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Psycer Brain ─ 神に抗え。その力で運命を変えろ─  作者: n217 (嘯江 新)


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161/172

第161話「揺らぎ始める世界」

その日の夜。


世界は、静かに狂い始めていた。


東京――。

 

ある能力者は、いつもなら指先にしか生み出せない炎を、突然ビル数階分もの高さまで噴き上げた。


別の場所では、念動能力を持つ少年が、自分の意思とは無関係に周囲の車を浮かせてしまった。


 能力が一時的に消えた者。

 逆に、これまで経験したことのない出力へ達した者。


 そして――。


これまで自分が能力者だとすら知らなかった人間が、初めて力を発現した事例まで確認された。


 日本だけではない。

 世界中。

 ほぼ同時刻だった。

     ◇

 能研ハウス――。

「……五百七十三」

 タジが呟いた。

 ソウヤはソファに座ったまま顔を上げる。

「何が?」

「現時点で確認できた異常能力発現の報告数」

「……は?」

「五百七十三件」

「一晩で?」

「一晩で」

 タジはモニターから目を離さない。

「しかもこれはネット上で確認できた分だけ。未報告を含めたら、もっと多い」

「マジかよ……」

 ソウヤは背もたれへ身体を預けた。

 全身が痛い。


 一仁との戦い。

 GENESIS。

 オールドマン。

 そしてグラン率いるマスタークラウン。


 ここ数日の出来事だけで、数年分は戦った気がする。


「休ませてくれよ……」


「同感だ」


 横から声。

 イレイダだった。


 椅子に深く腰掛け、軍帽を顔に乗せている。


「私の内臓も休暇申請を出してるぞ」

「そんな申請ある?」

「今作った」

「却下されそう」

「誰にだよ」

 その時。

「休む人はちゃんと休んでください」

 結衣が救急箱を抱えてやって来た。

「特にイレイダ」

「私?」

「あなたです」

「ソウヤの方が酷いだろ」

「ソウヤはさっき治療しました」

「早いな」

「イレイダが逃げてただけです」

「……。」

 軍帽の下で沈黙。

 ソウヤが吹き出した。

「怒られてる」

「お前笑うな」

     ◇

 能研ハウスの別室。

 グランは眠っていた。

 結衣による治療のおかげで生命の危険は脱している。

 だが。

 肉体より深刻なのは――精神だった。

 Compulsory executor(強制執行)。

 何度も重ねた宣言。

 その反動によって。

 グラン自身の記憶。

 思考。

 知性。

 その一部は既に傷付いている。

 ベッドの横にはネネ。

 そしてアランダ。

「……。」

 ネネは椅子に座り、眠るグランを見つめていた。

 アランダがその頭を優しく撫でる。

「少し休みなさい」

「でも……。」

「あなたも右目を酷使したでしょう?」

「……うん。」

 眼帯の奥。

 まだ痛みが残っている。

「グラン。」

 ネネが小さく呟く。

「起きたら……。」

「どうなるのかな」

 アランダはすぐには答えなかった。

「分からないわ」

「……。」

「でも。」

 アランダは眠るグランを見る。

「今度は。」

「この人自身が決める番でしょうね」

 ネネがアランダを見る。

「グランが?」

「ええ」

「マランも自分で道を選んだ」

「ペインも。」

「ラルゴも。」

 そして。

「私も。」

 アランダは小さく笑った。

「だから。」

「グランにも選んでもらいましょう」

「……うん」

     ◇

 その頃。

 能研ハウスの台所。

「肉。」

「ない」

「肉。」

「ないって」

「肉。」

「うるさい!」

 柚季の怒声。

 ペインは机へ突っ伏していた。

 bloodbath Slaughter――殺戮真化。

 能力向上状態そのものは既に収束へ向かっている。

 だが。

 その反動は強烈だった。

「腹減ったぁ……」

「さっき三人前食べたでしょ!」

「あれ前菜」

「胃袋どうなってんのよ!」

 ラルゴは隣で巨大な丼を抱えている。

「……うまい。」

「あなたも食べすぎ!」

「腹減った。」

「ペインと同じこと言わないで!」

「……俺より食ってね?」

 ペインが顔を上げる。

 ラルゴは無言で丼を空にした。

「負けた……。」

「何の勝負よ」

 少し離れた場所。

 燕が頭を抱えていた。

「どうして敵だった人たちが普通にご飯を食べているんでしょう……。」

 小雨が机へ頬をつける。

「……平和。」

「平和で片付けないでください」

「眠い……。」

「それもいつも通りですね……。」

     ◇

「田島」

 惣一の声に。

 タジがモニターを切り替えた。


 リビングには。

 惣一。

 刹那。

 夢幻。

 ソウヤ。

 イレイダ。

 結衣。

 そして燕たち。

 能研と名取家の主要メンバーが集まっている。


「現在確認されてる異常現象は三種類」

 タジが画面へ表示する。

「一つ目。」

「能力出力の異常上昇。」

「二つ目。」

「能力の一時的な消失。」

「三つ目。」

 一拍。

「新規能力者の突然発現。」

 夢幻が目を細める。

「それらが同時刻に?」

「ほぼ」

「誤差は?」

「数分程度」

 刹那が腕を組む。

「世界規模の現象と考えるべきですね。」

「ああ」

 惣一が頷いた。

「しかし。」

「昨日の光と関係している証拠はまだない。」

「ないです」

 タジが答える。

「ただ。」

 別のグラフ。

「異常発生の時刻と、昨日の電子機器停止がほぼ一致してる」

 ソウヤが眉をひそめる。

「偶然にしては出来すぎか」

「そういうこと」

     ◇

「でも。」

 結衣が静かに手を挙げた。

「一つ分からないことがあるんだけど」

「何?」

「大昔の太陽フレアが能力の始まりだったんだよね?」

「うん」

「だったら。」

「今回も太陽フレアが起きたってことじゃないの?」

 タジが首を振る。

「それが違う。」

「観測記録に。」

「能力因子の起源になったレベルの大規模なフレアは確認されてない。」

「じゃあ……。」

「昨日の太陽活動だけじゃ。」

「世界中の能力者があんな反応した理由を説明できない。」

 室内が静まる。

 ソウヤは腕を組んだ。

「つまり。」

「原因は太陽そのものじゃない?」

「可能性はある。」

 タジが答える。

「でも。」

「太陽由来の何かに近い性質を持ってる。」

「だから。」

「能力因子が反応した。」

 惣一が静かに呟く。

「共鳴……か。」

 ソウヤが振り返る。

「共鳴?」

「ああ。」

「起源と近い性質の何かに。」

「能力者の中に残る因子が反応している。」

 そこまで言って。

 惣一は。

 ふと。

 昨日、遠方から戦場を見ていた二人を思い出した。

 デウス。

 アメス。

 彼らなら。

 何かを知っているのではないか。

     ◇

 同時刻。

 異空間――。

 現実世界とは切り離された空間。

 そこに。

 七つの存在がいた。

 覇者の集い。

 ゼゥテル。

 シェフィル。

 ネフィ。

 マオン。

 マコン。

 ゲヴォン。

 ペルム。

 誰も戦っていない。

 誰も現実世界へ干渉していない。

 ただ。

 一枚の巨大な光景を見ていた。

 そこには――

 世界各地で発生する能力異常。

 その全てが映し出されている。

「……。」

 ゼゥテルは足を組み。

 静かに世界を見下ろしていた。

「変化が早い。」

 ネフィが言う。

「予想よりもね。」

 マオンが腕を組む。

「止めるか?」

「まだだ。」

 ゼゥテルの答えは即座だった。

「我々は観測する。」

「しかし。」

 シェフィルが視線を上げる。

「このまま能力因子の変化が加速すれば。」

「世界の均衡そのものが崩れる。」

「そうだ。」

 それでも。

 ゼゥテルは動かない。

「だからこそ。」

「見届けるのだ。」

「人間が。」

「能力者が。」

「自らどこまで辿り着くのかを。」

 誰も反論しなかった。


 覇者の集いは――

 まだ。

 傍観者。

     ◇

 その異空間のさらに外。

 デウスとアメス。

 二人は静かに歩いていた。

「彼らも気付き始めましたね」

 アメス。

「ああ。」

「共鳴に。」

「まだ名前だけだ。」

「原因までは辿り着いていない。」

 アメスはデウスを見る。

「教えるつもりは?」

「ない。」

「でしょうね。」

 少し笑う。

「でも。」

 アメスの表情が変わる。

「このままなら。」

「いずれ。」

「彼らと私たちは。」

 言葉を切る。

 デウスが代わりに続けた。

「戦う。」

「……。」

「避けられませんか?」

 デウスは答えない。

 長い沈黙。

「それを決めるのは。」

「我々だけではない。」

     ◇

 東京郊外。

 マランは一人で歩いていた。

 人混みを避け。

 人気のない河川敷。

 足を止める。

「……。」

 右手を開く。

 excidium(壊滅)。

 発動はしない。

 ただ。

 自分の中の力へ意識を向ける。

「……。」

 昨日。

 あの光。

 能力が。

 確かに何かへ応えた。

「俺の力は。」

「何に反応した。」

 返事などない。

 当然だ。

 だが。

 胸の奥。

 今まで感じたことのなかった。

 微かな違和感。

「……まだ。」

 マランは目を閉じる。

「残ってる。」

 その瞬間。

 ピリッ――。

「!」

 指先。

 ごく僅か。

 黒い力。

 マランが即座に握り潰すように拳を閉じる。

「勝手に出るな。」

 能力が消える。

 額に汗。

「……冗談じゃない。」

 昨日より。

 力が強い。

 それも。

 自分が望んだわけではない。

「まさか。」

 マランの顔が険しくなる。

「能力そのものが。」

「成長してるのか……?」

     ◇

 能研ハウス。

「それで?」

 イレイダが聞いた。

「私たちはどうする。」

 タジは椅子へもたれる。

「少なくとも。」

「今すぐ殴りに行く相手はいない。」

「珍しいな」

「嬉しそうに言うな!」

 惣一が口を開く。

「まず。」

「世界各地の能力異常を追う。」

「同時に。」

「オールドマンが残したGENESISの研究データを再解析する。」

 ソウヤが頷く。

「能力因子の共鳴条件を探す?」

「ああ。」

「そして。」

 惣一の声が少し低くなる。

「デウスたちとも。」

「いずれ話をする必要がある。」

 イレイダが眉を上げる。

「昨日の傍観者か。」

「ああ。」

「彼らは。」

「何かを知っている。」

     ◇

「賛成!」

 突然。

 ペイン。

 全員が振り返る。

 ペインは。

 大量の食器を抱えて立っていた。

「なんでお前いるんだよ!」

「だから腹減って――」

「それはもう分かった!」

「でさ。」

 ペインはソウヤを見る。

「次の戦い。」

「俺も行っていい?」

「……は?」

「暇だし。」

「旅行じゃねぇんだぞ!」

「戦えるならどこでもいい」

「全然反省してねぇ!」

 イレイダが刀へ手を掛ける。

「今ここで叩くか?」

「待って待って。」

 ペインが一歩下がる。

 その背後。

 アランダ。

 そしてラルゴ。

「私たちは。」

 アランダが静かに言う。

「まだあなたたちの仲間になったつもりはないわ。」

「当然です。」

 燕が即答する。

「でも。」

 アランダはネネを見る。

「グランが起きるまで。」

「ここにいさせてもらえるかしら。」

 惣一が彼女を見る。

 少しの沈黙。

「条件付きだ。」

「でしょうね。」

「能力の使用は禁止。」

 ペインが叫ぶ。

「えぇ!?」

「お前は特に禁止。」

「名指し!?」

「当然だろ」

 ソウヤとイレイダの声が綺麗に重なった。

     ◇

 その時。

 ピーッ。

 タジの端末。

「ん?」

「どうした?」

 画面を見る。

 新しい報告。

 一件。

 海外。

「……また能力異常か?」

「いや。」

 タジの表情が変わった。

「違う。」

「何が?」

「これ。」


 モニターへ映す。


 そこには。

 監視カメラらしき映像。


 夜の街。

 一人の能力者。

 その男の身体から。

 異様な光が放たれている。

 そして。

 男の背後。

 空間が――

 歪んでいた。

「……何だこれ」

 ソウヤが立ち上がる。

 映像の中。

 能力者が叫ぶ。

 音声はノイズだらけ。

 それでも。

 辛うじて聞こえた。

『俺じゃない……!』

『止まらない……!』

『能力が――』

 映像が乱れる。

『俺の言うことを――』

 そして。

 最後。

『聞かない!!』

 ブツン。

 映像終了。


 沈黙。


 タジが呟く。

「昨日まで。」

「能力の暴発だと思ってた。」


 惣一の目が鋭くなる。

「違うのか。」

「分かりません。」

「でも。」

 タジは画面を指す。

「この人。」

「能力を使ってるんじゃない。」

「能力に使われてるように見えるんです。」

 その言葉。

 誰もすぐには反応できなかった。

     ◇

 そして。

 異空間。

 覇者の集い。

 映像を見ていたゼゥテルが。

 初めて。

 ゆっくりと立ち上がった。

 他の六人が振り返る。

「ゼゥテル?」

 返事はない。

 彼は。

 世界の一点を見ている。

「……。」

 長い沈黙。

 そして。

「早すぎる。」

 低い声。

「何がだ?」

 マオンが尋ねる。

 ゼゥテルの表情には。

 これまで存在しなかったものがあった。

 警戒。

「能力の自律化。」

 その一言で。

 六人の表情が変わる。

「本当に?」

「ああ。」

 ゼゥテルは静かに答える。

「始まっている。」


 覇者の集い。

 傍観者であり続けた七人。

 その彼らが。


 初めて――

 世界へ視線を向け直した。


 能力者が能力を使う時代。

 その常識が。

 終わろうとしている。


 もし、能力そのものが。

 人間の意思を離れ始めたのなら。

 次に起きるのは、能力者同士の戦争などではない。

 人間と能力そのものの戦い。


 その可能性が。

 静かに、世界へ姿を現し始めていた。


――第161話 完

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