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Psycer Brain ─ 神に抗え。その力で運命を変えろ。─  作者: n217 (嘯江 新«ウソブエ シン»)


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第156話「グラン -最後の抗い-」

能研ハウス周辺――


誰も動かなかった。

惣一。

マラン。

ソウヤ。

イレイダ。

刹那。

夢幻。

そして――マスタークラウンの者たち。

全員が、一人の男を見ていた。

グラン。

鼻から。

口から。

耳から。

血が流れている。

呼吸は乱れ、足元も覚束ない。

それでも。

右手だけは、真っ直ぐ惣一へ向けられていた。

「最後だ。」

赤い瞳が輝く。

Compulsory executor――強制執行。

惣一は静かに構える。

iddhi-vidha-ñāṇa――神足通。

「来い。」

グランの口元が僅かに上がった。

「宣言する。」


そして――

言った。


「名取惣一。」

「お前は――私を倒す。」


「……!」

ソウヤが目を見開いた。

「え……?」

イレイダも言葉を失う。

刹那。

夢幻。

マラン。

そして――

ペインたちですら。

誰も。

その宣言を予想していなかった。

「……グラン。」

マランが呟く。

グランは振り返らない。

ただ惣一だけを見ている。

「何のつもりだ。」

惣一が尋ねる。

グランは笑った。

「言葉通りだ。」

「俺の宣言は。」

「必ず実行される。」

「だから。」

両腕を広げる。

「お前は。」

「俺を倒す。」

ペインが叫ぶ。

「グラン!」

グランの目が僅かに動く。

「何やってんだよ!」

「最後って。」

「そういう意味じゃねぇだろ!」

アランダも一歩前へ出る。

「グラン。」

「撤回して。」

「……。」

「聞こえているでしょう?」

「その宣言を撤回しなさい。」

ラルゴも。

「……グラン。」

短い。

それでも。

そこには明確な感情があった。

だが。

グランは首を横に振った。

「撤回しない。」


ネネが屋上から叫ぶ。

「グラン!!」

グランが初めて。

屋上を見る。

眼帯を戻した少女。

その横にはネリクマ。

「ネネ。」

「やめて!!」

「もう能力を使わないで!」

「……。」

「戻ってきて!」

グランの瞳が僅かに揺れる。

「戻る……?」

「はい!」

「みんなで!」

ネネの声が震える。

「もう戦わなくていいから!」

「だから……!」

グランは。

ほんの少しだけ笑った。

「そうか。」

「……。」

「お前は。」

「優しいな。」

ネネの目に涙が浮かぶ。

「だったら……!」

「だから。」

グランは視線を惣一へ戻した。

「俺のようにはなるな。」

「……え?」

マランの表情が変わる。

「グラン。」

「何だ。」

「お前。」

「正気に戻っているのか。」

グランは答えない。

しばらく沈黙。

そして。

「分からない。」

「……。」

「何が俺の意思で。」

頭を押さえる。

「何が能力の反動なのか。」

笑う。

「もう。」

「よく分からない。」

マランの拳が握られる。

「なら宣言を撤回しろ。」

「嫌だ。」

「なぜだ!」

マランが叫んだ。

「俺を止めるために自分を壊す必要なんてない!」

グランの表情が止まる。

「……。」

「俺は。」

マランが続ける。

「お前に従わない。」

「でも。」

一歩。

「だからって。」

さらに。

「お前に死んでほしいわけじゃない。」

グランはマランを見る。

長い沈黙。

「……そうか。」

それだけだった。

惣一が口を開く。

「グラン。」

「何だ。」

「私は。」

構えを解いた。

刹那が驚く。

「惣一様?」

「お前を殺すつもりはない。」

グランが笑う。

「知っている。」

「なら。」

「だが。」

グランが遮る。

「俺は『殺せ』とは宣言していない。」

惣一の目が細くなる。

「……。」

「倒せ。」

「そう言っただけだ。」

その言葉に。

夢幻が気付いた。

「なるほど……。」

ソウヤが振り返る。

「何?」

夢幻はグランを見る。

「まだ。」

「道を残している。」

グランの宣言。

名取惣一はグランを倒す。

殺害ではない。

死亡でもない。


倒す。


ならば――

グランを生かしたまま戦闘不能にすることでも、宣言は成立する。

惣一も理解していた。

「最後まで。」

「言葉の使い方だけは冷静だな。」

グランが笑う。

「俺の能力だからな。」

その瞬間。

グランが地面を蹴った。

「!」

惣一へ向かう。

能力による追加宣言はない。

純粋な拳。

惣一が受け止める。

ガッ!!

グラン。

右拳。

惣一がかわす。

左。

受け流す。

蹴り。

惣一が腕で防ぐ。

「はぁぁぁぁ!!」

グランが叫ぶ。

拳。

拳。

拳。

何度も。

何度も。

惣一へ叩き込む。

だが。

惣一はすべてを受け止める。

「どうした!」

グランが叫ぶ。

「俺を倒すんだろう!」

惣一は答えない。

「宣言は!」

拳。

「絶対だ!!」

さらに拳。

「なら!」

グランの拳が振り上がる。

「実行しろ!!」

惣一の目が鋭くなった。

「分かった。」

その瞬間。

姿が消える。

iddhi-vidha-ñāṇa――神足通。

「!」

グランの背後。

だが。

グランは振り向いた。

「そこだ!」

拳。

惣一が頭を下げる。

空振り。

懐へ。

掌底。

ドゴッ!!

「ぐっ!」

グランの身体が浮く。

惣一は腕を掴む。

そのまま。

投げる。

ドォォォン!!

地面へ叩きつける。

「がはっ!」

それでも。

グランは立とうとする。

「まだ……。」

惣一が見下ろす。

「十分だ。」

「まだだ……!」

「グラン。」

「俺は!」

膝を立てる。

「まだ……!」

立ち上がる。

マランが見ている。

ペインも。

アランダも。

ラルゴも。

ネネも。

全員が。

グランを見る。

「俺は。」

グランの呼吸が乱れる。

「能力者を……。」

一歩。

「能力者を……。」

また。

言葉が止まる。

「何から……。」

頭を押さえる。

「何から。」

「守ろうとしてた……?」

マランが目を伏せる。

「グラン……。」

「違う。」

グランが笑う。

「守る?」

「俺が?」

「ハ……。」

「俺は。」

「復讐……。」

「弾圧……。」

「世界……。」

言葉が繋がらない。

自分の過去。

目的。

思想。

怒り。

能力を使うたびに。

少しずつ。

削られていった。

惣一がグランの前へ立つ。

「もういい。」

「……。」

「終わりにしよう。」

グランが顔を上げる。

「終わり……?」

「ああ。」

惣一が拳を握る。

グランは。

その拳を見て――

笑った。

「そうだ。」

「それでいい。」

両腕を下ろす。

防御しない。

「来い。」

惣一は動かない。

「……。」

「どうした。」

「私は。」

「無抵抗の人間を殴る趣味はない。」

グランが鼻で笑う。

「面倒な男だ。」

「よく言われる。」

「なら。」

グランが拳を構えた。

「これならいいだろ。」

惣一も構える。

「ああ。」

二人。

最後の一撃。


グランが踏み込む。

「名取惣一ぃぃぃ!!」


惣一も踏み込む。

「グラン!!」


拳と拳が交差する。


だが。

速度。

技術。

判断。

すべて。

惣一が上だった。

グランの拳が惣一の頬へ届くより早く。

惣一の掌底が――

グランの胸へ入る。

ドゴォォォン!!

「――ッ!!」

時間が止まったように。

グランの身体が浮いた。

数メートル。

後方へ。

ドサッ――。

地面へ倒れる。

静寂。

「……。」

グランは動かない。

ソウヤが息を呑む。

「……やったのか?」

結衣が駆け出そうとする。

だが。

惣一が手で制する。

そして。

グランの傍らへ。

しゃがむ。

首元へ指を当てる。

数秒。

「……。」

惣一が立ち上がった。

「生きている。」

結衣が胸を撫で下ろす。

マランも目を閉じた。


その瞬間。

パキィィン――。


戦場に。

何かが砕けるような感覚が走った。

マランの身体。

「……!」

見えない鎖が。

消えた。

グランの意識喪失。

Compulsory executor(強制執行)の解除。

「……動く。」

マランが自分の手を見る。

自由だ。

服従の宣言は――

消えた。

そして。

グランの最後の宣言。

名取惣一は、俺を倒す。

その結果も。

今。

完全に実行された。

惣一は倒れたグランを見下ろす。

「……自分の能力で。」

「自分の敗北を決めたか。」

夢幻が静かに呟く。

「皮肉ですね。」

刹那は何も言わなかった。


「グラン……。」

ペイン。

いつもの笑みはない。


アランダも人形の動きを止めている。

ラルゴも。

拳を下ろした。

三人とも。

戦意を失ったわけではない。


だが――

誰も動けなかった。

自分たちを率いてきた男が。

目の前で倒れた。

ネネが屋上から走り出す。

「グラン!」

「ネネ!」

ネリクマも追う。


階段。

そして地上へ。


ネネはグランのもとへ駆け寄った。

「グラン……!」

結衣も近づく。

ネネが一瞬警戒する。

だが。

結衣はしゃがむ。

「治療します。」

ネネが驚く。

「でも。」

「この人は……。」

「敵です。」

結衣は答える。

「でも。」

両手をグランへ向ける。

Healer――回復。

淡い光。

「生きているのなら。敵味方関係なく!」

「助けます!」

ネネの目から。

涙が落ちた。

「……ありがとう。」

マランは少し離れた場所から見ていた。

ネリクマが横へ来る。

「行かないの?」

「……。」

「グランのところ。」

マランは答えない。

長い沈黙。

「今は。」

「行けない。」

「そっか。」

ネリクマはそれ以上聞かなかった。


遠方

高層建築物の屋上。

デウスとアメス。

二人も。

戦いの終わりを見届けていた。

アメスが口を開く。

「決着、つきましたね。」

デウスは静かに答える。

「いや。」

「?」

「一つが終わっただけだ。」


その視線。

能研。

名取家。

倒れたグラン。

そして。

マラン。


「マスタークラウンは。」

「まだ残っている。」

アメスが目を細める。

「では。」

「まだ見届けると?」

「ああ。」

デウスは踵を返さない。

「我々はまだ。」

「傍観者だ。」


戦場

ソウヤは周囲を見る。

ペイン。

ラルゴ。

アランダ。

そしてマラン。

グランは倒した。

だが。

マスタークラウンとの戦いそのものが終わったわけではない。

ペインがゆっくり顔を上げる。

「……さて。」

イレイダが刀を構え直す。

「やるのか。」

ペインは答えない。

アランダも。

ラルゴも。

そして――

マランも。

それぞれ違う表情で。

倒れた統帥を見つめている。

グランという絶対的な中心を失った。

マスタークラウン。


その瞬間から。

彼らは初めて――

自分自身で次の道を選ばなければならなくなった。


そして、それこそが。


マスタークラウンとの本当の最終決戦の――

始まりだった。


――第156話 完

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