 静寂。

 惣一の表情が。

 僅かに変わった。

「……。」

 本人にも。

 分かっていた。

 今、神足通を発動と考えるよりもほんの僅かに早く能力が発動しかけた。

「惣一様……?」

 刹那の声。

 惣一は自分の手を見る。

「私にも。」

 そして。

 静かに言った。

「始まったようだ。」

 その言葉が落ちた直後だった。

「……ッ!」

 イレイダの右腕が勝手に震える。

 柚季の身体が数センチ浮き。

 小雨が眼帯を押さえる。

 結衣の両手から淡い光が漏れ出した。

「嘘……。」

 燕の顔から血の気が引く。

 ソウヤも胸を押さえた。

『ソウヤ!』

「分かってる!」

 レイが。

 突然。

 いつもより近く感じる。

 まるで。

 意識の表面へ押し上げられてくるように。

「みんな……!」

 結衣が叫ぶ。

 能力者たちの中で。

 何かが。

 同時に動き始めていた。


 そして。


 東京郊外。

 マランが空を見上げる。

 黒い力に包まれながら。

 必死に自我を繋ぎ止める。

「来るな……。」

 誰に言ったのか。

 自分でも分からない。

 能研か。

 ネリクマか。

 ネネか。

 それとも。

 この世界すべてに向けてなのか。

 マランは拳を握り。

 震える声で呟いた。


「今の俺に――」


 次の瞬間。

 周囲数百メートルの空間が、音もなく。


 消滅した。


「――近づくな。」


 能力者が能力を操る。

 それが、これまでの常識だった。


 しかし、今。

 その主従関係が。


 世界中で――

 逆転し始めていた。


――第162話 完

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