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Psycer Brain ─ 神に抗え。その力で運命を変えろ。─  作者: n217 (嘯江 新)


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第159話「始まりの光」

空から降り注いだ光は、ほんの一瞬だった。


眩しいわけではない。熱いわけでもない。


なのに――ソウヤは、その光から目を離すことができなかった。

「……なんだったんだ、今の」

 誰に聞いたわけでもない。

 返事の代わりに響いたのは、タジの声だった。

「ちょ、ちょっと待て! 今復旧させてる!」

 タジは半壊した機材の前に座り込み、猛烈な勢いで端末を操作していた。

 暗転していたモニターが、一つ、また一つと復帰していく。

「通信復旧……監視システムも戻った。外部回線……よし。ストレージも生きてる」

「原因は?」

「それが分かったら苦労しねぇよ!」

「じゃあ分かんねぇのかよ」

「だから今調べてんだろ!」

「お、おう……」

 ソウヤは素直に引き下がった。

「まったく……」

 柚季が呆れたようにため息をつく。

「戦いが終わったと思ったら、今度は空?今日は忙しすぎるでしょ」

「終わってない」

 低い声。

 全員の視線が、その男へ向いた。

 名取惣一。

 彼だけは、まだ空を見上げていた。

「惣一様?」

 刹那が声を掛ける。

「何か感じるのですか?」

「……分からない」

 その返答に。

 夢幻が僅かに眉を上げた。

 名取惣一が「分からない」と口にする。

 それだけで、異常だった。

「ただ」

 惣一はゆっくり視線を下ろす。

「能力によるものではない」

「え?」

 ソウヤが聞き返す。

「少なくとも、私が知る能力の気配とは違う」

 その言葉に。

 戦場へ再び、小さな緊張が走った。

     ◇

「……光」

 戦場から離れかけていたマランも、足を止めていた。

 空を見上げる。

 何もない。

 いつもの空。

 雲。

 太陽。

 それだけだ。

 だが。

 胸の奥が、妙にざわつく。

「……なんだ」

 自分の手を見る。

 excidium(壊滅)。

 発動していない。

 それなのに。

 能力そのものが、何かへ反応したような感覚があった。

「気のせいか……?」

「マラン」

 後ろから声。

 ネリクマだった。

「行くんじゃなかったの?」

「そのつもりだった」

「だった?」

「あの光を見た。」

 ネリクマも空を見る。

「私も見たよ」

「何か感じなかったか」

「何かって?」

「……。」

 マランは少し考えた。

「能力が。」

「?」

「反応したような気がした。」

 ネリクマの表情から、僅かに笑みが消えた。

 自分の手を開く。

 strāgēs(破壊)。

 何も起こらない。

「私は……特に」

「そうか。」

「マランだけ?」

「分からない。」

 また。

 その言葉。

 今日だけで何度口にしただろう。

 自分の力のことなのに。

 自分自身ですら理解できていない。

「……気持ち悪いな」

 マランが呟いた。

     ◇

 遥か遠方。

 建物の屋上。

 アメスが隣の男を見る。

「今のは?」

「……。」

 返事がない。

「デウス?」

「私にも断定できない。」

 アメスの目が僅かに見開かれた。

「あなたにも?」

「ああ。」

 デウス。

 Conclusion the world order(世界結論)。

 世界の行く末を握る能力。

 ありとあらゆる能力を発動し、一言で事象すら決めることが可能な存在。

 そのデウスが。

 空を見上げながら――

 分からないと言った。

「能力ではないのですか?」

「少なくとも。」

 デウスが目を細める。

「誰かが意図的に起こした能力現象には見えない。」

「自然現象?」

「可能性はある。」

 アメスも空を見る。

 しばらく沈黙が続いた。

「……戻りますか?」

「いや。」

「では、まだここに?」

「ああ。」

 デウスの視線が再び戦場へ落ちる。

「もう少し見る。」

「彼らを?」

「違う。」

 デウスは静かに答えた。

「この世界を。」

     ◇

「ん……」

 小さな声。

 ネネが振り返る。

「グラン!?」

 結衣もすぐに治療の手を止めた。

 倒れていたグランの指が。

 僅かに動いた。

「グランさん!」

「待って」

 結衣がネネを制する。

「まだ無理に動かしちゃ駄目」

「でも!」

「大丈夫。呼吸は安定してる」

 淡い光が消える。

 結衣は額の汗を拭った。

「とりあえず、命に関わる状態からは抜けたと思う」

「……よかった」

 ネネの肩から力が抜ける。

 アランダも、少し離れた場所で小さく息を吐いた。

「本当に。」

 夢幻がその様子を見ながら呟く。

「敵まで治療するとは。」

 結衣が振り返る。

「ダメだった?」

「いいえ。」

 夢幻は微笑んだ。

「あなたらしいと思っただけです。」

「そ、そう?」

「はい。」

「ただし。」

「?」

「目を覚ました瞬間に再び暴れた場合は、私が呪います。」

「怖いよ!」

「当然の処置です。」

「当然なの!?」

 緊張の抜けたやり取りに、燕が苦笑する。

 その横で小雨は既に眠そうだった。

「……帰りたい」

「小雨!?」

「もう……眠い……」

「こんなところで寝ないで!」

「……じゃあ、柚季」

「何よ」

「運んで……」

「嫌よ!」

「飛べるじゃん……」

「人をタクシー扱いしないで!」

 少しずつ。

 本当に少しずつ。

 いつもの能研の空気が戻り始めていた。

 長かった戦い。

 誰もが疲れている。

 だからこそ。

 こういうくだらない会話が。

 今は妙に心地よかった。

     ◇

「……肉」

「まだ言ってんのかよ」

 ソウヤが振り返る。

 地面にはペインが大の字になっている。

「腹減った……」

「分かったって」

「死ぬ……」

「能力の反動で腹減って死ぬ奴があるか!」

「あるかもしれないだろ……」

「知らねぇよ!」

「ソウヤ。」

 結衣の声。

「何?」

「何か食べ物持ってなかった?」

「なんで俺!?」

「前にお菓子持ってたから」

「いつの話!?」

 ソウヤがポケットを探る。

「……。」

 出てきた。

 小さな栄養補助食品。

「あるじゃない。」

 柚季が言う。

「……なんであるんだよ」

 ソウヤ自身が一番驚いていた。

 ペインが上半身を起こす。

「くれ。」

「嫌だよ」

「くれ。」

「さっき俺殺そうとしてたじゃん!」

「過去の話だろ。」

「数分前だよ!」

「人間、過去に縛られてちゃ前に進めねぇぞ」

「お前が言うな!!」

 イレイダが額を押さえる。

「もう渡して黙らせろ……」

「俺の非常食……」

「命より大事か?」

「……。」

 ソウヤは渋々投げる。

 ペインが受け取る。

 包装を破り。

 一口。

「……。」

「どうだよ」

「足りねぇ。」

「返せ!!」

     ◇

 その騒ぎから少し離れた場所で。

 惣一はグランを見ていた。

 その横に刹那と夢幻。

「惣一様。」

「何だ。」

「今後、この者たちをどうしますか?」

 刹那の問い。

 惣一はすぐには答えなかった。

 グラン。

 ペイン。

 ラルゴ。

 アランダ。

 ネネ。

 そして。

 既に離脱を宣言したマラン。

 マスタークラウン。

 数々の事件を起こしてきた能力者集団。

 グランを倒したからといって。

 その罪が消えるわけではない。

「少なくとも。」

 惣一が口を開く。

「このまま解放するわけにはいかない。」

 ペインが遠くから反応する。

「聞こえてるぞー」

「聞こえるように言った。」

「怖っ。」

「お前は特にだ。」

「なんで!?」

 イレイダが即答する。

「当たり前だろ。」

「ひどくない?」

「お前は自覚を持て。」

「……。」

 惣一は続ける。

「だが。」

 ネネを見る。

「事情の違う者もいる。」

 グランによって強制的に加入させられた少女。

 そして、彼女を姉のように守ってきたアランダ。

「一括りに処理するつもりはない。」

 アランダが惣一を見る。

「意外と話が分かるのね。」

「事実を確認して判断するだけだ。」

「そういうところ。」

 夢幻が小さく笑う。

「惣一様らしいですね。」

「何がおかしい。」

「何も。」

     ◇

 その時。

「おい。」

 低い声。

 全員が止まる。

 マランだった。

 まだ去っていない。

 その視線は。

 再び――空。

「まただ。」

 ソウヤも見上げる。

「何が?」

「……来る。」

「何が来るんだよ」

 マランは答えなかった。

 答えられなかった。

 次の瞬間。

 タジのモニターが――

 バチッ!!

「うわっ!」

 激しいノイズ。

 画面に大量のエラー表示。

「なんだ!?」

 通信障害。

 電子機器の異常。

 先ほどより明確だった。

「待て待て待て!」

 タジの指が走る。

「外部からの侵入じゃない!」

「じゃあ何だよ!」

「だから!」

 タジが叫ぶ。

「俺にも分かんねぇ!!」

 その瞬間。

 空が。

 僅かに――明るくなった。

「……!」

 全員が見上げる。

 昼間の空。

 太陽。

 そこから。

 微かな光。

 先ほどより。

 少しだけ強い。

「太陽……?」

 結衣が呟く。

 惣一の目が細くなる。

 マランは自分の胸を押さえた。

「また……。」

 今度は。

 はっきり分かった。

 excidium(壊滅)が反応している。

「なんでだ……。」

 そして。

 それはマランだけではなかった。

「……え?」

 ソウヤが自分の胸へ手を当てる。

 頭の奥。

 レイ。

『ソウヤ。』

「分かってる。」

 人格変化が。

 微かに揺れている。

 燕も。

「能力向上が……?」

 小雨が眼帯へ触れる。

「左目……熱い……。」

 柚季。

 雛儀。

 結衣。

 イレイダ。

 そして。

 名取家。

 全員。

 能力そのものが。

 何かへ反応している。

「これは……。」

 惣一が初めて。

 明確な驚きを見せた。

     ◇

 誰も知らない。

 それは今から何年。

 何千年。

 何万年。

 あるいは。

 それより遥か昔だったのか。

 記録は残っていない。

 記録する者すら、存在していなかったのかもしれない。

 ただ。

 確かなことが一つだけある。

 遥か大昔――。

 太陽で。

 史上最大規模の太陽フレアが発生した。

 通常では考えられないほどのエネルギーが放出され。

 地球へ降り注いだ。

 それは。

 すぐに何かを生み出したわけではない。

 人が突然空を飛んだわけでも。

 怪力を得たわけでも。

 世界を壊したわけでもない。

 ただ。

 目には見えないほど小さな変化を。

 長い時間をかけて。

 この星に残した。

 世代を超え。

 時代を超え。

 受け継がれ。

 変化し。

 そして――。

 現代。

 その因子は。

 人類の中で。

 能力として目覚めた。

     ◇

 だが。

 そんな真実を。

 ソウヤたちはまだ知らない。

「タジ!」

「調べてる!」

「何か分からないの!?」

「太陽活動のデータ引っ張ってる! 待て!」

 タジが端末へ意識を集中させる。

 Invader(侵入)。

 ネットワーク。

 観測機関。

 公開データ。

 膨大な情報へ潜り込んでいく。

「……?」

 その中で。

 一つ。

 妙なものを見つけた。

「なんだ……これ。」

 ソウヤが覗き込む。

「何かあった?」

「いや。」

 タジの表情が変わる。

「今の太陽活動そのものじゃない。」

「じゃあ?」

「古いデータだ。」

「古い?」

「ああ。」

 タジは画面を睨む。

「昔から。」

「太陽活動と能力者の出現について調べてた奴がいる。」

 惣一が振り返った。

「何?」

「ただ。」

 タジが眉をひそめる。

「データがほとんど消されてる。」

「誰かに?」

「分からん。」

 残っているのは。

 断片だけ。

 そして。

 一つの単語。

 タジが読み上げる。

「……Solar Flare。」

 ソウヤが聞き返す。

「太陽フレア?」

 その言葉を。

 誰も。

 まだ理解していなかった。

     ◇

 遠方。

 デウスも。

 空を見ていた。

「……そうか。」

 アメスが振り返る。

「何か分かったのですか?」

 デウスは答えない。

 ただ。

 ほんの僅かに。

 笑った。

「なるほど。」

「デウス?」

「面白くなってきた。」

 その瞳が。

 太陽を映す。

「我々が見ていたのは。」

 能研でも。

 名取家でも。

 マスタークラウンでもない。

「もっと。」

「遥か昔から続いていたものだったのかもしれない。」

 アメスの表情が変わる。

 そして。

 デウスは戦場へ視線を戻した。

「まだ動くな。」

「ええ。」

「今は。」

「彼らがどこまで辿り着くのか。」

 静かに。

「見届ける。」

 覇者の集いは。

 まだ――

 傍観者。

     ◇

 タジのモニター。

 そこには。

 消去された研究記録の断片が表示されていた。

 文字化け。

 欠損。

 復元不能。

 その中で。

 辛うじて読み取れる文章が一行。

 タジが。

 ゆっくり読み上げる。

「――能力者発生の起源について。」

 全員が黙る。

「その可能性として。」

 次の文字。

 タジの表情が強張った。

「……太陽由来の未知の影響を確認。」

「……。」

 ソウヤが空を見る。

 太陽。

 毎日。

 当たり前のように。

 そこにあるもの。

「まさか。」

 自分の手を見る。

「俺たちの能力って……。」

 答えは。

 まだない。

 だが。

 

この日。

能研は初めて、能力者同士の戦いではなく――

 能力そのものの起源へ。

 足を踏み入れた。

 そして。

 その真実の先に待つものが。

 やがて彼らと――

 覇者の集い。

 その決戦へ繋がっていくことを。

 この時のソウヤたちは。

 まだ知らなかった。


――第159話 完

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