第159話「始まりの光」
空から降り注いだ光は、ほんの一瞬だった。
眩しいわけではない。熱いわけでもない。
なのに――ソウヤは、その光から目を離すことができなかった。
「……なんだったんだ、今の」
誰に聞いたわけでもない。
返事の代わりに響いたのは、タジの声だった。
「ちょ、ちょっと待て! 今復旧させてる!」
タジは半壊した機材の前に座り込み、猛烈な勢いで端末を操作していた。
暗転していたモニターが、一つ、また一つと復帰していく。
「通信復旧……監視システムも戻った。外部回線……よし。ストレージも生きてる」
「原因は?」
「それが分かったら苦労しねぇよ!」
「じゃあ分かんねぇのかよ」
「だから今調べてんだろ!」
「お、おう……」
ソウヤは素直に引き下がった。
「まったく……」
柚季が呆れたようにため息をつく。
「戦いが終わったと思ったら、今度は空?今日は忙しすぎるでしょ」
「終わってない」
低い声。
全員の視線が、その男へ向いた。
名取惣一。
彼だけは、まだ空を見上げていた。
「惣一様?」
刹那が声を掛ける。
「何か感じるのですか?」
「……分からない」
その返答に。
夢幻が僅かに眉を上げた。
名取惣一が「分からない」と口にする。
それだけで、異常だった。
「ただ」
惣一はゆっくり視線を下ろす。
「能力によるものではない」
「え?」
ソウヤが聞き返す。
「少なくとも、私が知る能力の気配とは違う」
その言葉に。
戦場へ再び、小さな緊張が走った。
◇
「……光」
戦場から離れかけていたマランも、足を止めていた。
空を見上げる。
何もない。
いつもの空。
雲。
太陽。
それだけだ。
だが。
胸の奥が、妙にざわつく。
「……なんだ」
自分の手を見る。
excidium(壊滅)。
発動していない。
それなのに。
能力そのものが、何かへ反応したような感覚があった。
「気のせいか……?」
「マラン」
後ろから声。
ネリクマだった。
「行くんじゃなかったの?」
「そのつもりだった」
「だった?」
「あの光を見た。」
ネリクマも空を見る。
「私も見たよ」
「何か感じなかったか」
「何かって?」
「……。」
マランは少し考えた。
「能力が。」
「?」
「反応したような気がした。」
ネリクマの表情から、僅かに笑みが消えた。
自分の手を開く。
strāgēs(破壊)。
何も起こらない。
「私は……特に」
「そうか。」
「マランだけ?」
「分からない。」
また。
その言葉。
今日だけで何度口にしただろう。
自分の力のことなのに。
自分自身ですら理解できていない。
「……気持ち悪いな」
マランが呟いた。
◇
遥か遠方。
建物の屋上。
アメスが隣の男を見る。
「今のは?」
「……。」
返事がない。
「デウス?」
「私にも断定できない。」
アメスの目が僅かに見開かれた。
「あなたにも?」
「ああ。」
デウス。
Conclusion the world order(世界結論)。
世界の行く末を握る能力。
ありとあらゆる能力を発動し、一言で事象すら決めることが可能な存在。
そのデウスが。
空を見上げながら――
分からないと言った。
「能力ではないのですか?」
「少なくとも。」
デウスが目を細める。
「誰かが意図的に起こした能力現象には見えない。」
「自然現象?」
「可能性はある。」
アメスも空を見る。
しばらく沈黙が続いた。
「……戻りますか?」
「いや。」
「では、まだここに?」
「ああ。」
デウスの視線が再び戦場へ落ちる。
「もう少し見る。」
「彼らを?」
「違う。」
デウスは静かに答えた。
「この世界を。」
◇
「ん……」
小さな声。
ネネが振り返る。
「グラン!?」
結衣もすぐに治療の手を止めた。
倒れていたグランの指が。
僅かに動いた。
「グランさん!」
「待って」
結衣がネネを制する。
「まだ無理に動かしちゃ駄目」
「でも!」
「大丈夫。呼吸は安定してる」
淡い光が消える。
結衣は額の汗を拭った。
「とりあえず、命に関わる状態からは抜けたと思う」
「……よかった」
ネネの肩から力が抜ける。
アランダも、少し離れた場所で小さく息を吐いた。
「本当に。」
夢幻がその様子を見ながら呟く。
「敵まで治療するとは。」
結衣が振り返る。
「ダメだった?」
「いいえ。」
夢幻は微笑んだ。
「あなたらしいと思っただけです。」
「そ、そう?」
「はい。」
「ただし。」
「?」
「目を覚ました瞬間に再び暴れた場合は、私が呪います。」
「怖いよ!」
「当然の処置です。」
「当然なの!?」
緊張の抜けたやり取りに、燕が苦笑する。
その横で小雨は既に眠そうだった。
「……帰りたい」
「小雨!?」
「もう……眠い……」
「こんなところで寝ないで!」
「……じゃあ、柚季」
「何よ」
「運んで……」
「嫌よ!」
「飛べるじゃん……」
「人をタクシー扱いしないで!」
少しずつ。
本当に少しずつ。
いつもの能研の空気が戻り始めていた。
長かった戦い。
誰もが疲れている。
だからこそ。
こういうくだらない会話が。
今は妙に心地よかった。
◇
「……肉」
「まだ言ってんのかよ」
ソウヤが振り返る。
地面にはペインが大の字になっている。
「腹減った……」
「分かったって」
「死ぬ……」
「能力の反動で腹減って死ぬ奴があるか!」
「あるかもしれないだろ……」
「知らねぇよ!」
「ソウヤ。」
結衣の声。
「何?」
「何か食べ物持ってなかった?」
「なんで俺!?」
「前にお菓子持ってたから」
「いつの話!?」
ソウヤがポケットを探る。
「……。」
出てきた。
小さな栄養補助食品。
「あるじゃない。」
柚季が言う。
「……なんであるんだよ」
ソウヤ自身が一番驚いていた。
ペインが上半身を起こす。
「くれ。」
「嫌だよ」
「くれ。」
「さっき俺殺そうとしてたじゃん!」
「過去の話だろ。」
「数分前だよ!」
「人間、過去に縛られてちゃ前に進めねぇぞ」
「お前が言うな!!」
イレイダが額を押さえる。
「もう渡して黙らせろ……」
「俺の非常食……」
「命より大事か?」
「……。」
ソウヤは渋々投げる。
ペインが受け取る。
包装を破り。
一口。
「……。」
「どうだよ」
「足りねぇ。」
「返せ!!」
◇
その騒ぎから少し離れた場所で。
惣一はグランを見ていた。
その横に刹那と夢幻。
「惣一様。」
「何だ。」
「今後、この者たちをどうしますか?」
刹那の問い。
惣一はすぐには答えなかった。
グラン。
ペイン。
ラルゴ。
アランダ。
ネネ。
そして。
既に離脱を宣言したマラン。
マスタークラウン。
数々の事件を起こしてきた能力者集団。
グランを倒したからといって。
その罪が消えるわけではない。
「少なくとも。」
惣一が口を開く。
「このまま解放するわけにはいかない。」
ペインが遠くから反応する。
「聞こえてるぞー」
「聞こえるように言った。」
「怖っ。」
「お前は特にだ。」
「なんで!?」
イレイダが即答する。
「当たり前だろ。」
「ひどくない?」
「お前は自覚を持て。」
「……。」
惣一は続ける。
「だが。」
ネネを見る。
「事情の違う者もいる。」
グランによって強制的に加入させられた少女。
そして、彼女を姉のように守ってきたアランダ。
「一括りに処理するつもりはない。」
アランダが惣一を見る。
「意外と話が分かるのね。」
「事実を確認して判断するだけだ。」
「そういうところ。」
夢幻が小さく笑う。
「惣一様らしいですね。」
「何がおかしい。」
「何も。」
◇
その時。
「おい。」
低い声。
全員が止まる。
マランだった。
まだ去っていない。
その視線は。
再び――空。
「まただ。」
ソウヤも見上げる。
「何が?」
「……来る。」
「何が来るんだよ」
マランは答えなかった。
答えられなかった。
次の瞬間。
タジのモニターが――
バチッ!!
「うわっ!」
激しいノイズ。
画面に大量のエラー表示。
「なんだ!?」
通信障害。
電子機器の異常。
先ほどより明確だった。
「待て待て待て!」
タジの指が走る。
「外部からの侵入じゃない!」
「じゃあ何だよ!」
「だから!」
タジが叫ぶ。
「俺にも分かんねぇ!!」
その瞬間。
空が。
僅かに――明るくなった。
「……!」
全員が見上げる。
昼間の空。
太陽。
そこから。
微かな光。
先ほどより。
少しだけ強い。
「太陽……?」
結衣が呟く。
惣一の目が細くなる。
マランは自分の胸を押さえた。
「また……。」
今度は。
はっきり分かった。
excidium(壊滅)が反応している。
「なんでだ……。」
そして。
それはマランだけではなかった。
「……え?」
ソウヤが自分の胸へ手を当てる。
頭の奥。
レイ。
『ソウヤ。』
「分かってる。」
人格変化が。
微かに揺れている。
燕も。
「能力向上が……?」
小雨が眼帯へ触れる。
「左目……熱い……。」
柚季。
雛儀。
結衣。
イレイダ。
そして。
名取家。
全員。
能力そのものが。
何かへ反応している。
「これは……。」
惣一が初めて。
明確な驚きを見せた。
◇
誰も知らない。
それは今から何年。
何千年。
何万年。
あるいは。
それより遥か昔だったのか。
記録は残っていない。
記録する者すら、存在していなかったのかもしれない。
ただ。
確かなことが一つだけある。
遥か大昔――。
太陽で。
史上最大規模の太陽フレアが発生した。
通常では考えられないほどのエネルギーが放出され。
地球へ降り注いだ。
それは。
すぐに何かを生み出したわけではない。
人が突然空を飛んだわけでも。
怪力を得たわけでも。
世界を壊したわけでもない。
ただ。
目には見えないほど小さな変化を。
長い時間をかけて。
この星に残した。
世代を超え。
時代を超え。
受け継がれ。
変化し。
そして――。
現代。
その因子は。
人類の中で。
能力として目覚めた。
◇
だが。
そんな真実を。
ソウヤたちはまだ知らない。
「タジ!」
「調べてる!」
「何か分からないの!?」
「太陽活動のデータ引っ張ってる! 待て!」
タジが端末へ意識を集中させる。
Invader(侵入)。
ネットワーク。
観測機関。
公開データ。
膨大な情報へ潜り込んでいく。
「……?」
その中で。
一つ。
妙なものを見つけた。
「なんだ……これ。」
ソウヤが覗き込む。
「何かあった?」
「いや。」
タジの表情が変わる。
「今の太陽活動そのものじゃない。」
「じゃあ?」
「古いデータだ。」
「古い?」
「ああ。」
タジは画面を睨む。
「昔から。」
「太陽活動と能力者の出現について調べてた奴がいる。」
惣一が振り返った。
「何?」
「ただ。」
タジが眉をひそめる。
「データがほとんど消されてる。」
「誰かに?」
「分からん。」
残っているのは。
断片だけ。
そして。
一つの単語。
タジが読み上げる。
「……Solar Flare。」
ソウヤが聞き返す。
「太陽フレア?」
その言葉を。
誰も。
まだ理解していなかった。
◇
遠方。
デウスも。
空を見ていた。
「……そうか。」
アメスが振り返る。
「何か分かったのですか?」
デウスは答えない。
ただ。
ほんの僅かに。
笑った。
「なるほど。」
「デウス?」
「面白くなってきた。」
その瞳が。
太陽を映す。
「我々が見ていたのは。」
能研でも。
名取家でも。
マスタークラウンでもない。
「もっと。」
「遥か昔から続いていたものだったのかもしれない。」
アメスの表情が変わる。
そして。
デウスは戦場へ視線を戻した。
「まだ動くな。」
「ええ。」
「今は。」
「彼らがどこまで辿り着くのか。」
静かに。
「見届ける。」
覇者の集いは。
まだ――
傍観者。
◇
タジのモニター。
そこには。
消去された研究記録の断片が表示されていた。
文字化け。
欠損。
復元不能。
その中で。
辛うじて読み取れる文章が一行。
タジが。
ゆっくり読み上げる。
「――能力者発生の起源について。」
全員が黙る。
「その可能性として。」
次の文字。
タジの表情が強張った。
「……太陽由来の未知の影響を確認。」
「……。」
ソウヤが空を見る。
太陽。
毎日。
当たり前のように。
そこにあるもの。
「まさか。」
自分の手を見る。
「俺たちの能力って……。」
答えは。
まだない。
だが。
この日。
能研は初めて、能力者同士の戦いではなく――
能力そのものの起源へ。
足を踏み入れた。
そして。
その真実の先に待つものが。
やがて彼らと――
覇者の集い。
その決戦へ繋がっていくことを。
この時のソウヤたちは。
まだ知らなかった。
――第159話 完




